第175話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優28
「皆様。ようこそおいで下さいました」
舞台上立ったワイズマル伯爵が、客席に向けて深々と頭を下げる。
開幕前の挨拶だ。満員に近い客席のからの視線が、一斉に集中している。
イングリス達は幕の下りた舞台の袖の隙間から、その様子を窺っていた。
「う、うわぁ……人がいっぱい――き、緊張しますねえ……」
プラムがごくりと息を呑んでいる。
その恰好は、ラフィニア、レオーネ、リーゼロッテと同じ踊り子の衣装だ。
結局、プラムもイングリスの後ろでラフィニア達と踊る事になったのだった。
イアンがその方がラティ君も喜びますよ、と勧めたためだった。
ラティは反対していたが、ワイズマル伯爵は快諾した。
するとラティは文句を言いながらも、少々運動が苦手で振り付けに四苦八苦するプラムのために自ら振り付けを覚え、根気良く練習に付き合っていた。
やはり素直ではないが、いざプラムが舞台に立つとなると応援してしまうようである。
「馬鹿、緊張してんのはこっちだぜ――お前がミスったせいでイングリス達に恥かかせねえか、不安で不安で……」
「が、がんばります――!」
「大丈夫よ! 落ちてくる船を止めたり、魔石獣と戦ったりするよりは緊張しないでしょ?」
ラフィニアは、プラムの背中を叩いて勇気づける。
「は、はい。でもドキドキして――」
「ならこう考えればいいのよ。どうせみんなクリスに見とれて、後ろのあたし達まで見てない……! ってね」
「――それはそうかも知れませんね。イングリスちゃん、本当にきれいですから」
本番のイングリスの衣装は、以前よりもさらに装飾が増えて、煌びやかさを増していた。我ながらなかなかの見応えで、先程存分に鏡の前で自分の姿を眺めてきた所だ。
「それに関して文句のつけようもないわね」
「きっと観客の皆様もお喜びになりますわね」
レオーネとリーゼロッテも太鼓判を押す。
「――けど俺は、プラムが一番可愛いと思うぜ」
と、イングリスはラティの後ろに隠れてその真似をしてみた。
声は似せようと思っても限界があるが、口調はちゃんと似ていると思う。
男性口調は得意だ。当然だろう。男性の人生を経験済みなのだから。
「えぇっ!? 本当ですか、ラティ!?」
「違うわいっ! おいイングリス、何してんだ! やめてくれよ……!」
「いや、プラムの緊張をほぐすにはいいかと思って――」
緊張しているせいもあるだろうが、上手く聞き間違えてくれたようだ。
「ははは、イングリスさんは落ち着いていますね。主役なのに、凄いです」
と、見ていたイアンが苦笑する。
「いえ、わたしなどユア先輩に比べれば――」
イングリスはユアの方に視線を向ける。
ユアは近くに置いてあった大道具の箪笥にもたれかかり――居眠りをしていた。
「すぴー」
「ちょ……!? 流石にそれはまずいぞユア……! 起きろ……! もうすぐ幕が上がるぞ――!」
いつもユアの面倒を見ている、二回生のリーダー役のモーリスが慌ててユアを起こしていた。モーリス自体は機甲鳥が沢山飛ぶ戦闘シーンで、機甲鳥の一つを操縦するくらいの出番なのだが、相変わらずよくユアの面倒を見ていた。
そうこうしているうちに、舞台上のワイズマル伯爵が客席の一部に視線を送り、恭しく一礼をする。
「本日は素晴らしいお客様にもいらして頂いております――国王陛下、是非一言お願い致します」
「うむ――」
カーリアス国王が立ち上がると、客席中から大きな拍手が起こっていた。
「近頃はこの王都にて様々な事態が発生し、皆には苦労をかけておる。これは全て、国を預かる我の不徳の致す所――皆にはこの通り、謝罪を致したい」
と、カーリアス国王は一度大きく頭を下げる。
「此度のワイズマル劇団の公演は、皆の鬱屈とした気分を晴らしてくれるような、素晴らしいものとなろう。我が国の未来を担う騎士アカデミーの生徒達も協力してくれておる。皆でこの一時を、楽しもうではないか」
そうカーリアス国王が述べると、先程よりも大きな拍手が起こる。
「あ、お父様やお母様や伯母様もちゃんといるわね――」
ラフィニアは客席のほうが気になるようだ。
「そうだね」
「アリーナちゃんも来てくれてるわ……! よし、頑張って楽しませてあげないとね!」
グッと拳を握って気合を入れている。
「うん。せっかく母上達も見に来てくれてるし……わたしも楽しんで、思いっきりユア先輩と戦うね――!」
待ち望んでいた、本気のユアと手合わせできる日だ。
他にも色々とやらなければならない事はあるが、沸き立つ興奮を抑えることはできない。
「いや、楽しんで思いっきり戦ったらいつも通り過ぎるでしょ……! 女の子らしく、可愛い所を見せてあげなさいよ。その方が伯母様もアリーナちゃんも喜ぶわよ?」
「じゃあ、どっちも……!」
「くれぐれも言っておきますが、戦いに集中し過ぎて観客の皆様を巻き添えにしてはいけませんわよ?」
と、リーゼロッテが念を押してくる。
「大丈夫だよ。校長先生が結界を張ってくれるし」
ミリエラ校長も既に客席に座っている。
観劇をしながら、イングリス達が戦ったり機甲鳥が飛び回るシーンでは、事故防止のために客席を保護する結界を張ってくれることになっていた。
本来はこれも生徒側でやる予定だったのだが、諸事情によりミリエラ校長にお願いする事にしたのだ。
「ううう……ああ――はじまっちゃいますね……! も、もうちょっと心の準備が――」
プラムの緊張は、ますます高まっているようだ。
「こうなったらもうやるしかねえんだ……! 落ち着いて、出来るだけやって来い……!」
ラティがそう発破をかけている。
「は、はい……! じゃあ落ち着けるように手を握って下さい……!」
「はあ!? 何でそんなことしなきゃいけねえんだよ?」
「早く……! 私が失敗してもいいんですか――!?」
「どういう脅し方だ! ったく仕方ねえ――」
「お? 仲が良くて羨ましいわねえ~」
と、ラフィニアがニヤニヤしている。
「ほんとにね――」
レオーネも、くすくすと。
「う、うるせえな仕方ないだろ、こいつが……!」
「ふう――よーし……! ちょっと落ち着きました――!」
「あ、後半の機甲鳥でクリスとユア先輩が空中戦するシーンの操縦もお願いね? 急で悪いけど――」
本当はそのシーンでは、ラフィニアとラティがイングリスとユアの機甲鳥を操縦する事になっていたのだが――
これも諸事情につき、ラフィニアがプラムと変わって貰う事になっていた。
「は、はいそうでしたよね……! だ、大丈夫です……!」
「ホントかよ? 俺はそこも不安だぞ……」
「だったら、そのシーンの前も手を握って、落ち着かせてください?」
「はぁ、嫌だよ自分で勝手に――」
「……待って、そろそろ幕が開くわよ――!」
レオーネが皆に呼び掛ける。
確かにワイズマル伯爵が、挨拶の口上を締めようとしていた。
「――それでは、どうぞお楽しみ下さい。開幕に御座います――!」
それを受けて、舞台の幕がゆっくりと開いて行く。
その中で――
「すぴー」
ユアはまだ寝ていた。
「だぁぁぁ! 悪い、みんな手伝ってくれ――!」
「……!? は、はい……!」
「ま、まだ寝てるの――!?」
「とにかく運びましょう!」
「急がないと、見えてしまいますわ……!」
悲鳴を上げるモーリスを手伝い、とりあえずユアを舞台袖の奥に隔離した。
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