第190話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優43
「な、何が起こった……!?」
「それはこちらの台詞です――」
落ち着いた様子の、澄んだ声。
鮮やかな銀髪を纏った、麗しい姿――
イングリスがラフィニアを襲おうとしていたディーゴーの拳を掴み、にっこりと微笑んでいた。
「今、何をしようとしていました?」
「な……!? 何者だっ……!?」
「質問に答えて下さい。ひょっとしてラニを殴ろうとしていましたか?」
イングリスが掴んでいるディーゴーの拳が、ミシミシと悲鳴を上げ始めていた。
「な、なにぃ……っ!? 何だ貴様は――!?」
ディーゴーは驚きに目を見開く。
部下や多量の魔素を秘める少女から力を吸収し、今の自分の力は大国カーラリアの上級の騎士達すら圧倒する程に増している。その事は先程までの戦いで、明かだ。
それなのに――何故だ?
この銀髪の少女は、魔印武具すら持っていない。
あろうことか、右手には何の魔印も存在していない。
まるで白魚のような、見るも美しい女性の手だ――
それが何故、ディーゴーの鉄の拳を握り潰しかけているのだ……!?
メリメリメリィ――ベギィィィッ!
いや、潰しかけているのではない。潰した!
ディーゴーの右の拳が、悲鳴のような音を立ててぐしゃぐしゃにひしゃげた!
そして腕から千切れて、むしり取られてしまう。
「……っ!?」
「やはりあなたも同じ――ですか。機甲鳥のような機械の体……」
銀髪の少女はそう呟く。
ディーゴーの体は、既に痛みを感じなくなっている。
だから拳を潰されても平気ではあるのだが――しかしその異様な光景に底知れぬ恐ろしさを感じた。
「クリス……いいわよ――! これで『集束魔法陣』は潰れたわ! もう他の人から力を吸えないっ!」
「……!」
どうやら、イングリスは何か重要な力の鍵になるものを破壊してしまったらしい。
知らなかった――!
「そ、それは勿体ない事をしました……! すみません、お返しします――」
ぐしゃぐしゃにひしゃげたディーゴのーの拳。
その鉄の塊を力任せに何とか元の形に近づけつつ、そっと差し出す。
「ふ、ふざけるなあぁぁぁっ!」
ディーゴーは腕からせり出した刃で斬りかかって来る。
「こちらの台詞です」
バシッ!
イングリスは指先で軽く、刃を摘まんで組み止める。
「……っ!?」
「ラニを傷つけようとした事、許したわけではありませんが?」
ただ、それとは別に相手に最大限の力は出して欲しいという事だ。
それを邪魔するような事をしてしまったのは、申し訳ない。
むしろラフィニアを傷つけるという罪を犯したのだから、せめて持てる力を限界ギリギリまで発揮して死力を尽くし、イングリスの修業に貢献するのがせめてもの償いだとも言えるだろう。
イングリスは、するりと拳をディーゴーの腹に撃ち込む。
それ程の力を込めたようには見えないものの――
ドゴオオォォォォォンッ!
「ぬわあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ディーゴーの体が、折れ曲がるようにしながら大きく吹っ飛ぶ。
舞台上の方向に飛んで行き、壁にぶつかってめり込んで止まった。
「ラニ、大丈夫だった?」
ディーゴーを弾き飛ばすと、イングリスはラフィニアの側にしゃがみ込む。
ラフィニアの足元を捉えていた鎖は、無造作に引き千切った。
「…………」
しかしラフィニアは不貞腐れたような顔をして、ふいと顔を逸らしてしまう。
「……!? ご、ごめん、遅くなったの怒ってる――?」
「……違うわ――クリスが来てくれないと危なかったわ、ありがと」
「う、うん……?」
ではなぜ怒っているのだろう? そんなに、涙まで浮かべて――
「でも悔しい……! あんな最低な奴から、あたしの力じゃアリーナちゃんを守ってあげられなかったって事よ――こんなんじゃ……!」
「そう――」
イングリスは微笑みを浮かべて、ラフィニアの髪を撫でる。
「悔しいのはいい事だよ? それがラニをもっと成長させてくれるから。今後に期待――って事で、今日はわたしが倒しておくね?」
「うん――ボコボコにしてやって!」
「ふふっ、任せて」
と、イングリスは舞台上に目を向ける。
そこには壁にめり込んだディーゴーもいるが、先程までの異空間にいたラティやプラム、そして何十人ものイアンも現れていた。
「イ、イアン君が……!? あ、あんなにいっぱい――!? ど、どうなってるの……!?」
それを認識したラフィニアが、仰天して声を上げる。
「あの人も同じ――機甲鳥みたいな機械の体だよ。沢山いるのは……複製なんだって。心も、体も――自分が希望したって」
「そ、そんな……あんなんじゃ、誰が自分か分からなくなるじゃない――そんなに自分が大切じゃないって事……? かわいそうよ――」
ラフィニアは少し悲しそうな顔をする。
やはりラティやプラムと同じような反応で、受け入れがたい光景のようだ。
「「「「同情など不要です――!」」」」
何人ものイアンが同じ台詞を吐いた。
「わ、悪い夢を見ているみたいだわ――」
「ええ……恐ろしいですわね」
レオーネとリーゼロッテは、客席の壁に拘束されてはいるが無事なようだ。
やはり二人とも多数のイアンに戦慄している様子だ。
そんな中――
「ふみゅ。よく寝た」
異空間への転移に巻き込まれても平気ですうすう眠っていたユアが、ひょこんと起きた。
先程生えていた虹色の耳や尾は消えているが――
「ユア先輩!」
「ん……?」
寝惚け眼を擦りながら、周囲を見渡し――
「おお。イケメンがいっぱい――これは天国? 夢?」
僅かに嬉しそうな表情を見せる。
感情表現が乏しく思考の読めないユアにしては、はっきりとわかる表情の変化だ。
これはかなり喜んでいるに違いない。
さすがユアだ。皆恐ろしがったり気味悪がったりしているのに、これである。
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