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第181話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優34

 まずいまずいまずいまずい……

 いけないいけないいけないいけない――

 やってしまったやってしまったやってしまった――!


 舞台背景が入れ替えられ、すぴーすぴーと寝息を立てるユアが撤収され、着々とキスシーンの準備が整って行く。

 マリク王子役のイアンも、緊張の面持ちで舞台袖からやって来る。


「さ、最終シーンですね。が、頑張りましょう……」

「え、ええ……」


 何も言わずに無視するのも無礼なので一応頷いた。

 が、背筋にぞくりと悪寒がした。嫌な汗が噴き出して来るのがはっきり分かる。


 端から見れば、ユアと激しい立ち回りを演じて息が上がっているだけに見えるかも知れない。

 もしくは、はじめてのキスが舞台のキスシーンとなる事になった純真な少女が、緊張と恥じらいに耐えているようにも見えたりするかもしれない。


 ――否、否! 断じて否である。


 単に嫌なのだ。イングリスの生物的趣向として絶対にあり得ない。

 まだ相手がラフィニアは無いにしろ、レオーネやユア達なら出来ない事はないが――いくら美少年とはいえイアンが相手なのは無理だ。生理的な拒否感に体が震える。


 怖い。そして恐ろしい――!

 どんなに強力な魔石獣よりも、どんなに残忍な天上人(ハイランダー)よりも、どんなに怒った母セレーナよりも、どんなに食べるものが無くてひもじい、空腹よりも……!

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!


 心の中で叫んでいるうちに、幕がサッと開いていく。

 客席の様子が見える。思わず救いを求めて、ラフィニアの姿を探してしまう。

 騎士アカデミーのために用意された特等席の中、レオーネやリーゼロッテと一緒に、三人並んで座っている。

 そして三人とも、キラキラと期待と興奮に満ちた目をしている――


 ダメだこれは。三人とも鼻息が荒い。

 イングリスのキスシーンにわくわくしている状態だ。

 三人それぞれ性格は違うが、こういう事はまだ未経験な少女達だ。

 興味があるのは分かるが――これでは何も期待できそうにない。


 三人の目が言っているのだ。

 やれ! 見せろ! そして感想も聞かせろ――! と。


「ああマリアヴェール。私を救いに来てくれたのだね……!」


 イアンの澄んだ声が、舞台から響き渡る。

 キスシーンの演技がとうとう始まってしまった。


 ――こうなったら目の前のイアンに期待するしかない。

 イアンがあれをやってくれれば……!


「はい王子様。あなたのためなら、わたしは何度でも、どこへでも――」


 イングリスはじっとイアンを見つめながら台詞を述べる。

 それは愛しい相手を前にしたマリアヴェールの気持ちを表す演技――ではない。


 促しているのだ。早くしろ――と。頼むから、この舞台をぶち壊して頂きたい。

 イアンにはその可能性があるはず……!


 杞憂で済めばいいと思っていた。

 ユアとの本気の手合わせという、やっと叶った機会を逃したくはなかったから。


 しかし手合わせも終わり、こういう状況になってしまった今――

 杞憂では困る! さあ早く、舞台をぶち壊すような事件を――!

 いきなりイングリスの首に刃物を突き付けて、「フハハハハ! この劇場は我々が占拠した!」などと言い出してくれて構わない。大歓迎だ。


 さもなければ――イングリスがイアンを殴り倒してしまいかねない。

 しかしその後どうやって誤魔化すか――何の罪も無いのなら、流石にイアンに悪いというのもある。


 逡巡しているうちに、イアンの台詞が続く。


「ありがとう。これからはずっと、私の側にいて欲しい――」


 イアンの手がイングリスの髪と、頬に触れる。

 反射的に体が拒否して、ビクンと震える。


「――ひぃっ……」

「?」

「あ、いや――よ、よろこんで……」


 本心では全く喜べない。

 思わず力が入って握り拳が自然と出来る。


「ああ、マリアヴェール……」


 イアンの顔がすっと近づいて来る。


 ――まさか、このまま何もなく最後まで演技を続けるつもりか……!?

 その方がイングリスにとっては大事件なのだが。


 まずいまずいまずいまずい――!

 どんどん高まる悪寒と危機感。


 しかしイアンの顔はもう間近で、唇が触れそうに――


 ――駄目だ! 限界だ……!


「……っ!?」


 握り固めた拳で殴り倒すのは何とか自制をした。

 だが、顔を大きく客席の方に逸らして避けた。


 同時に、イアンが耳元で囁いた。


「済みません、舞台はここで終了です」

「――!」


 客席でキラキラした目をしてこちらを見つめていたラフィニア達の姿が無い。

 いやそれ以外の観客も。そもそも客席そのものが無くなっていた。


「おお……! これは――」


 周囲が何もない空間へと、一瞬で切り替わっていたのだ。

 壁も縁も無く、あるものと言えば辺りを漂うキラキラとした黄緑色の光の粒子だ。

 これは以前、天上人(ハイランダー)のファルスがイングリス達を閉じ込めた空間に酷似している。

 確かこの粒子には魔印武具(アーティファクト)の活動を封じる効果がある。

 イングリスの操る魔素(マナ)も同様だった。


「あなたや、ユアさんがいくら強くても、ここなら力を発揮できません――暫くここで大人しくしていてください。ラティ君と、プラムちゃんも……」


 振り向くと、ラティとプラムの姿もあった。

 寝息を立てているユアの姿もその近くに。

 どうやら巻き込まれて、転移させられたようだ。


「イアン……! こ、これはお前がやってるのか――!?」

「ど、どうしてイアンくんがこんな事を……? まるで魔印武具(アーティファクト)みたいな――」

「はい――少し、お話して待ちましょう。仲間達が使命を果たすのを――そうしたら一緒にアルカードに戻りましょう? この国にはいられなくなりますから……」

「ど、どういう事だ――何をするつもりなんだよ、お前……!」

「教えて下さい、イアンくん!」

「……カーリアス国王陛下を討ち、亡き者にします――ですからここで、大人しくしていてください」

「なっ……!?」

「そ、そんな馬鹿な事――!」

「はぁぁ~~良かったあ……」

「「はぁ!?」」


 ラティとプラムの声が完全に揃った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 女優編が長すぎる。
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