第197話 15歳のイングリス・悪の天恵武姫2
そして翌日――イングリス達はアルカード領内に入っていた。
国境近くの街、ツィーラの近くまでやって来たのは夜明け頃。
秘かにアルカード中枢まで侵入しようとするならば、夜陰に紛れて行軍し、明るい昼間は身を隠している方がいい。
だが、アルカード国内の状況、あるいは国境に集結しつつある両国の軍勢の状況次第では、もっと急いで進んだ方がいいかも知れないし、やはり慎重に進む方がいいのかも知れない。
つまる所――決めかねるというという事だ。
ならば判断材料を揃えなければならない。情報収集が必要である。
という事で、イングリス達は街の郊外の林に機甲親鳥と機甲鳥を隠し、ツィーラの街に入る事にした。
「よーし、街街~! 確か辛いものが美味しいのよね~♪」
「体も温まるし、ちょうどいいね」
「あーお腹空いた~。急ぐわよ、クリス! 来た事ない街ってワクワクするわよね~」
「うん、そうだねラニ。どんな美味しいものが食べられるのかなって思うしね」
食欲を漲らせる二人に、レオーネがふうとため息を吐いた。
「二人とも、食べ歩きに来たんじゃないわよ。ちゃんと情報収集を――」
「ふふっ。甘いわねレオーネ」
「?」
「いかにも情報収集しに来ましたって感じだと、逆に怪しまれるのよ」
「ここは本気で食べ歩きに来た観光客を装う方が、むしろ自然――だよね、ラニ?」
「そうそう。だから街で食べ歩くのも食事当番が面倒臭かったわけじゃないし、テントで寝るのが寒くて嫌だから宿で仮眠しようってワケじゃないのよ!」
「……もう。食事当番はちゃんとやりなさいよね。みんなで順番よ?」
「あたし達が料理するより、レオーネの料理のほうが美味しいんだけどなあ――」
レオーネは故郷のアールメンの街でよく自炊をしていたらしい。
彼女の兄のレオンが聖騎士を捨て血鉄鎖旅団に走った事により、裏切り者の家と蔑まれるようになった実家のオルファー家からは、人が去って行ってしまったのだ。
必然、レオーネは身の回りの事は自分でせざるを得なくなり――料理の腕も上がったというわけだ。
昨日の待機中に食べていた鍋料理も、レオーネが仕込んでくれたものだった。
「おだてても騙されないわよ? 行軍中にちゃんと食事を摂って体調を整えるのも騎士の務めよ。だから料理も訓練しないとね?」
「でも、騎士アカデミーで料理の訓練なんてないけどね」
「わたくしも料理は得意ではありませんから、ここは街で食事を摂るほうが助かりますわね……」
「リーゼロッテまでそんな事言うんだから」
レオーネがため息を吐く。
「お、リーゼロッテは話が分かるわね~」
「ええ。わたくしの料理を皆さんにお出しして――お腹を壊して倒れられたら大変でしょう?」
「えぇっ!? ど、どういう事よそれは……?」
「いえ、以前実家でお父様に手料理をお出しして、お父様が体調を崩された事がありましたので――」
「た、たまたまじゃない? 料理のせいじゃなくて、アールシア元宰相が元々体調が悪かっただけで――」
「ですが、一度や二度ではありませんので――」
「そ、そうなんだ――」
「アールシア元宰相も大変だね――」
娘のために何度も体を張るあたり、厳格な堅物のように見えたが案外子煩悩なのかも知れない。だとしたら、イングリスとは分かり合えるだろう。親心というやつだ。
娘ではなく孫娘のようなものだが、イングリスにとってもラフィニアが可愛い。
ラフィニアのために体を張るなど何でもない。心の底から、彼女の幸せを願っている。
ただし、不順異性交遊には断固反対するが。ラフィニアにはまだそんな話は早いのだ。
「だ、大丈夫ですよ。僕もお手伝いしますから。おかしな所があればお教えしますので」
と、話を聞いていたイアンが申し出る。
イアンは毛皮のフードを目深に被り、顔が見えないようにしている。
このツィーラの街はアルカードの貴族であるイアンの実家の領地に近く、住民の中にはイアンの顔を知っている者がいるかも知れない、という所を警戒してのものらしかった。
彼の隣にいるラティも同じように、フードで顔を隠している。
彼はこの国の王子なので、イアン以上に気を付けるべきだろう。
更にその隣のプラムは、顔を隠さず普通にしているが。
「助かりますわ。よろしくお願いしますわね」
「はい。僕に出来る事ならば、何でも。せめてもの罪滅ぼしですから……」
「まぁとにかく、お腹空いたし食べに行くわよ! 食べたらあったかい部屋のベッドで寝るわ! 寝不足はよくないし!」
「じゃあ、食堂のある宿が手っ取り早いね」
「うん、クリス。お。あそこはどう?」
「うん、いいんじゃない?」
「よしじゃあ早速!」
「あ、ラニ。足元が雪で滑るんだから、あんまり急いだらこけるよ?」
「きゃーっ!?」
「ああもう、言った傍から――」
「ははは。どう見てもはしゃいでる観光客だなぁ、完璧な演技だぜ」
そんなイングリス達の様子を見て、ラティが乾いた笑いを浮かべていた。
そこまでは、別に何の問題も無かったのだが――
「ごめんね、せっかく来てもらって悪いんだけれど、今は食事はやってないんだよ。食糧不足なんだ。ウチだけじゃなく、この街の他の食堂もみんなそうだよ」
宿の女将は、顔を曇らせて深くため息を吐き、そう言ったのだった。
「「えええぇぇぇぇっ!?」」
ぐぎゅぎゅぎゅぎゅ~~!
イングリスとラフィニアの悲鳴と、お腹の鳴る音が同時に響いた。
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