第202話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫7
「えええぇぇっ!?」
「あれがプラムの――?」
「お兄様ですの――!?」
ラフィニア達が驚きの声を上げる。
確かに先頭の機甲鳥に乗っている人物は、髪色や顔立ちなど、プラムに似たような面影があるかも知れない。
「ま、間違いねえ――! あいつはハリムだ……!」
「ほ、本当だ……! どうして――!?」
無論ラティやイアンは面識があるのだろう。
「元々天上人――な訳はないよね?」
「も、勿論です……! お兄ちゃんは天上人なんかじゃ――」
「という事は、後から聖痕を授かって天上人になったんだね」
ラーアルやファルスのような者達と同じ、という事だ。
「イアンさんがアルカードを出る前から、あの人は天上人だったのですか?」
イングリスの質問に、イアンは強く首を振る。
「いいえ! 決してそんな事は――」
「という事はやはり、イーベル様が亡くなってから、相当天上領側の方針が変わっているのかも――」
イーベルはアルカードの人間を天上人にして力を与えるような事をせず、同じ力を与えるにしてもイアンやディーゴー将軍のように、人の体を改造して実験体のように扱っていた。
どちらが正しい、悪いでは無く、明かに動きが変わっているという事だ。
「――とにかく、ラティは隠れておいた方がいいね。プラムも一緒に」
「ええっ!? けどさ――!」
「でもお兄ちゃんが……!」
「従いましょう、ラティ君、プラムちゃん。二人は顔を知られています――特にラティ君が顔を見られれば、これが国王陛下の命令だと疑われ、逆にお立場を悪くしかねません」
イアンがイングリスの考えをそのまま代弁してくれた。
その通りだ。イアンは中々、参謀の素質があるかも知れない。
「お前はいいのかよ、イアン!」
「イアン君だって顔を知られてますよ?」
「僕が見られても、寝返ったと思われるだけです。裏切り者とカーラリアの騎士がやった事なら、国王陛下までもが疑われる事は無いでしょう。それに、情報を引き出すには知り合いがいたほうがいいのは確かですから――だから僕が」
「イアンさんの言う通りだよ。そのうちラティが表に出た方が良くなるかもしれないけど、今はまだ隠れておいた方がいいよ。機甲親鳥の積み荷の中に隠れて。さあ急いで」
「わ、分かった……」
「はい――」
ラティとプラムはイングリスの言う通りに、急いで身を隠す。
そして、言葉もかわせる程の近くに、プラムの兄の乗る機甲鳥がやって来た。確か名はハリムと言っていたか。
「ふぅん……こんな所で妙な顔と会うものだ――久し振りだね、イアン」
そう呼びかけるハリムの顔は、穏やかだった。
プラムも穏やかな物腰であるから、この兄妹は似ているのかも知れない。
「ハリム様……」
「一緒にいる彼女等は――アルカードの者ではないね。上級魔印武具を授かった騎士など、この国には数える程しかいない。皆、顔は覚えている。ならば恐らくカーラリアの騎士――どうやら君は失敗して国を売ったようだね?」
「それは、こちらの台詞です――! ここの住民の皆さんに聞けば、天上領から遣わされた天恵武姫が各地で無法を働いていると――ハリム様もそれに協力しているんですか!? どうしてそんな事を許しているんです!?」
「ティファニエ様は対価をお望みだ。私達はあの方の存在に感謝をし、精一杯の供物を献上せねばならない。食物を差し出せる者は差し出せばいいし、それが出来ない者はその命を差し出せばいい。それだけの事だろう?」
「何を言っているんです……! 魔石獣から国を守るために僕達は天恵武姫の存在を望んだはず――! それが人々を傷つけるなら、魔石獣と変わりません……! そんな事では、この国のためにはなりませんよ……!」
「だけど、ティファニエ様はお喜び下さる。それで十分、それ以外はどうでもいい事なんだよ」
「え……!? ハリム様がそんな事を言うなんて――!」
「ティファニエ様はいいよ、イアン。素晴らしい方だ――ほらこれを見なよ。下級印しか持てなかったような私に、聖痕を与えて天上人に生まれ変わらせて下さったんだ。私だけでなく、あの方が見込んだ者はみんなだ。あの鼻持ちならないイーベルのように、人を冷たい機械に改造してしまうような者とは違う。君やディーゴー将軍達は貧乏クジだったね? ティファニエ様がお越しになってからなら、天上人にして頂けただろうに――」
「……ですが――!」
「それだけではない、あの方は我々を愛して下さる――あの方のあの、柔らかで甘美な温もりに包んで頂く事は、何にも代えられない無上の喜びさ。もっとも君の場合、女性の肌の素晴らしさなど感じられないだろうけど――その体ではね?」
「……! ハリム様――あなたは以前のハリム様では……!」
「そうだな。今の私はティファニエ様によって生まれ変わったと言える。身も心もね」
「ハリム様……! そんな……! 将来を嘱望される行政官だったあなたが――!」
「さあ、敵の騎士を引き入れるような裏切り者を見過ごすわけには行かない――そこに搭載されている物資も徴発させて貰うよ」
「待って下さい……! 僕達に協力して下さい! 天恵武姫が人々を苦しめるならば、それを止めさせなければ……! それがこの国のために――」
「断る……! ティファニエ様にお喜び頂く事が今の私の全て――私はようやく自分の全てを捧げるに足るお方に巡り合えたんだ。この国のためを考えても、ティファニエ様に全てをお任せするのが最善だとは思うけどね?」
「くっ……! 皆さん、済みません――僕では説得は難しいようです……」
「いえ、ある程度事情は把握できましたから、十分です」
イングリスはイアンに一声かけると、すっとその前に進み出る。
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