第201話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫6
「これはこれで結構イケるわ。雪ならいくらでもあるから、いくらでも食べられるし!」
「うん。でも溶けたらただの水だから、あんまり食べ応えは無いけど……」
「う……!?」
ラフィニアの動きが止まる。
「? どうしたの?」
「ちょ、ちょっとお腹痛くなって来たかも――」
「急いで食べ過ぎだよ。お腹が冷えたんだね。……う――!?」
「もう、イングリスもなの?」
レオーネが呆れていた。
「わたしは違うよ。何か来る――」
その気配を、イングリスがいち早く察知していたのだ。
「あそこ……!」
指差した先の空には、雪が舞う中飛来するいくつかの機甲鳥らしきものの機影があった。
間違いなく、こちらにやって来ている。
「あれは――!?」
「宿の女将さんが言っていた、天上人かな?」
「炊き出しなんてやって、目立っちゃったせいかな――ごめん、みんな……!」
お腹が痛いのも吹き飛んだらしく、ラフィニアは唇を噛んでいた。
「それはラフィニアだけの責任じゃないわ。私達も賛成したもの」
「そうですわ。たまたま通りがかっただけかもしれませんし――それより、この場をどうするかですわ」
「わたしはあまり賛成してないけど――降りかかる火の粉を払うのは大好きだよ?」
砂糖をかけて雪を食べさせられた悲しみと、天上人との実戦経験の引き換えなら、まあ悪くは無い。
やって来る彼等が食料を持っているのなら、それを徴発して炊き出しで減った分を埋める事も出来るだろう。ならば結果としては得しかない。
イングリスの読みでは、国境に布陣するアルカード軍の本音は様子見を続ける事で、各地を荒らす天恵武姫や天上人は、それを動かすために無法を働いている。
天上人達と戦って撃破しても、軍を刺激して行動を早めると言うよりは、住民を人質に行動を焚きつける圧力が弱まり、より様子見に傾く事になるだろう。
――だからここは、楽しんでしまっても構わないはずだ。
「ふふふ、久しぶりだね。実戦――ふふふ……」
ばしっ! ばしばしっ!
イングリスは笑みを浮かべながら、拳を掌に打ちつける。
「も、問答無用はダメよ、クリス。話し合えるなら話し合うのよ。魔石獣と違って話す事は出来るんだから……!」
「勿論だよ。すぐには倒さないよ? 全力を出し尽くして貰ってからじゃないと、こっちもいい実戦経験にならないから――」
「いやもう戦う事前提になってるし――!」
「戦い以外の事はラニに任せてるからね? 信頼してるよ?」
「都合のいい時だけそう言うんだから……!」
言っている間に住民達も、やって来る機甲鳥の機影に気が付き、騒ぎ始めていた。
「天上人だ……! 天上人が来る――!」
「う、うわあああぁぁぁっ!?」
「お、お母さん……! 怖いよ――!」
そこに、ラフィニアのよく通る大きな声が響く。
「みんな! 大丈夫よ落ち着いて! ここはあたし達に任せて、慌てずに建物の中に隠れて避難して――!」
「だ、だけど……! 任せろったって、あんた達も危ないよ! 早くお逃げよ――!」
と、宿の女将がラフィニアを心配してくれた。
「大丈夫よ! 見て――!」
ラフィニアはそう言うと、それまでしていた手袋を取って、白く輝く弓の魔印を露わにした。
そして、荷物から愛用の弓の魔印武具――光の雨を取り出して見せる。
「おばさん。みんな! 聞いて――! あたし達はカーラリアの騎士です……! カーラリアとアルカードの戦いを止めて、みんなを助けるためにここに来たの……! だから安心してあたし達に任せて!」
あっさり素性を明かしてしまった。なかなか思い切った事をする。
と言うよりは、皆を安心させたい一心でそうしてしまったのかも知れない。
どちらかは分からないが――
「ほら、レオーネもリーゼロッテもプラムも!」
「え、ええ……!」
「分かりましたわ――!」
「はい!」
彼女達が上級印とそれぞれの魔印武具を露にすると、街の人々は歓声を上げる。
「お、おお……!」
「すごい――!」
「カーラリアの騎士様がこんなに――」
「俺達を助けてくれるのか――!」
実際かなりの効果はあり、住民達は落ち着くを取り戻して行く。
このラフィニアの行動が、後で不利益を生む可能性もあるが――それはそれだ。
後で何なりと、イングリスが辻褄を合わせてあげればいい。
イングリス・ユークスの人生としては、率先して人々のために働く気は無いが、ラフィニアがそうするのは否定しない。
目の前の人達のためと一生懸命に考えて行動する姿は、可愛らしくて微笑ましい。
「さあ分かったらみんな、隠れていてね!」
ラフィニアの言葉に従い、住民達は各々身を隠して行く。
残ったイングリス達は、その場で機甲鳥の機影を待った。
やがて、先頭に立った機甲鳥に、額に聖痕を持つ天上人の青年が乗っているのが見えた。
「やっぱり、天上人だわ……!」
「うん。いいね――」
「よくないわよ!」
その横で、プラムが悲鳴のような大声を上げる。
「ああああぁぁぁぁぁっ!?」
「!? な、何、プラム……?」
「どうしたの? 突然――」
「お、お兄ちゃん……」
顔を蒼ざめさせながら、プラムは声を震わせていた。
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