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第177話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優30

 大盛り上がりだったマリアヴェールの踊りの場面が終わった後も、舞台のほうはつつがなく進行していった。

 流石に演技の質は本職に及ばないが、踊りや殺陣のような激しい動きでは、イングリスやユアの方が大きく上回っている。

 それに――単純な見た目の面で、イングリスが観客の目を虜にしてしまっているという部分もある。総合的に、激しい動きの多いこの舞台においては、本職の女優以上のものを見せられているだろう。


 今は物語も佳境に差し掛かった戦場のシーンで、イングリスとユアが激しい空中戦を演じている所だった。

 本来ならイングリスの機甲鳥(フライギア)をラフィニアに操縦してもらうところを、急遽プラムに代わって貰った場面だ。

 多少プラムの操縦がふらついても、こちらが合わせて飛び回れば問題は無い。


 ドドドドドドッ! ドゴゴゴォォッ! バキィィィッ! ドドドドドド――!


 次から次へと機甲鳥(フライギア)を足場に飛び回りながら、高速で展開される美少女同士の戦いに、観客は度肝を抜かれていた。

 連続の打ち合いからお互いの距離が離れ、元の足場に戻った瞬間――下からの声が耳に入ってくる。


「す、すげぇ……! マリアヴェールの娘、あんなに可愛いのにあんなに強いのか!」

「ユーティリスの娘も結構可愛いし、胸はあっちの方があるぞ……!」


 ユアは相変わらず胸に詰め物をして、舞台に臨んでいるのだった。


「んふ」


 聞こえたのか、少しニンマリとしている。満足そうなのはいい事だが――


「ユア先輩、ユア先輩……! 次先輩のセリフっすよ……!」


 機甲鳥(フライギア)にユアを乗せたラティがこっそり促している。

 プラムが心配過ぎたのか、ラティは全ての台本を完全に覚えているようだった。

 こういう所で助けてくれるのは、有難い。


「っと……あなた、中々やる――分かった、今は力を借りてあげる。けど決着は後でつける」


 劇中の、ユーティリスの台詞である。

 マリアヴェールの力を認めたユーティリスは、一時的に共闘を認める。

 そして、力を合わせてマリク王子の窮地を、陰ながら救った後――


 機甲鳥(フライギア)を降ろした舞台の上で、マリアヴェールとユーティリスが対峙する。


「……待て。どこへ行くつもり?」

「目的は果たしました。わたしはこれで失礼します――」

「いいや、許さない」

「? どういう事ですか?」


 と、定められた台詞の掛け合いをしながら、イングリスは胸に沸き立つものを抑えられずにいた。

 ここから、どちらが勝つか決まっていない、本気の手合わせのシーンが始まるのだ。


 いよいよこの時が――ユアの本当の本気が見られる。

 ここまで無事に辿り着いたのならば、後はもう楽しませてもらう……!


「王子の元に駆けつけるのは一人でいい。二人もいたら、王子が迷う――」

「馬鹿な。そんな事のために戦おうなどと、馬鹿げています。そんな事をして、あの方が喜ぶとでも思いですか?」


 個人的な事を言えば、あの方は喜ばないかも知れないが、マリアヴェールの中の人であるイングリスは喜ぶ。大喜びである。

 ユアほどの強者と本気で戦える機会、それは何にも代え難い至福の一時。

 そのために様々な悪知恵を働かせて屁理屈をこね、周囲を丸め込んで今ここに至るのだ。

 絶対に心の底からこの時間を楽しんで、確実に自分の成長に繋げて見せる――!


 ここは脚本の上では嫌がらなければならないのが、大変だ。

 本音ではもう待ちに待っていたので、思わず顔が綻びそうになる。


「喜ばせるんじゃない、傷つけないため――優しくて、繊細な人だから……」

「間違っています! あなたがそんな風だから、あの方は……!」


 いや何も間違っていない……!

 せっかく力があるのだから、ぶつけ合ってお互いの向上を目指すべき。


 拳を交えて問題解決を図るというのは、本来ならばあまり好ましくはない。

 力を目的のための手段に貶めているからだ。

 そうではなく、力そのものを目的とし、正義や理想などは排除する。

 それこそが、真に純粋な力への向き合い方だとは思う。


 が、これはあくまで架空の脚本。どうでもいい。そんな事より、早く戦いたい。

 最近はワイズマル劇団の賄いもあり、食堂も復活し、お腹を満たすのに苦労はない。

 反面イングリスの戦闘欲求は、とてもとても高まっているのだ。


「――問答無用。結局はじめから、こうするしかなかった」


 ユア扮するユーティリスが、舞台演出用の剣をすっと構える。

 見得の効いた、格好のいい構えだ。


「……身に降りかかる火の粉は、払うのみ!」


 本音を言えば、身に降りかかる火の粉は、大歓迎――! だが。

 イングリスも、舞台用の剣を構える。


 ダアアァァン!


 ユアが足元を蹴る音が高く響き、弾丸のような勢いで突進してくる。


「くらえ……っ!」


 振りかぶった剣を打ち下ろす太刀筋は正直滅茶苦茶で、いかにも力任せだ。

 当然だろう、ユアは本来剣など使わないのだから。


「させませんっ!」


 ガキイイィィィンッ!


 剣と剣がぶつかり、その勢いでお互いの手から弾かれ滑り落ちた。

 おおっ! と歓声は上がるが、こんなものはただの演出だ。

 ここまでが、台本である。後は流れで、盛り上げて下さいというわけだ。


 本来のユアはあんなに音を立てて踏み込まないし、大袈裟な構えを取ったりしない。


「……」


 演出を終えてお互い距離を開け、再び対峙するユアはもう身構えない。

 棒立ち気味に、ほんの少し半身になった程度――


 そして何の魔素(マナ)も感じない程に、ユア自身の魔素(マナ)が周囲に同化している。

 結果、棒立ちで何の強さも感じられない、だが驚異的に強い本来のユアとなる。


「さっさと終わらせて、キスシーンに行く――」


 ぼそり、と小さく呟くユアに、普段は感じないやる気を感じる。

 素晴らしい。いい戦いになりそうだ――

ここまで読んで下さりありがとうございます!


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