第195話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優48
――後方で、ラフィニア達がひそひそと話し合う声が聞こえる。
「クリスってば、敵が爆発して戦えなかったからって、北まで行って虹の王と戦うつもりよ……!」
「……もしそれが見つからなくても、政変を起こさせるという事は、向こうの騎士と戦う事になる可能性が高いわね――」
「最悪、後方からアルカード軍を攻撃するとも仰いましたわ――」
「つまり、何が何でも何かと戦うつもりなのよ、あれ……!」
「で、でも――みんなが一緒に来てくれると、頼もしいです。私とラティだけで帰っても、どうにもならないと思います――」
「……そうなのよね。もしユミルの騎士団も北に行くなら、お父様達を助ける事にも繋がるし……クリスは本当にまともな事を言ってるフリが上手いわ――」
「いや、フリというか実際まともな事は言っているわよ……?」
「ええ、上手く行けば、こちらもあちらも一番被害が少なく済みますものね――」
「動機には問題大ありだけどね……! 本人は戦いたいだけだなんだから……」
ごほん! イングリスは大きな咳払いをして、後のラフィニア達を黙らせる。
そして、カーリアス国王を真摯な瞳で真っ直ぐ見つめ、その前に跪く。
「お願いします、国王陛下……! わたしはユミルの出身です、ビルフォード侯爵も国のために手を挙げられている今、わたしも出来る事をしたいと思うのです……!」
「しかし――それが上手く行こうと行くまいと、あくまでそれはアルカードの反対派が起こした事とせねばならん。そなたの功績が表に出る事は無い。それでも構わぬのか?」
「はい、わたしはそれで満足です」
イングリスとしては、強い敵と戦える上に手柄が表に出ないなど最高である。
だから素直にそう言ったまでなのだが、それをどう捉えるかはまた別の話。
「そうか――相変わらず何とも奥ゆかしい。見上げた心意気よ」
「外見だけでなく、お心もまたお美しゅうございますぞ――!」
カーリアス国王とレダスは深く感心している様子だ。
誤解なのだが、いいように捉えてくれる分には構わない。
まだ一つお願いしたい事もあるので、それが通りやすくなる。
「そなたの申し出を認めよう――こちらは防備を固め、下手に打って出ずそちらの首尾を待つ事とする。頼むぞ、イングリスよ……!」
「はい――それでは、騎士アカデミーを通して特別任務をご下命頂くという形でお願い致します。暫く授業に出られませんので、進級に差し障ると困ります」
「うむ。そうか、そうだな。ではそう致す」
「それから、作戦実行のための軍資金も頂ければと――兵糧の確保は大事ですので」
これが重要なのである。
アカデミーを離れれば、食堂の食べ放題も失う事になってしまう。
アルカードには行きたいが、空腹に悩まされるのは御免だ。
だから食費のための軍資金を確保するのはとても重要なのである。
正直ラティに手を貸してアルカードに乗り込むだけなら、黙って行く事も可能だ。
だがわざわざカーリアス国王に申し出て許可を貰うのは、そういう事だ。
「そうね。それは確かに大事です、国王陛下!」
と、ラフィニアも言う。イングリスの意図が伝わっているらしい。
アルカードにはどんな美味しいものがあるのだろうと、言葉にしなくても瞳が輝いているのが分かる。
「無論だ。ではまとめて後で騎士アカデミーに使いを出す。ミリエラ校長よ、彼女等の支援を頼むぞ」
と、カーリアス国王がミリエラ校長に水を向ける。
「は、はい……! この事態ですから、騎士アカデミーも出来るだけの協力をさせて頂きます――!」
「頼むぞ。では待たせたな、参ろうレダス、ビルフォード卿」
「「ははっ!」」
レダスとビルフォード侯爵は、カーリアス国王の後に続くが――ビルフォード侯爵だけが一度足を止め、イングリスとラフィニアを振り返る。
「ラフィニア、イングリス――」
「はいお父様」
「はい侯爵様」
「お前達が国王陛下に直接お話しているとは驚いたが……とにかく今は国の一大事――娘可愛さに、危険な任務だからと反対する事は出来ん……だが無理はするな、必ず無事に戻るのだぞ……!」
「「はい」」
イングリスとラフィニアは声を揃えて頷いた。
「うん。ではイリーナ、セレーナ。後は頼む」
「え、ええ……あなた――」
「承知しました――」
母セレーナと伯母イリーナは、かなり不安そうな顔をしている。
やはり娘達がそんな危険な任務へ向かうとなると、心配を隠せないようだ。
流石に少々、申し訳ない気持ちになる。
話の流れでこの場で作戦を提案したが、母が見ていない所で話をすればよかったかも知れない。
そう思いつつ、そっと母セレーナの手を握る。
「心配いりませんよ、母上。必ず無事に戻ります」
「え、ええ……クリスちゃん――」
それを見ていたのか、カーリアス国王が足を止めて振り向いた。
「そうか、そなたがイングリスの母か――まだお若いな」
「……! ひゃ、ひゃい……!」
話しかけられてとても吃驚したらしく、声が上ずっていた。
無理も無いかもしれない。セレーナの立場では、国王と言葉を交わす機会など一生のうちに一度も無いと思っていただろうから。
「母上。緊張なさらずとも、国王陛下はお優しいお方ですよ」
「え、ええ……ごめんなさい、お母さん恥ずかしいわね――」
「そんな事はありませんよ」
そっと背中に手を添える。
「良い娘を育てられたな――そなたが手塩にかけた娘の力、国のために貸してくれ」
「あ、ありがとうございます……! 娘が無事に戻る事を信じます――」
「うむ。それではな――」
今度こそ、カーリアス国王は王城へと引き上げて行った。
それを見送ってから、イングリスは笑顔で母セレーナに問いかける。
「母上。何かアルカードのお土産を買ってきますよ、何がいいですか?」
「クリスってば、旅行に行くんじゃないのよ――?」
そうラフィニアが口を挟む。
「でも、どうせ無事に戻ってくるつもりだし。ちゃんと帰って来るっていう約束だよ」
それが、無事に戻るという何よりの意思表示だ。
「ま、それもそうなんだけど――じゃあお母様、お土産は何がいい?」
と、ラフィニアも伯母イリーナに問いかける。
「ふふっ、そうね……無事に帰って来るなら、お土産は重要ね」
「そうね、お母さん達は――」
「「何でもいいから、食べ物をたくさん」」
「「はいっ!」」
母達が声を揃え、娘達も声を揃えて頷く。
「あはは――仲良し母娘ですねえ……この親にしてこの子ありと言うか――」
ミリエラ校長が乾いた笑みを浮かべていた。
そこから少し離れた所で、レオーネは呟く。
「でも、あんなに心配してくれるお母様がいて、羨ましいわ――」
「そうですわね。それにとてもお綺麗ですし――自分のお母様の事を思い出してしまいますわね……」
「うん……そうよね。とにかく必ず無事に戻りましょう。あのお母様達を悲しませないためにも――」
「あら。もう行く気なのですね、レオーネは」
「ええ。リーゼロッテは行かないの?」
「行きますわよ。国のためにも、友人のためにもなりますもの。ね、プラムさん?」
「ありがとうございます……! きっとラティも喜びます! まだ寝てますけどね……」
「ちょ、ちょっと可哀相ね――」
「で、ですわね――そろそろ起こして差し上げましょう」
三人はラティを揺り起こしてあげることにした。
「そういえば、ユア先輩は……?」
「あ……! い、いませんわ――!」
既にイアンは、ユアによってどこかに連れ去られていたのだった――
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