第172話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優25
「よし次のお楽しみは――水切り飛行ねっ!」
湖畔の水面ギリギリを飛ぶ事を、そう呼ぶのだ。
「うん」
ボシュウウウウウウゥゥゥッ!
水飛沫が音を立てて舞い上がり、後ろを振り向くと、星のお姫様号を水柱が追いかけるような光景が展開されていた。
「あはははっ! 水かかるよぉっ! 冷たい、気持ちいいいぃぃっ!」
ひとしきり飛び回ってから、ラフィニアがアリーナに提案する。
「アリーナちゃん、せっかくだからちょっと操縦してみる?」
「い、いいの……!? 勝手に私が触って、お姉ちゃん達怒られないの……?」
「ふふーん。いいのいいの。これ借りてるんじゃなくて、あたし達のものだからね」
「ええぇぇっ!? どこで売ってるの、こんな可愛いの……!?」
「買ったんじゃなくて、拾ったんだよ」
「お姉ちゃん、どこでどうやったら拾えるの?」
「そうだね、じゃあまずアリーナちゃんも天上領の兵士を倒せるように修行する所から――」
「こらクリス、アリーナちゃんに修羅の道を勧めないの! そういう生き方してるのはクリスだけだから、良い子は真似しちゃいけないのよ……!」
「……ラニも一緒にいたのに」
「クリスが強引に連れて行ったからでしょ……! まあ、とにかくほらアリーナちゃん、ここ持ってごらん?」
「う、うん――」
「ここでね、飛ぶ方向を変えるの」
「それでここでね、前に進むんだよ」
と、二人で手取り足取り、アリーナに機甲鳥の動かし方を教えてあげて――
本当に楽しそうにしているアリーナを見ているとこちらも楽しくなり、あっという間に時間が過ぎた。
もうすっかり日も落ちて、空は雲一つない星空。
半月がその美しい姿を、ボルト湖の水面に映していた。
「うわぁ高い――お星さまが手で掴めそうなくらい……綺麗だね――」
機甲鳥で限界近くまで高度を上げて、夜空と眼下の光景とを眺めていたのだ。
素晴らしい眺めだが、少々高い所が苦手らしいレオーネは怖がるだろうか。
「アリーナちゃん、一つ教えてくれる?」
と、イングリスは切り出す。
「何? おねえちゃん?」
「『洗礼の箱』を使った洗礼って、受けた事ある?」
イングリスとラフィニアは六歳で受けた儀式だが――
内容としては、『洗礼の箱』を使って魔印をその身に刻むというものだ。
「え? 無いよ……?」
「そう――ありがとう、答えてくれて」
アリーナの右手に魔印は無く、いわゆる無印者なのだが――
先程操縦を教えるために手に触れて、分かった。
アリーナ自身には、かなりの魔素の素質がありそうなのだ。
恐らくラフィニア達に匹敵するような上級印か、少なくとも無印者はあり得ない程には強い魔素の輝きを感じた。
最近ユアと手合わせしたり、話を聞いたりしているうちに、人や周囲の自然の魔素を注意深く探るという事に凝り出したのだが――
アリーナが無印者なのは、不自然だと感じたのだ。
「ええっ。ちょっと待って、洗礼って六歳でみんなやるものでしょ?」
「何事にも例外ってあるんだよ、ラニ」
ラフィニアの言うみんなは、自分達が生きて来た環境や、騎士や貴族ではなくとも、それに近い人々の間の世界の話だ。もっと厳しい世界はある。
ここは、ラフィニアの世間知らずな所というか、人や物事を性善説で捉え過ぎな面が出ただろう。
「そんな事言ったって……ねえ、アリーナちゃん。お父さんやお母さんは洗礼を受けさせてくれなかったの?」
魔印を授かる洗礼自体は、各地の教会で受ける事が出来る。
有力な貴族ならば、自家で『洗礼の箱』を抱えている場合もあるし、それを幅広く領民に使わせている場所も珍しくはない。
いずれも無料とはいかないまでも、わずかな料金で利用は可能だ。
騎士の素質を持つ者を発掘し、人の住む場所を守る戦力とする事は、この地上に生きる誰にとっても必要な事だ。幅広くやらない理由がない。
たとえ貧しい生まれだったとしても、魔印を授かる事が出来れば、騎士としての道が開ける。それは貧困から、脱出する事にもつながるだろう。
ラフィニアもその位のことは考えているだろうが――
その先は、想像がつかないようだ。
「お父さんもお母さんも、いないの」
と、アリーナは少し寂しそうに微笑みながら、そう答えた。
「あ――そ、そうなんだ……ご、ごめんね、悪い事聞いちゃって――」
「ううん、いいよ。おねえちゃん達、優しいもの」
ラフィニアに悪気が無い事は分かってくれている――ようだ。
普通怒り出しても不思議はないが、ある意味アリーナのほうが余程大人の対応である。
不自然なほどに、傷つくことに慣れ過ぎている――とも言えるかも知れない。
「私、お父さんとお母さんから人に売られたから……だから、洗礼とかは――」
そうなれば、洗礼を受ける機会が無いのも当然である。
労働力として使うために買ったのに、騎士として才能が認められれば、国や貴族に召し上げられてしまい労働力として使えなくなってしまう。
わざわざその危険を冒す理由は見当たらない。
彼女の右の二の腕あたりに見える小さな文様のようなものは、人買いが『商品』に押す焼き印のようなものだろうか?
少し気にはなるが、これ以上触れられるはずもない。
アリーナに騎士の才能がありそうなことを告げるのも、逆に酷になるかもしれない。
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