第178話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優31
「「…………」」
お互いに見合ったまま、若干の間が空いた。
観客たちもじっと、舞台上のイングリスとユアを見つめている。
きっと凄いものが見られる――と期待に満ちた視線を感じる。
大体の事は、舞台演出と言えば誤魔化しが効くし、客席はミリエラ校長が魔印武具による結界で守ってくれている。
なので余り気にせず、力を入れて戦ってしまっても構わない。
観客の期待通りのものをお見せしよう――と思う。
「……来ないの?」
「ええ。もう一度、受けてみようかと――」
ユアの踏み込みは、極端に読み辛く反応も難しい。
姿を消して移動してくる上、その魔術的現象に対する魔素の動きが極端に小さいように感じるため、視覚的にも、魔術的にも感知が困難になるのだ。
前は魔素を帯びた氷の剣を砕いて撒き散らすか、視覚を断って魔素の動きのみに着目すればどうにか反応できたが――
今度は視覚を断たずに、目を開いたまま受けてみようと思う。
イングリス自身の魔素への感性が以前より増していれば、反応もできるはず。
ここの所、自然の中の魔素と、その奥の霊素の動きを、当然のものと流して受け入れるのではなくて、その微細な流れを掴んで理解するように修練を繰り返して来た。
これは、いつも行っていたお気に入りの修行である自分自身への超重力付加を解かなければ出来なかった。
自分自身に大掛かりな魔素の流れを纏ってしまうため、自然な周囲の環境が分からなくなってしまうからだ。
傍目には動かずじっと瞑想しているようにしか見えないため、ラフィニアには体調不良を疑われたが、物理的、身体的負荷に偏りがちだった修行を見直すにはいい機会だった。
その成果を試してみる――という事だ。
「どうぞ、いつでも打って来て下さい」
「んじゃ――」
と、ユアは人差し指をぴっと立て、親指もそれと直角に、指鉄砲の形を作る。
「ばきゅん」
バシュウウゥゥゥッ!
「っ!?」
前にユアが星のお姫様号の機能を暴走させた時のものに酷似した、光弾だった。
バヂイイィィィィッ――!
受け止めると、煙と共にずっしりとした重い手応えが。
「これは、あの時と同じ……!?」
「うん。あれでやり方覚えたから――」
一度きりのたまたまの事故で、技として身に着けてしまったというのか。
素晴らしい。あっという間に新技を身に着け、強さを増してくれるわけだ。
いや、それはそうと今のユアの声は、真横の耳元から――!
どむっ!
脇腹に、衝撃。
体が大きく吹き飛び、一瞬で壁が目の前に迫る。
素早く身を捻り壁を蹴り、激突は避けた。
「うおっ!? ユーティリスが一瞬消えなかったか……!?」
「それに――あ、あんなに華奢なのに、何て力だ……!」
「でも、平気な顔して、戻って来てる方もすげえ……! なんだあの身のこなし――!」
ユアの消える動きと、人を簡単に壁に激突させる程弾き飛ばす力。
さらにそれを受けても、異様な速さで体勢を立て直して見せるイングリスに向けても、歓声が上がる。
「凄いです、驚きました……!」
イングリスは思わず笑みを浮かべつつ、舞台のユアの前に舞い戻る。
あの光線の魔素の動きが激しかったため、ユアの移動の痕跡が消されて見切れなかった。
小さな波を大きな波でかき消すようなものだ。
木を隠すなら森、とも言えるだろうか。
それを意図して行った戦法かは分からないが、魔素の動きからユアの動きを先読みする難度は、確実に前よりも上がっていた。
何とも素晴らしい先輩がいてくれたものだ。
この手応え、この進化の速さ――最高の才能、最高の訓練相手である。
天恵武姫として忙しいエリスやリップルと違い、ユアはいつでも騎士アカデミーにいてくれるのだ。
基本的に本人にやる気が無いのが困りものだが、この公演の期間中はキスシーンを目当てに本気を出してくれるだろう。
今後とも、ユアとは何度でも戦いたい。
上手く乗せて手合わせをして貰える方便を、色々と用意しておかなければ。
「また、効いてない……? 前より強いはずだけど――?」
ユアは自分の手を見て、首を捻っている。
「そんな事はありませんよ、受けた所が痺れています」
確かに、その威力は前に受けた時よりも増していた。
疼くような痛みが、脇腹を中心に半身に広がっている。
何度も受けていいような生半可な威力ではないが、何度も受けたい痛みでもある。
心地よい戦いの痛みだ。これほどの手応えはなかなか無い。
「前はまだまだ手加減をしていたんですね――」
「いや……そんなに。最近何か体の調子いいから」
肩をぐるぐると、回して見せる。
「成長期、ですね。素晴らしい事だと思います」
「そう? ケンカが強くなるより、こっちが成長して欲しいけど――」
と、ユアは詰め物でぷっくり膨らんでいる胸元を撫でる。
「強くなる方がいいですよ、絶対」
「それはそっちが、元々でっかいから言えるだけ――」
「いえ、そういうわけでは――」
まあ確かに我ながらイングリスの胸は立派で、見栄えはするけれども。
それによって男性に注目されたり、あるいはモテたりする事には何の嬉しさも感じられない。
自分の精神が男性だからだろうが――嬉しいのは鏡で自分自身の姿を見て見応えがある事と、大きい方が似合う服を着こなせる事だろうか。
「胸で負けてる分、ケンカでは勝たないと――キスシーン、したいし」
「はい、では続きを……!」
「うん。じゃあもう一発――ばきゅん」
バシュウウゥゥゥッ!
「ならば、こちらも……!」
ぴっと指を立て、ユアの光線の軌道に合わせて――
霊素穿!
ビシュウウゥゥゥッ!
イングリスの放った細い青白い霊素の光が、ユアの放った光と衝突。
丁度お互いの中間の距離で、捻じれて弾けて消滅した。
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