第193話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優46
「ぬう……!? ならばこれは、アルカードから我を狙った暗殺者の仕業と申すか……!」
イングリスの説明を聞くと、カーリアス国王は驚きの声を上げる。
「な、何と不届きな――! 許せん……! ベネフィクならばいざ知らず、アルカードは長年の友好国ではないか……! それを裏切るとは――!」
レダスは顔を真っ赤にして怒っている。
「しかし、これ程の真似ができるならば、何故はじめからそうせぬのだ……? みすみす我等に避難の隙を与えるとは――」
ギクッ!
さすがカーリアス国王はそこに気が付いてしまう。
正解は、暗殺者にとってもこの爆発は想定外だったから、なのだがそこは触れてはいけない。隠す、断固として隠蔽だ。
そのためには――話を逸らすのが一番だ。
「それよりも国王陛下、今は今後の備えを急ぐべきかと思います」
「そ、それもそうですな……! すぐに陛下の御身辺の警備体制を見直しましょう!」
レダスの言葉に、イングリスは首を振る。
「いいえ、そうではありません」
「イングリス殿、どういう事でありますか?」
「北の、アルカードとの国境の守りの増強のご検討を。近いうちに侵略の動きがあると思われます」
「何と! 暗殺者を送るだけでは飽き足らず――!」
「いえむしろ、こちらに攻め入る事を決断したからこその暗殺者でしょう。国王陛下を亡き者に出来れば、国の体制の動揺に付け込んで戦を優位に進める事が出来ます」
「ぬ、ぬう……!?」
「逆にそれ程の覚悟が無ければ、友好国でしかも圧倒的に国力で格上の相手に暗殺者など送れはしません。下手に手を出せば、滅びるのは自分達ですから」
「――それがまことであれば、一大事だ。ただでさえ、聖騎士団は東のヴェネフィクとの国境に出払っておる……!」
カーリアス国王が厳しく表情を引き締めている。
既にその意識は、この目の前の一事件よりももっと大きな、国と国との関係に向いている様子だ。
「――事実です、現にアルカード国内では……!」
と、声を上げようとしたのはイアンだった。
イングリスはすかさず、その横にいるユアに目で合図をした。
「とう」
ユアはイアンの頭を脇に抱え込んで口を封じる。
軽くやっているように見えて、ユアの力は凄まじい。
イアンは為すがままに、簡単に黙らされていた。
「わたし達が見た暗殺者は、魔印武具とは違う天上領の技術で強化されていました――それは、先日こちらにいらした大戦将のイーベル様から与えられたものだったようです」
「何と……!? イングリス殿、あの者が生きていると仰るのですか!?」
「いや、そうではないだろう――あの者が血鉄鎖旅団の手によって死んだのは事実よ、イングリスが嘘をつくはずもあるまい」
と、カーリアス国王がレダスの考えを訂正する。
「……うーん、ちょっと心痛いわね――」
ラフィニアがイングリスだけに聞こえるように、ぼそりと一言。
今まさに、劇場崩壊の理由を誤魔化そうとしているのに――という事だ。
「……大丈夫、嘘じゃないから」
暗殺者ディーゴーが自爆して劇場が崩壊したのは事実。
イングリスは自爆の詳細原因について、説明を省いただけだ。
嘘は言っていない。説明しないだけだ。
「つまり、こちらに来る前にアルカードに手を伸ばしていたのだな。ならばあの取りつく島のない態度も納得が行く――」
「ええ、国王陛下。既にアルカードを引き入れ、こちらを攻撃させる段取りになっていたのだと思われます。どうやらアルカードに虹の王が現れ、大きな被害が出たようです。それで、防備を整えるためにイーベル様に助力を願ったようです」
「見返りに、我が国を攻撃せよという事か……アルカードは決して豊かな国ではない。とても天恵武姫や十分な魔印武具と引き換えるだけの物資を用意できまい」
「ご推察の通りかと思います」
「しかし、では何故あのイーベルがこちらに参った際に、陛下のお命を狙わなかったのでございましょうか……?」
「それは地上の人間の考えです、レダスさん」
「……と申されますと?」
「国王陛下を前に、申し上げにくいのですが――」
「構わぬ。言ってみよ、イングリス」
「……では。天上人にとって地上の国の王は、それ程の存在ではないという事です。重要視していないから、わざわざ命を取ろうとはしないのです。戯れに踏みにじる事はあっても――」
「むう……! 無礼な――!」
「それに、イーベル様は先日の会談で、国王陛下を見抜いたと思います――そして絶対恭順の姿勢を感じたはずです。ですから、もしアルカードからこちらへの侵攻が失敗したとしても、その後に向こうから関係改善を持ち出せば、乗ってくると――でしたら、命を奪う理由がありません。天上領からすれば、この国を誰が支配していても、自分達の望む献上を受けられればそれでいいのです」
天上領には教主連合と三大公派という二大派閥があり、現在この国に滞在しているセオドア特使や、その先代のミュンテー特使は三大公派だ。
近年は彼らの許可を得て、機甲鳥や機甲親鳥という、それまで下賜されていなかった天上領の兵器類も手に入るようになって来ている。
教主連合としてはそれは受け入れ難いようで、三大公派との対立が深まっているようだ。
その結果、三大公派との結びつきを深め続けるこの国に対し、教主連合が背後に付く隣国ヴェネフィクが侵略の気配を見せている。
そして今、その構図に北の隣国アルカードも加わろうという様相だ。
天上領の二大派閥の対立が地上の国の紛争に発展する、代理戦争とも言うべき状況である。
そんな中、イーベルがカーリアス国王を殺さなかったのは――ある種、舐められたという事だ。
国を亡ぼすような謀略を仕掛けられても、それが失敗した後に手を差し伸べれば、この国王はそれを握ると。
怒り狂って反撃してくる気概は無い――と。
「……うむ。正しい見方であろうな」
怒らず頷くところが、カーリアス国王の度量の広さを現していると言えるだろう。
分かっているのだ。自分が舐められているのが。
そして、それでもいいと思っている。それがこの国にとって最上だとも思っている。
そこまでの信念があるならば、イングリスに言う事は無い。
ただ強敵が現れた時に呼んでくれさえすれば、それでいい。
「では何故今になって、暗殺者が……? 訳が分かりませんぞ――?」
「見方が違うからです。アルカードの国の上層部にとっては、国王陛下はまさに総大将。それを討ち取れば、国内は混乱し侵攻は容易いと考えます。そうすれば自分達の被害を最小化して、天上領からの命令を果たせます――つまりこれはアルカードが、本気で侵攻の覚悟を決めて動き出した証です。ゆえに、近々大きな動きがあると予想します。それと連動して、ヴェネフィク側も動き始めるかも知れません――」
「ぬう……! それは不味い、挟撃ではないですか、我が国は――」
と、レダスが唸った時――
一機の機甲鳥が、高速でイングリス達の頭上へとやって来た。
そこには王宮警護らしき騎士の姿がある。
「国王陛下! 国王陛下ーーーーッ! どちらにおわします!? 火急の知らせにございますっ!」
「我はここにおる。どうした、何があった?」
「おお……陛下――!」
騎士は慌てて機甲鳥を地面に下ろし、カーリアス国王の前に跪く。
「一大事にございます! 北の国境に、アルカードの軍が集結しておりますッ!」
「「「……!」」」
イングリスの見立てが見事に的中した。
驚きに皆、息を呑んでいる。
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