第198話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫3
「しょ、食堂……やってないんですか!?」
「しかも他のお店も全部……!?」
名物の激辛料理を楽しみにしていたのに――これは衝撃的だ。
「ああ、そうなんだ。宿泊はやってるから、部屋は用意できるけど……どうする?」
「他も一緒なら、とりあえず休む場所だけでも確保――するしかないわよね?」
「うん、そうだね――」
イングリスが頷くと、他の皆も同じように頷いていた。
夜間の移動のため昨晩は眠っておらず、休みたいというのは皆一緒である。
「ですが、どうしてそんな食糧不足が起きているんですか? 何か大きな災害でも?」
「いや――天上領への献上品にするんだって、殆ど食料を持って行かれちまったんだよ……おかげで店に出す食材はおろか、普通に食べるものにも困るような羽目になっちまってねえ――私も昨日から何も食べてないよ」
ぐぅ~!
今鳴ったこの音は、イングリス達のものではない。女将のものだった。
「あらやだ恥ずかしい――ごめんなさいね、みっともなくて」
「大丈夫です! あたし達も――!」
「一緒ですから――」
ぐぎゅぎゅ~~!
「あははは、若い子はお腹の音も元気がいいねぇ」
女将の表情が、少しだけ明るくなったような気がした。
「だけど酷いわね――こんな状況になるまで食料を取り上げるだなんて……」
「虹の雨が増えて、虹の王らしき魔石獣まで出て来るようになったから、魔印武具を増やして、できれば天恵武姫も欲しい……そのしわ寄せだね」
当然、ただでは魔印武具や天恵武姫は手に入らない。
かと言って、無理なくそれらを手に入れられるはずもない。
簡単にそれらが揃うならば、今までもそうしているはずだ。
どこかにしわ寄せが行くのは確実。そしてそれが、今目の前の状況だ。
「そんなのってないわよ。魔印武具も天恵武姫も、この国の人達を魔石獣から守るためでしょ? それなのに、その守るべき人達から食料を取り上げて、飢えさせて苦しめるの?」
「無い袖は振れないから――ね」
人々が飢えるほどに、食料を徴発するのもそう。
軍を動員して、カーラリアへの攻撃に乗り出しているのもそうだろう。
それらを代償として、魔印武具や天恵武姫を手にする方向にこのアルカードの国は舵を切ったのだ。
「……気に入らないわね、そんなの違うわ!」
「まあ、ラニならそう言うと思ったけど――」
若く真っ直ぐな正義感を持つラフィニアには、受け入れられない話だろう。
ではどうすればいいのか、という具体的な方法論は、多分持っていないだろうが。
それは別に問題ない。いざとなればイングリスが何とかすればいいだけの話だし、幼さゆえに向こう見ずな正義感というのも、見ていて可愛らしいものである。
――という個人の感想は置いておいても、今回遠征して来た名目は、アルカード中枢の方針を変えさせて、軍を引かせるためである。
それが上手く行けば、自然とアルカードと天上領の手は切れる。
魔印武具と引き換えるためにと、住民から過剰な徴発を行う必要も同時に無くなるはずだ。だから別に問題は無い。
ただ、手薄になってしまう魔石獣への対策は、何か必要になるだろうが。
そもそも、アルカードにそれまで無かったような魔石獣による危機が訪れたのが、事の発端である。環境の変化への対策を採ろうとした結果が、今の状況に結びついている。
「……ああ違う……! こんなの許せねえ……!」
そう言ったのは、ラティである。
ここにも一人、若く真っ直ぐな正義感を迸らせている者がいた。
もちろん友人ではあるのだが、ラフィニアほど可愛いわけではないので、そちらは抑え役に任せておく。
「お、落ち着いて下さい。ここで熱くなっても――どうしようも……」
「けどさ、プラム……! おや――いや、国王陛下は何やってるんだよ……! こんな状況に皆を追い込むなんて――!」
そんなラティとプラムの様子を見て、女将は心配そうな顔をした。
「お、落ち着きなよ。国王陛下はご病気だそうだよ? お元気ならこんな事させやしないよ。あたしはそう信じてるよ」
「国王陛下がご病気……!? 僕がアルカードを出る前は、まだお元気でしたが……ですが、余りにも多くのご心労が重なっていたのも事実。ご病気になられるのも、無理はありません――」
イアンがそう言って俯いた。
「おばちゃん! じゃあどうしてこうなったんだ? 誰がやらせてるんだこんな事!?」
「天恵武姫だよ……! 天上領からやって来て、この国は自分を前借りしたんだから、その対価を寄越せって言ってね――」
「えぇぇっ!? 天恵武姫が!?」
「そ、そんな悪事を働くなんて――」
「し、信じられませんわ……!」
ラフィニアやレオーネ、リーゼロッテには特に衝撃が大きいようだ。
カーラリアの出身者にとって、天恵武姫とはつまりエリスやリップルの事である。
彼女らは気高く慈愛に富み、地上の人々を魔石獣から守るという事を自分の使命であると強く思い、常に真剣に取り組んでくれている。
その持つ力と、そして精神の面でも、まさに国を守る女神と言える存在である。
そして血鉄鎖旅団の天恵武姫であるシスティアも、立場こそ違えど使命感や意志の強さは、エリスやリップルと似たようなものを感じる。
総じて、天恵武姫というのは高貴な精神や使命感を持つものと思っていたが、それはたまたま彼女達がそうなだけであって、違う者もいるようだ。
「天恵武姫なんていいもんじゃないよ……! この街にも来た事があるけれど、とんでもなく可愛い顔をして、歯向かう者は容赦なく殺されたんだ……良くても捕らえられて連れて行かれて、誰も帰ってこないんだよ――」
「なるほど――天恵武姫も都合のいい守り神ばかりではない、と言う事ですね」
「ああそうさ、お嬢ちゃんの言う通りだよ。あんたらも悪い事は言わないから、下手に逆らわない方がいいよ? この国の騎士や兵士はまだ情けもあるけど、天恵武姫とその取り巻きの天上人は本当に容赦が無いから――」
女将の忠告に、ラフィニアは頬を紅潮させ、ぶんぶんと首を振る。
「ううん、おばさん――そんなのますます許せない! 何とかしなきゃ!」
「ああ、聞き捨てならねえ……!」
ラティも一段と熱くなっている様子だ。
「お、落ち着いて。君が怒りに任せて動いてしまえばどうなるか……」
「そうですよ、冷静にならなきゃですよ――」
イアンとプラムがラティを宥める。
「イングリスちゃんも、止めて下さい――」
プラムが助けを求めて来る。
「ごめん、わたしも聞き捨てならないから――」
しかしイングリスは、静かに首を振るのだった。
「え……?」
「そんな悪い天恵武姫なんて、放っておけないよね――! この国の正義と平和のために……! ……というわけで女将さん、教えて下さい。その天恵武姫はここらによく現れるのですか? どんな人物ですか? どんな強そうな能力を持っているか分かりますか?」
「え? えーと……そ、そうだね――」
「こら、クリス!」
ぎゅうぅぅっ!
ラフィニアに耳を引っ張られる。
「いたっ!? な、何ラニ? いきなり――」
「そうじゃないでしょ、そうじゃ! 街の人達が困ってるって話をしてるのに、何を嬉しそうに目をキラキラさせてるのよ……!?」
「いや、でもせっかくだから何でも楽しんでやった方がいいと言うか……前の時はわたし戦えなかったから、ラニ達ばっかりズルいし――」
「さんざんユア先輩と暴れてたでしょ!」
「でも、あれは本当の実戦って感じじゃないし……ラニ達は実戦してたでしょ? 真剣勝負でしか得られない経験って大事だと思う――」
「もう! ああ言えばこう言う……! あたしの言いたいのはそうじゃなくて――」
「い、一応僕と戦ったんですけど――無かった事になってますね……」
イアンがため息混じりの苦笑を浮かべた。
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