第191話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優44
「違いますユア先輩! 現実です!」
「今大変なことに――!」
イングリスとラフィニアが交互に言うが――
「なら一人貰っていい? いっぱいいるからいいよね?」
と、近くにいた一人のイアンの首根っこを捕まえて、小脇に抱える。
持って帰るつもりなのだろうか。
機械化されたイアンの体は常人より何倍も重いはずだが、まるで子猫か何かのような扱いだ。
「あ、あのユアさん……!? 僕には大切な使命があって、今忙しくて……」
「大丈夫。いっぱいいるから、一人くらいさぼってもバレないよ?」
「いや、みんなで力と心を合わせないと――」
抱えられたイアンが調子を狂わされ困っていると――
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
めり込んだ壁から、ディーゴーが復活してくる。
「「「「ディーゴーさん! 良かった、大丈夫ですか!? そちらの首尾は――!?」」」」
また大勢のイアンが、ディーゴーに声をかける。
「イアン……! 貴様裏切ったな……!? 我々が動き出した途端、標的は姿を消し私もこの様だ――! 事前に知ってでもいなければ出来ん動きだ……!」
「「「「ち、違います――! それはイングリスさんが全てを見抜いていて……! 彼女は恐ろしい、力を合わせないと……!」」」」
「よかろう、ならば合わせてやる――! 全てを私が取り込んでなあぁぁぁっ!」
ディーゴーが突き出した左の掌には、天上領のものらしき文様が浮かび上がっていた。
「『集束魔方陣』――! あいつ、まだ隠してたんだわ……!」
「おお……!」
それは助かる。
せっかく力を集めて強くなる能力をディーゴーが備えていたのに、知らずにそれを潰してしまったと後悔していたのだ。
まだ出来るならば、是非限界まで強くなって、イングリスと戦って頂きたい。
「さぁ寄越せ、イアン! お前達全ての魔素を――!」
「「「「うあああああああぁぁぁぁぁぁーーーーっ!?」」」」
イアン達の体から光が立ち上り、それがディーゴーへと流れ込んで行く。
「止せよディーゴ将軍ッ! イアンはお前の仲間だろっ!? 苦しんでるじゃねえかっ!」
見かねたラティが、ディーゴーを制止する。
「ラティ王子、ご無事か……っ!? いいやしかし聞けませぬ……! 国の大事に、その場におられなかった王子の命など――!」
「ええぇぇっ!? 王子……!? ラティが……!?」
ラフィニアが吃驚している。
「うん――そうみたい」
「あ……! いやそれより、止めてあげて、クリス……! あれじゃイアン君が――」
「えっ……?」
それは困った。
イングリスとしては、ディーゴーに十分な力を吸い取って強くなって欲しいのだが。
やはり戦いとは相手の強みを正面から受け止めて、そして勝つもの。
そうでなくては、自分自身の成長に繋がらない。
ラフィニアの身に危険が迫っている場合だけはその限りではないが、今は隣にいるから安全だ。
しかし孫娘のように可愛いラフィニアの頼みとあれば、それはそれで聞いてあげたくなるのも親心、いや祖父心――
「「「「止めないで下さい、ラティ君……ッ!」」」」
しかしイアン達自身が、それを望んでいないらしい。
「な、何でだよイアンっ!?」
イアン達はそれには応じず、ディーゴーへと語りかける。
「ディーゴーさん、僕から力を奪うのは構いません……」
「ですからどうか、使命を果たして下さい……!」
「そのためなら、喜んで――!」
「僕らの国の――アルカードのために……!」
バタバタと、力を吸いつくされたイアン達が倒れて行く――
「イアン……! 貴様――!? 疑って済まない……! その力と意思、確かに受け取ったぞ――!」
イアンから魔素を吸いつくしたディーゴの体が、バチバチと帯電するような輝きに覆われる。
――先程までとは段違いの力を感じる。
なるほど『集束魔方陣』とやらも、なかなか面白い技術だ。
「は……い――」
微笑みながら、最後のイアンが舞台上に倒れ伏す。
それを見届けると、ディーゴはイングリスを振り向き、睨みつけてくる。
「我等の――アルカードを思う力と意思……! 貴様にぶつけてくれるぞおぉぉぉっ!」
「力と意思とは、本来無関係なもの――わたしにぶつけるのは、力だけで結構です」
「黙れええぇぇぇっ! うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーっ!」
絶叫にも近い雄叫びを上げ、ディーゴーがイングリスに突進して来る。
先程までとはまるで違う、光の矢のような勢いだ――!
「はああぁぁっ!」
バギイイイィィィィンッ!
突進してくるディーゴーの首筋を、イングリスの肘打ちが叩き伏せた。
ベゴオォッ!
鉄で出来た重い身体が尋常ではない勢いで床に叩きつけられ、軋んで陥没して音を立てる。
「ぐうううぅぅぅぅっ!? な、何だと……!? あれほどの力を吸収したのに――! こ、この化け物が……ッ!」
「どこがです? わたしはれっきとした普通の少女ですよ?」
静かに応じながら、ディーゴーの首を片手で掴んで吊り上げる。
「ところで、今ので精一杯でしょうか……? もう少し何とかなりませんか?」
正直、まだまだ物足りないのだが――
先日手合わせして貰ったイーベルには及ばない。
少なくとも彼くらいの手応えがあると、嬉しいのだが。
「ぐぅ……っ!? も、もっと力が吸えれば――もっと……!」
どさり。
イングリスはディーゴーを放し、彼の体が床に落ちる。
「では、どうぞ? 力を補充して来て下さい」
「ど、どこまでも馬鹿にしてくれる……! 後悔させて――」
その視線が、隅のほうに避難しているアリーナ達に向いた。
「駄目ーーーーーーっ! 絶対駄目! 捕まえときなさい、クリス! じゃないと絶交だから!」
ラフィニアが物凄い剣幕で静止して来た。
絶交とは尋常ではない。今まで一言だって、そんな事を言われた事は無かった。
「っ!? あ――う、うん……!」
ラフィニアに絶交されるなんて、絶対に嫌だ。想像できない。生きていけない。
慌てて再びディーゴーの首を掴んで吊り上げた。
「こいつはアリーナちゃん達から力を吸うのよ! アリーナちゃん達がイアン君みたいになる! 絶対にダメよ!」
「そ、そうなんだ――それは仕方ないね……」
諦めてもう倒す他は無いのだろうか?
せっかくの機会が、残念だが――ラフィニアに絶交されるよりはましだ。
「いいや、もうその必要はない――!」
首を吊り上げられたディーゴーが、声を上げる。
「? どういう事でしょう?」
「私の首を掴む、貴様の手を見て見ろ――!」
「ん……? これは――?」
見覚えがあった。
アリーナの二の腕にあった小さな文様――それと同じだ。
「『送出印』だわ……! クリスから力を吸うつもりよ、気を付けて……!」
「もう遅い……! 貴様から奪った力で、貴様を殺してやるぞ――!」
「おぉ、いいですね!」
「「「「はぁっ!?」」」」
色々な方向から疑問の声が飛んで来た。
「いや、だって――わたしの力が吸われる分にはアリーナちゃん達に害は無いし……別にいいよね、ラニ? ね、ね?」
「ま、まぁ――そうだけど……」
「よしじゃあ決まり――! さあどうぞ力を吸って下さい」
「どこまでも馬鹿にしてくれる……!」
「……わたしはあなたが最大限に力を発揮するのを見たいだけです。限界まで力を振り絞って、必死にわたしと戦ってください? それがラニを傷つけたあなたにできる、せめてもの贖罪かと――」
「いいだろう! 後悔するなよ――!」
イングリスが身に纏う魔素が、ディーゴーへと流れ込んでいく。
ディーゴー身に纏う輝きはさらに増し、どんどん膨れ上がって行く。
「ふ……ふはははははッ! 何と凄まじい力が溢れて来る……! 先程までとは比べ物にならんぞっ! お前の力に比べれば、子供達やイアンの力など、微々たるものだった……! 素晴らしい、素晴らしいぞおぉぉぉっ!」
イングリスから流れ込む魔素の膨大さに興奮したのか、ディーゴは半狂乱の叫び声を上げる。
冷静そうだった最初の印象が、もはやどこかへ行ってしまった。
「それは良かった。さあ、どんどん強くなって下さいね?」
イングリスはにっこり微笑んでディーゴーに頷いた。
と、ふとイングリスからディーゴーに流れ込む光が途絶える。
「ふっ……! ふふふふふ……! 吸い尽くしたか! これでもう恐れるに足りん! さぁ覚悟し――」
「いえ。まだまだ――ですよ?」
ディーゴーが吸い上げて行った魔素は、イングリスが身に纏う霊素の一部を魔素に変換したもの。
尽きたのなら、また霊素から変換して補充すればいい。
霊素自体の余力は、まだまだあるのだ。
「ぬうっ……!? また力が流れ込んでくる……どういう事だ――!? 確かに今、貴様の力は尽きたはず――?」
「まあまあ、細かい事は気にせずに。力がつくのはいい事でしょう?」
「ふ……ふははははははは――! もう誰にも私は止められんぞ……! さぁ吸い尽くしたぞ――くたば……!」
「いえいえまだ早いです。さあもっと魔素をどうぞ?」
「ハーッハッハッハッハ! 倒し得る! 殺し得る! この世界の何もかもを……! 私は究極の力を手にしたのだッ!」
「良かったですね? 凄く輝いていますよ?」
「ク、クリスやりすぎよ……っ! こんなの、目を開けてられない――ッ!」
文字通り、ディーゴーの纏う光が極限まで輝度を増し、目を開け辛い程になっていた。
「いやいやまだまだ。まだいけますよね? もっと強く輝きましょう? 素敵ですよ?」
「ギャハハハハハハハハハッ! ハハハハハハハハハハハッ!」
ディーゴーはもはや理性を失ったかのような哄笑を上げ、大きく高く飛び上がった。
そろそろ限界――だろうか? 自ら離れて行ったし、様子も異様である。
高く飛び上がって、急降下攻撃を仕掛けてくるつもりのようだ。
「ではそろそろ、見せて頂きましょうか――」
イングリスは飛び上がったディーゴの姿を目で追いつつ、少し身構える。
カッッッ――――――!
ディーゴの体がさらに一際大きく輝く。
そして――その姿が、風船のように膨れ上がるのが見えた
「!?」
ドグウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥンッッッ!
耳を劈く巨大な爆音。
まるで空気を入れ過ぎた風船のように、ディーゴーの体が爆発した!
「そ、そんな……! まだ戦ってないのに……!」
イングリスが唖然と呟く中――
爆発の余波は、傷んでいた劇場の壁や客席などを軒並み吹き飛ばしていた。
後に残っていたのは、王立大劇場――だった建物の廃墟だった。
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