第194話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優47
「――来ましたね」
「イングリスの見立ての通りであったな――」
「さ、流石はイングリス殿ですな……御慧眼、恐れ入りました」
カーリアス国王は頷き、レダスは驚いている。
丁度いい。目の前で行った事が的中することによって、イングリスの言葉に説得力が増す。
これから行おうとしている提案も、受け入れられる可能性が高まるだろう。
「そ、そんなぁ――アルカードが、カーラリアに戦争を仕掛けるなんて……どうしてそんな事――」
「くっ……! そんな馬鹿なことが――!」
この知らせに、特にプラムやラティは衝撃を受けているようだ。
「こうなったら――!」
ラティが何かを決意したように眦を決し、カーリアス国王の前へ出ようとする。
「国王陛下! 俺……いや私を人質にして下さいっ! そして……アルカード軍をてっ……!」
「とう」
イングリスはすかさずラティの背後に回り込み、首筋に手刀を落とした。
「うぐっ……!?」
ぱたりと倒れるラティ。
これ以上喋らせてはいけない。申し訳ないが、強引に止めさせてもらった。
「ラティ!」
介抱はプラムに任せておくとして――
「ど、どうしたのだこの少年は――?」
「彼はアルカード出身です。自分の身を盾にしてでも、戦いを止めたかったのかと」
「そうか――しかし人間の盾などと……そんな事はあってはならぬ。逆に敵を刺激しかねんし、そのような非道をと味方の信頼も失おう」
ラティを一般市民やそこらの貴族の子弟と考えるならば、人質と言ってもそのような発想になるだろう。
つまり大勢に影響はない――と。
これが王子だと分かれば無論話は変わってくる。交渉の手札となり得るからだ。
だがそれはさせない。イングリスとしては、ラティには別の役割を期待したいのだ。
「ええ、その通りかと思います――とにかく早急に、アルカードへの対策を打ち出すべきかと」
「うむ。即座に王城に戻り軍議を致す。レダス、参るぞ――」
「お待ちあれ、陛下!」
そう声を上げたのは、今まで成り行きを見守っていたビルフォード侯爵だった。
「ビルフォード卿、どういたした?」
「これは国家の一大事――我がユミルの騎士団もご協力致します! 何なりとお申し付け下さい……!」
「うむ――それは助かる。卿の忠誠に感謝するぞ……! では軍議に加わってくれい」
「承知致しました!」
この国の王軍と言えば、聖騎士団と近衛騎士団の二大騎士団だ。
そしてそれぞれの領地の領主達は、ユミルのように独自の騎士団を抱えている。
現在聖騎士団が東のヴェネフィクの対応に回っており動けない状況では、北のアルカードへの対応は近衛騎士団が主軸にならざるを得ない。
そうなれば、普段近衛騎士団が行っている王都やその周辺の直轄地の防備は手薄にならざるを得ない。
そこを各領主から派兵して貰うか、あるいは北の戦線に直接派兵して貰い、近衛騎士団の負担を減らすか――いずれにせよ対処は必要になる。
とはいえ、各領主はまず大前提として自領を守らねばならない。
できれば自領以外の事で戦力を失いたくはない、と考えてしまうのが自然だ。
自分が何もしなくても、誰かが何とかしてくれるならば、それが一番である。
まして、この国の国内にもカーリアス国王側の国王派と、ウェイン王子側の王子派という路線対立があると聞く。
王子派の貴族達は、火の粉が自分達に降りかかるまでは動きたがらないだろう。
カーリアス国王の面子が潰れれば、それだけウェイン王子の株が上がるというものだ。
そしてそういう視点で見れば、ビルフォード侯爵は王子派だと思われているはず。
何せ息子のラファエルはウェイン王子の指揮する聖騎士団に所属する聖騎士であり、誰もが認める片腕なのである。
侯爵本人は片田舎の貴族だからと中央の事情に無関心でも、客観的に判断すれば絶対にそう見られる。
その王子派と思われているビルフォード侯爵が、この状況に真っ先に協力を申し出てくれたのは、カーリアス国王としては有り難かっただろう。
これで国王派、王子派関わらずに協力する流れが出来る。
――これはいい、この話の進み方ならば、イングリスが今から言おうとしていた事も、より自然に受け取って貰えるだろう。
「国王陛下。わたしからも一つ提案があるのですが――」
イングリスはそうカーリアス国王に呼びかける。
「……聞こう。そなたの言葉には価値がある」
「ありがとうございます。わたしやラフィニアをアルカードへ派遣して頂きたいのです」
「行って何とする? 停戦交渉か? しかしアルカードの状況を考慮するに、難しかろう?」
あちらもそう簡単には引けない理由がある。
国民を守るための天恵武姫や強力な魔印武具を得るためなのだ。
「いえ――秘かに入り込み、アルカードが自ら兵を引くような状況を作って参ります」
「ほう……? それが可能ならば、願っても無い事だ。だがどうする? 先ほども言った通り、あちらにも引けぬ事情がありそうだが?」
「その理由を壊して参ります。例えば、あの地に現れたという虹の王らしき魔石獣を倒せば性急に天恵武姫を求める必要も無くなります。もしくは政変が起きでもして方針が変われば、天上領との関係を今まで通りとし、戦争は止めるという決断が下るかもしれません。それも難しければ――最悪、後方からアルカード軍を攻撃し、攪乱を行います」
「……なるほどな、しかし――」
カーリアス国王には気になる事がある様子だ。
それが何なのか――イングリスには大体の見当はつく。
「アルカードには、現在の方針に反対する勢力もいます。ですので、あくまで彼等に力を貸す形を取り事を進めたいと思います。そうすれば、アルカードの民の敵対心を煽る事はないかと思います」
「うむ、それは大切な事だ。アルカードの民の敵対心を煽る事は避けねばならん。それが可能ならば――しかし、その反対派とやらと手を結ぶ目算は立つのか?」
「ええ、幸い彼等には個人的な伝手がありますので――」
「そうか、そういう事であれば可能か――」
まさかその伝手がそこで寝転がっているとは、カーリアス国王も思ってもいないだろうが――だからこそ、ラティに余計な事を喋らせるわけには行かなかった。
身分が明らかになってしまったら、イングリスがこの作戦を提案してもラティを国に戻すことなど認められないだろう。むしろ認めてしまう方が問題だ。
そしてイングリスの伝手はラティしかいないので、ラティを拘束されてしまえばこの作戦も実行できなくなる。
伝手が無いのにあると嘘を吐くのは問題である。
あくまでも嘘のない範囲で、事を運ぶべきだ。
そうでなければ、ラフィニアにも迷惑が掛かってしまうかも知れないから。
そしてラティの存在と同様に、イアンの存在も必要だ。
現在のアルカード国内の状況に一番詳しいのは彼だ。道案内役になってくれる。
ラティが協力を求めれば、裏切る事も無いだろう。
何より――彼を複製したというイーベルの技術。
それに興味がある。研究施設が残っているなら、行ってみたい。
そしてあわよくば、自分の複製を試みて――修行の相手になって貰いたい。
恐らく虹の王であろう、アルカードを襲った強大な魔石獣。
イアンやディーゴーのように、改造により力を与えられたと思われる戦士。
国境に押し寄せているという、アルカードの軍隊。
さらにはイーベルの残したかも知れない研究施設――
北の大地には、夢が詰まっているではないか。
今回の件は、正直言って不完全燃焼だった。
だから夢を追って北へ行いってみたい。そこにいい戦いが待っていると信じて。
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