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第19話 12歳のイングリス7

「な、何……!? 何の騒ぎ!?」

「行ってみよう、ラニ!」


 あの悲鳴のような声はただ事ではない。

 イングリスは先頭に立って室内に戻る。皆大部屋の奥のほうに注目していた。

 そちらに少し進むと、何かイヤな匂いが鼻につく。

 これは――かつてはよく戦場で体験した、人の肉が焦げる匂いだ。


 そして目に入る光景は――想像の通りだった。

 大部屋の奥。ビルフォード侯爵たちがいたあたりに、焼け焦げた人の体が転がっていた。

 それは――先ほど挨拶させて貰った、王都からの監察役のシオニー卿だった。

 変わり果てた様子の彼は、もうピクリとも動かない。完全に絶命していた。


 その近くには、ビルフォード卿にユミル騎士団の副団長エイダ、それに天上人(ハイランダー)のラーアルと警護用奴隷の大男がいた。

 ビルフォード卿とエイダは呆気にとられており、ラーアルは不敵な笑みを浮かべている。大男の表情はわからない。


「な……!? お、おい何があった、あんたら!?」


 さすがにうろたえた様子のレオンが声を上げる。


「ふん……無礼者を手打ちにしただけさ。天上人(ハイランダー)に対する礼儀がなってなかったからね」


 ラーアルだけが冷笑で応じ、ビルフォード卿やエイダは固まったままだ。


「エイダさん! 何があったんですか……!?」


 イングリスが肩を揺さぶると、エイダはようやく我に返ったようだ。


「い、イングリス様……! それが――わ、私が悪いんです! 私のせいでシオニー卿が……!」

「どういう事ですか? 落ち着いて話して」

「そ、それが……その――ラーアル様が私に夜伽をせよと命じられまして……」

「ええっ……!?」


 何と下品な事をするのか。彼の少年時代を知っているだけに、嘆かわしい事この上ない。

 同じ男性でも、その思考はイングリスには理解できない。

 前世の国王時代に部下がそんな事をすれば、即刻厳罰に処すところだ。


「わ、私が驚いて躊躇っていましたら、聞いていたシオニー卿が割って入って下さいました。これまでの監察でも、態度が目に余ると烈火の如くお怒りでした……ですがお怒りになられたシオニー卿に、ラーアル様がどこからか炎を生み出されて……!」

「それでシオニー卿はあのように……!?」

「は、はい……! も、申し訳ありません! わ、私さえ……私さえ――」

「エイダさん。ダメです、それ以上言ってはいけない。あなたは悪くないんです。ね、ラニ?」

「もちろんよ! クリスの言う通りよ、エイダ!」

「し、しかしこれはえれえ事になっちまったぜ……どう考えても俺の失態は免れん。ここに来る前から、天上人(ハイランダー)殿とシオニー卿とは色々揉めてたんだよ、あの方も生真面目な方だからな――」


 もっとも、そういう人間こそが監察役には相応しいわけだが――


「大した事じゃない」


 と、ラーアルはまったく悪びれずに言う。


「途中で急病により死亡したとでも言えばいい。天上人(ハイランダー)がそう言うのだから、そう事実認定されるさ」

「……だろうね。やってられんがな。今の国王陛下は天上人(ハイランダー)に対しちゃ何も言えねえし、そのつもりもないからな」


 と、レオンが言って肩をすくめる。


「という事は――だ、ビルフォード侯。シオニー卿は病死したと伝えるも、ビルフォード侯の企みによって暗殺されたと伝えるも、僕の自由というわけだ。その意味が分かるかな? 分かるよな?」

「う、うぬっ……!」

「さぁそこの女騎士に命じろ、僕の言う通りにしろってな……! 己の保身のために部下を売って見せろ……!」

「……な、なんという事を……天上人(ハイランダー)とは――!」

「お父様……!」


 ラーアルはビルフォード卿に娘の、ラフィニアの前で理不尽に屈服する姿を晒せと言うのだ。

 これほど残酷な事はないだろう。こんなものを見せられると――


「お、お待ち下さい! 私が……!」

「駄目です」


 そう、エイダが名乗り出て自ら身を捧げようとするだろう。

 容易に予想できた事。イングリスは即座に彼女を押し留めて進み出る。


「ラーアル殿。歪みましたね。こんな事をして楽しいですか?」

「ああ楽しいよ! せっかく全財産はたいて天上人(ハイランダー)になったんだ。地上なんて掃き溜めで偉そうにしてる、能無しの貴族や騎士どもの面子や矜持を踏みにじってやる! 最高の遊びだね、はっははは!」

「……わたしはあなたを軽蔑します」

「ふん。昔一度勝ったくらいで調子に乗るなよ、お前だって何もできないんだよ。何ならそこの女騎士じゃなくて君を指名してやってもいいんだぞ?」

「そうですか。わたしは構いませんが?」


 イングリスが応じると、ラフィニアがびっくりして悲鳴を上げる。


「く、クリス!? 駄目よそんなの! 何を考えてるの!?」

「そうですイングリス様! そんな事になったらリューク団長に何と言ってお詫びすれば……!」


 エイダも同じくの様子だ。


「……ラーアル殿はわたしに恨みがあるから――いずれはわたしにも手を出そうとしたはずだよ。だったら初めからわたしでいい」


 イングリスは二人に小声で応じてから、ラーアルに向き直る。


「約束して下さい。ラニやエイダさんには手を出さないと」

「ああいいぞ。まだ幼いが、君以上の女はここにはいないからな」


 ラーアルは内心、飛び上がらんばかりに喜んでいた。

 少年時代にプライドを傷つけられた相手、あのイングリスは、こんなにも美しい花のように育っていた。

 それを自分の手で、手折ってやる。屈服させ、征服してやる。

 それが何よりの復讐。何よりの尊厳の回復。自己の矜持の肯定なのだ。


「後で、僕が滞在している館に一人で来い。今夜中だぞ? 明日にしてなどと泣き言を言うなよ?」

「わかりました。必ず参ります」


 イングリスは表情を変えず、頷いてみせる。


「では後でな。先に帰っている」


 ラーアルはそう言うと、夜会の会場を後にした。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ここで余りな理由でアッサリと人が死んでしまい、その命の尊さも感じられないまま話が進んでじうのがとても寂しい。。 主役の彼こそが真のハイランダーであり、彼が死を迎える時は全てをやり遂げ…
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