第186話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優39
「どうしてアリーナちゃんが……!?」
ミリエラ校長の手違いだろうか?
それとも本当に、イングリスが見繕った対象になっていたのだろうか?
「な、何なんだ……!? あ、あんたウチに泊まってたディーゴーさんだな……!? これは一体――」
アリーナを人買いした商家の男も、一緒に取り残されていた。
そしてアリーナ以外の、あの家にいた子供達も。合わせて十人程だろうか。
ディーゴーはしかし、それには答えない。耳に入っていない様子だ。
標的のカーリアス国王が消えてしまった事に、面食らっているのだろうか。
「これは――見事過ぎる、さてはイアンめ裏切ったか……」
それは勘違いだ。
危険を事前に察知したイングリスが練った対応策が、完全に嵌っただけである。
しかし賊を相手に、その勘違いを訂正してやる義理も無い。
それよりもイアンの名が気になる。やはり彼も、仲間だったのだ。
「将軍……! 如何なさいますか――!?」
ディーゴーの部下なのだろう。
似た格好をした二人の怪しい男のうちの一人が、そう指示を仰ぐ。
「出直しだ。幸いこちらは標的を見失ったが、あちらにも見られてはいない――ここにいる者を除けばな。この娘達の口を封じ、身を潜めて次の機会を待つぞ。急げ」
「「はっ!」」
配下の二人が頷いて、殺気を漲らせて身構える。
――やる気だ、本気でこちらの口を封じるつもりだ。
「舐めないでよね! そう簡単にやられるもんですか……!」
ラフィニアは怯まずそう言い返す。
こちらとて、もう何度も修羅場を経験している。
先日は天上人と血鉄鎖旅団の衝突のど真ん中で戦ったし、幼生体とはいえ虹の王とも対峙した。
今さら人間の暗殺者如きで怯むような、やわな精神はしていないのだ。
「ええ、そうだわ――!」
「返り討ちにして差し上げますわ――!」
レオーネもリーゼロッテも、それぞれ黒の大剣と白の斧槍を構える。
「ならば、あれを使って――!」
ディーゴーの手下の一人が、少し離れた所にいるアリーナ達の元へと走る。
一体どういう仕組みなのか、その腕からバチンと音がして、何枚もの鋭い刃がせり出して露わになる。
怪しまれぬよう、仕込んで携帯していたのだろうか。
いずれにせよ、アリーナ達が危険である。あれは人質に取るつもりだ――!
「やらせないっ!」
ラフィニアは素早く魔印武具の純白の弓を引き絞る。
手元に光の矢が顕現すると、間髪入れずに射出した。
シュウウゥッン!
光の矢がアリーナ達に向かう暗殺者に向けて疾走する。
しかしその軌道は、暗殺者の頭上に逸れていた。
これでは当たりそうな気配はない。
続く二の矢、三の矢も矢継ぎ早に放つが、それも左右に逸れていた。
「魔印武具は立派だが、腕が伴わなければ……!」
「さあ? どうかしらね……!」
ラフィニアがそう言った瞬間、先頭の光の矢の軌道がガクンと変わる。
急激に直滑降し、暗殺者の鼻先をかすめて足元の床に突き刺さった。
「っ……! 急に――!」
――足が止まった!
「そこよっ!」
二の矢三の矢も急旋回し、足を止めた暗殺者の両膝を撃ち抜いた。
「うぐっ……!?」
暗殺者の体が、その場に崩れ落ちる。
ラフィニアの狙いの通り。
局所を狙い澄ました、高精度の狙撃だ。
最近のラフィニアの訓練のテーマは、放った矢の軌道を己の意志で操る事である。
大量の矢を放った場合は、大まかな動きの方向の制御しかできないが、今のような少数――ニ、三本の矢であれば、かなり細かい制御も可能である。その精度は見ての通りだ。
もっともイングリスを相手にすると、一度も当てられないのだが――
速過ぎる動きでいくら軌道を変えても回避され続け、そのうち光の矢が消滅してしまうという状況の繰り返しだった。
それに比べれば、今度のこれは実に簡単なように感じる。
「もう動けないわよ!」
そう言いながら、ラフィニアはアリーナ達の近くまで駆け寄っていた。
「おねえちゃん!」
「アリーナちゃん! 大丈夫よ――あたしが守ってあげるから、安心して!」
人質に取られそうになっている所を見ると、アリーナ達とディーゴー達は無関係のようだ。守ってあげないといけない。
「『あたし達』よ、ラフィニア!」
「そうです! わたくし達の力を合わせましょう!」
レオーネもリーゼロッテも動き出していた。
「ラフィニアは、その子達を守ってあげて!」
「わたくし達が前に出ます!」
「うん、お願い……!」
ならば自分はこの位置で、他の敵の狙撃を――!
光の矢の軌道を操る事が出来る分、味方に当たる事を恐れずに攻撃を放つ事が出来る。
矢の軌道制御は、こういう混戦での戦いの幅を広げてくれる技術である。
取り組んで来て正解だったと思う。
それにこうして奇蹟を制御する技術を高めれば、もう一つの力、すなわち治癒の奇蹟のほうにもいい影響が出る――とイングリスも言っていた。
ラフィニアは再び光の雨を構え、もう一人のディーゴーの部下を狙おうとするが――
「うおぉぉぉっ!」
視界の端の影が、激しく動く。
膝を射抜かれて崩れ落ちていた暗殺者が立ち上がり、猛然と突進してきた。
「な……っ!?」
とても膝に矢を受けた者の動きではない。かなり速い――!
不意打ちだった事もあり、何とか身を捻って避けたものの、暗殺者の刃はラフィニアの肩口を浅く掠めていた。
熱い痛みが走り、着たままだったステージ衣装が裂けて血が滲む。
「くっ……! 何でそんなに動けるのよ――!?」
普通なら立つ事も出来ないはずなのに――
全くの無傷のようにしか思えない俊敏さだ。
しかも、扱っている武器は魔印武具のようには見えない。
それなのに、上級魔印武具を持つ騎士であるこちらに手傷を負わせる事が出来る程の力とは――!?
「傷の痛みなど、とうに感じない……っ!」
ますます勢いづいて、猛然と斬撃を繰り出してくる。
ラフィニアも体勢を立て直し、その刃を弓の本体部分で受け流す。
しかしこれでは、反撃の手が出ない。弓の攻撃を繰り出す間を作らなければ。
反撃の隙、距離を開く隙を窺いながら、ラフィニアは気がついた。
膝を射抜かれたはずなのに、この男は足から血の一つも流していないのだ。
「どういう事……!? 効いてないの――!?」
「ラフィニア!」
レオーネの声。大きく振りかぶった黒い大剣の刀身が奇蹟の力でギュンと伸び、巨大な鉄塊となって暗殺者の頭上を襲う。
「うおぉっ!?」
反応し、暗殺者は大きく飛び退いてレオーネの刃を避けた。
――距離が開いた!
レオーネはこのために、こちらに手を出してくれたのだ。
この一撃で決めるための攻撃では無かった。
「ありがと!」
間合いが開けば、こちらのもの!
再び光の矢を三連射し、その軌道を操作。
今度は暗殺者の肩口に、三つの光の矢の着弾位置を揃えた。
「うおぉぉぉっ!?」
「――今度は、どう!?」
収束した光の矢が、暗殺者の肩の部分の服も切り裂き――
中から現れたのは、機甲鳥の内部構造のような、管や機械が詰め込まれた人型だった。
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