第171話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優24
それからさらに数日――
「あー。ちょっと遅くなっちゃったわねー」
「そうだね」
イングリスとラフィニアが二人で王立大劇場を出ると、空はもう夕暮れ時だった。
今日が稽古の最終日で、明日からいよいよ本番だった。
イングリス達だけ帰りが遅いのは、普段より豪勢だった賄いの料理を、最後の最後まで堪能して来たせいである。
「あー。お腹一杯ね~。満足満足! さあ帰ってお風呂入って、ゆっくり寝ましょ! 明日から本番だし」
「うん、そうだね」
「楽しみにしてるわよ、クリスのキスシーン!」
「うふふふ……」
「な、なによその怪しい笑いは……!」
「何でも。さあ、帰ろう?」
攻撃機構が暴発したため、舞台に上がる事はなくなった星のお姫様号に乗り込む。
結局舞台でイングリスが乗る機甲鳥も、ラフィニアとプラムの手によって可愛らし過ぎるピンクに塗られてしまったため、結局は少し恥ずかしいのに変わりはなくなってしまったが――
機甲鳥を始動して、騎士アカデミーへの帰路を飛んでいると――
「あ……! あの子――! ええと――」
街角の道を指差して、ラフィニアが声を上げた。
見ると、そこには肩くらいまでの金髪の、十歳程の可愛らしい女の子の姿があった。
「アリーナちゃん。だよ」
星のお姫様号を可愛いと褒めてくれた街の女の子だ。
今度会ったら、星のお姫様号に乗せてあげるとラフィニアが約束していた。
ラフィニアが顔を忘れてしまった時に備えて、イングリスはきっちりと顔と名前を記憶しておいた。
「あ、そうそう! アリーナちゃん!」
「……忘れてたでしょ?」
「クリスが覚えてることは、あたしが覚えてること!」
「――まあ、それが従騎士だし文句はないけど」
「クリス、あの子の所に降ろして!」
「うん、分かった」
アリーナの近くに下りると、ラフィニアは彼女ににっこりと笑顔を向ける。
「やっほー、アリーナちゃん!」
「あっ。あの時の騎士のおねえちゃん……!」
「ふふっ。あの時の事、覚えてくれてたのね? あたしはラフィニア、こっちはイングリスよ」
「こんにちは。いや、こんばんは、かな――」
ちょうど微妙な時間帯だ。
「ね、ね。アリーナちゃん。お姉ちゃん、前の約束、今果たしちゃおうかなーって思うんだけど……機甲鳥に乗ってく? いいわよね、クリス?」
「うん。いいよ」
約束をちゃんと果たそうとする姿勢は立派だ。
イングリスもそうするべきだと思う。
次はいつ会えるかも分からないのだし。
「あ……ええと――」
アリーナの顔に一瞬躊躇いのようなものが浮かんだが――
「うん。どうしたの?」
「う、ううん……お願いします!」
「おっけー! じゃあ乗って!」
「うん!」
アリーナを乗せて、再び浮上する星のお姫様号。
「うわぁ……! 本当に飛んでる――! すごい……!」
アリーナは大きな目を見開いて、輝かせている。
その様子は子供の頃のラフィニアを見ているようで、懐かしく微笑ましい気分になる。
「ふふふっ。気に入ってくれた?」
ラフィニアもイングリスと同じように、微笑ましそうにアリーナを見つめている。
もうラフィニアも、子供を見てこんな顔をするようになった。
すっかりお姉さんである。時間が経つのは早いものだ。
赤ん坊の頃からラフィニアを見守っているイングリスとしては、感慨深いものがある。
「うん……! すっごくすっごく、気持ちいいね――!」
「まだまだ、もっと迫力のある気持ちいい飛び方が出来るのよ! クリス、一回転やっちゃって!」
「うん!」
イングリスは機甲鳥の船首を急激に持ち上げ、船体がかなりの急角度で上昇を始める。
「わわわっ!?」
「ほら、しっかり掴まっててね! クリス、いいわよ――!」
「行くよ――!」
ギュウウウゥゥンッ!
視界がぐるんと一回転。
一瞬髪が下に引っ張られるような圧を感じ、そしてまた元に戻る。
「あははははっ! すごーいっ!」
「大丈夫? 怖くなかった?」
「うん! ずっと目を開けてられたよ!」
「お? やるわねえ、アリーナちゃん」
「素質あるかも――ね」
「本当? 私もお姉ちゃん達みたいな騎士様になりたいなぁ……!」
「まあ、あたし達も本当の騎士じゃなくて、騎士アカデミーの学生なんだけどね? 騎士のたまご、まだ半人前なのよ」
「ふうん――? でも、お姉ちゃん達二人ともかっこいいよ!」
「ありがとう! いい子ね~♪」
ラフィニアはすっかりアリーナを気に入ったようで、ぎゅっと抱きしめていた。
「まだまだ気持ちいい飛び方あるのよ~? クリス、ボルト湖の方に行って」
「うん、分かった」
「全速力で飛ばしてあげて!」
「じゃあ、新機能試すね?」
「ああ。何かラティと一緒にいじくってたわね?」
「そう。完成したから、加速装置」
この機甲鳥には、天上人用に攻撃の魔術を、そのまま増幅して撃ち出す攻撃機構がある。
ユアが暴発させていたものだが、これは魔印武具のように魔素を魔術的な現象へと自動的に練成する働きは持っておらず、あくまで仕上がった完成品である魔術をさらに増幅・射出する機構である。
イングリスはラティと協力をして、この機構の伝送路を、船首砲門ではなく機関部に直結も出来るように改造を施していた。
機甲鳥の機関部は魔素を動力に変える仕組みを持っているため、これと繋ぐ事により、既存の燃料からの動力に加えて操舵手の魔素も動力に加わり、結果的に大幅な速度向上が見込める。つまり、加速装置だ。
天上領の技術はやはり地上の国々よりも圧倒的に上であり、中々に面白い。いずれ機会があれば、その技術を学んでみたい気もする。
そして自分に匹敵するくらいの強力無比な破壊兵器を生み出し、それと戦って腕を磨き続けたい。そうすれば、戦い甲斐がある強い相手が見つからないという悲劇は生まれなくなる。非常に効率的である。
ともあれ、加速装置と聞いたラフィニアは目を輝かせる。
「おぉぉ~。じゃあ景気づけにやっちゃって!」
「うん――行くよ!」
イングリスは新たに設置したレバーに手を伸ばす。
従来の魔術を砲撃する機能、機関部直結の加速機能、両方とも無効の安全モード。
三種類の動作を切り分けられるようにしておいた。
ガチンッ!
安全モードから加速モードへ!
ヴィイイィィィィィィィンッ!
いつもの駆動音より一段高く、力強い響きだ。
「よし、出発!」
ビュウウウゥゥゥゥンッ!
体に感じる風も、いつもよりも一段と。
「うわっ!? 凄いわねこれえぇぇぇぇ!」
「すごいすごいすごいーっ! はやああぁぁぁぁいっ!」
「うん。楽しんでもらえて何より――かな?」
騎士アカデミーの機甲鳥ドックがあるボルト湖畔に到着。
いつも、よく訓練で使う場所だ。
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