第200話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫5
はははは――あははははは――ふふふふふ――
ツィーラの街の広場に、いくつもの明るい声が響いていた。
「いやあ、本当に助かるよ――!」
「ホントに有り難いねえ。感謝してもしきれないよ……!」
「美味しい~~! こんなの久し振り~!」
広場の中心には、イングリス達が持って来た野戦行軍用の巨大鍋が鎮座し、煮込まれた具材が湯気と美味しそうな匂いを立てていた。
それを囲む人々の様子が、これである。
――つまるところの、炊き出しだった。
「これが、やれる事――」
「そう! みんな喜んでるでしょ? 急がなきゃいけないのは分かるけど、目の前で困っている人を放ってはいけないもの」
イングリスの言葉に、ラフィニアは笑顔を返してくる。
「いい事だと思うわ、本当に。みんな喜んでくれているわ」
「そうですわね。無駄に大量の食糧を持って来たと思っていましたが、思わぬ所で役に立ちましたわね」
勿論、この炊き出しの出所はイングリス達が持って来た食糧である。
仮眠を取った後、隠しておいた機甲親鳥を出して、ここに食料を運び込んだ。
そんなものを持って来るイングリス達に住民達は驚いたようだが、それよりも炊き出しが喜ばれた。皆余程、食糧事情が芳しくなかったらしい。
「この街のために、ありがとうな。礼を言うぜ」
ラティがラフィニアに頭を下げている。
「いいのよ。当然の事でしょ」
そのラフィニアの笑顔は、とても清々しく輝いていた。
ぐぎゅううぅぅぅぅ~~!
そして、とても盛大にお腹を鳴らしてもいた。
本来自分達が食べるべきものを分け与えたのだから、当然自分達は我慢である。
ラフィニアも炊き出しには一切手を付けていない。
人の事は言えないが、あれだけよく食べるラフィニアが我慢を続けるのは辛いだろう。
常人の何倍も食べるだけに、常人の何倍も負荷が大きくなる。
それだけにその行動は尊いと言える。生まれた頃からラフィニアを見守って来たイングリスとしても、そこは鼻が高い所だ。お腹の鳴る音ははしたないが。
「…………」
ただし、確かにラフィニアは立派だが、イングリスもそれに付き合わされるのである。
辛い。とても辛い――
こちらはこれ以上ない位にお腹が空いているのに、指を咥えて見ているしかないのだ。
どんな怪物や強敵の恐ろしい攻撃よりも、これが一番堪えるかも知れない。
「どうしたのよ、イングリス? さっきから黙って」
「ひょっとして炊き出しに反対でしたの?」
「いや、違うよ――あんまり喋ると余計お腹が空くから――」
ぐぎゅううぅぅぅぅ~~!
イングリスのお腹も、ラフィニアと同じ位鳴っていた。
それに気づいたのだろうか、住民の中の小さな女の子が、イングリス達の所にやって来た。先日知り合ってユミルに引き取る事になったアリーナよりも、まだもう少し小さい、六、七歳だろうか。
「お姉ちゃん達、お腹空いてるんだよね? はい、どうぞ!」
鍋料理の入った器を、笑顔で差し出してくれる。
何と可愛らしいのだろう。まるで天使のように見える。
「あ、ありがとう――」
こんないたいけな少女が差し出してくれたものを断るのは人でなしだ。
これを食べるのには、ラフィニアも文句は言うまい。
イングリスにとってはほんの少ない量ではあるが、それでも嬉しい。
ここはありがたく、頂くとしよう。
――しかし、ラフィニアは思った以上に厳しかった。
「ダメよ、クリス! 止めなさい!」
「えぇ……!? ちょっとくらい――」
「それがいけないのよ。ここであたし達がちょっとでも食べたら、抑えが効かなくなるわ。皆の分まで全部食べちゃう――だから我慢よ……!」
「う、うう……」
「ありがとうね。気持ちだけ頂いておくから、お姉ちゃん達はいいから自分で食べてね」
ぎゅ~~~! ぎゅるるうぅぅ~~!
運悪く、二人揃って盛大にお腹を鳴らしてしまう。
「でも、お腹空いてるんだよね?」
小首を傾げられる。
「う……えーと、えーと――その……」
と、ラフィニアは上手い言い訳が思いつかないようだが、ここは助け舟は出さない。
何故ならイングリスはこの差し出された恵みの一杯を食べたいのだから。
「あ、そうだ!」
キョロキョロと辺りを見回した上で、何か閃いた様子のラフィニア。
「お姉ちゃん達ね、猫舌で熱いもの食べられないの。だから冷たいものが好きで――あ、丁度いいものがあるわ!」
と、手を伸ばしたのは、そこら中の道端に真っ白く積もっている雪である。
雪深いこの街の広場は、道の無い部分は雪の壁のようなものに囲まれるようになっていた。そこに手を突っ込んで、真っ白な雪を掴み取ったのだ。
ばくっ!
そしてそのまま、それを口に放り込んだ。
「――!?」
いきなり何をやっているのか。そんな事しか思いつかなかったらしい。
「んー、冷たくて美味しい……! ね、クリス? クリスも食べなさいよ」
「えぇ……!?」
「ほら早く……!」
「う、うーん――」
ぱく。
一応、汚れていないことを確認して食べて見せた。
味はしないが――冷たくて、氷の粒がしゃりしゃりとしている感じがする。
案外、食感としては悪くない気もする。
「ね? お姉ちゃん達は大丈夫だからね?」
「う、うん――」
一応、女の子は納得してくれたようだった。
「……ねえクリス、今、意外と悪く無くなかった?」
「でも、味がしないよ?」
「味があれば美味しいかも……? イアンくーん、お砂糖持って来て!」
砂糖を振って食べる気のようである。
つまり、これなら食べても良いらしい。
雪は氷で、氷は水なので食べ応えは無いが、何も無いよりはましかもしれない。
「……イアンさん、わたしの分も!」
イングリスも手を挙げた。
「あの――お砂糖を振って雪を食べるつもりですか? 止めておいた方がいいですよ。お腹を壊してしまいますから――」
注意をしつつも、お砂糖はちゃんと持って来るのがイアンらしい。
「大丈夫! あたし達のお腹は普通じゃないわ……だから困るんだけどね!」
「背に腹は代えられませんので――」
「は、はあ……」
ラフィニアは砂糖を受け取ると豪快に雪の上に振り撒き、大量に手掴みしてばくりと一気に口に運んだ。
「おぉ……!? これならいけるわ、デザートみたい!」
「ん――悪くはないかな……?」
「そのあたりでいくらでも手に入るにしては十分よ――」
「非常食だね」
ぱくぱくぱくぱくぱくっ。
お腹は十分過ぎる程空いていたので、やはり食べ始めると止まらない。
「あはは。食べて雪かきしてる~」
「あんな事して、お母さんに怒られないのかなあ」
子供達がイングリスとラフィニアを物珍しそうに見ていた。
「もう何をしているのよ、何を――」
「全くですわねえ――」
レオーネとリーゼロッテが、呆れた様子でため息をつく。
しかし、イングリスとラフィニアの奇行を除けば、住民達の表情は明るかった。
ささやかかも知れないが、きっと彼等の助けになる事は出来ただろう。
そんな和やかな時間に、文字通り影が差したのは――それから程無くしての事だった。
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