第170話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優23
「いけませんっ! 騎士アカデミーの学生として、修練に専念すべきですっ!」
「もー口うるさいわねえ、クリスは。お母様がいいって言ってるじゃない」
「わたしは! 侯爵様から、ラニに悪い虫がつかないように頼まれてるから!」
「あら、気にしなくていいのに。娘が誰かに取られるって、嫉妬しているだけなのよ」
「気にしてください伯母上っ!」
これでは逆効果だ。ますますラフィニアがイングリスの言う事を聞かなくなる。
「侯爵様はラニのためを思って……! わたしも同意見ですから! ラニにはまだそういう話は早いですっ!」
「あはは――ごめんなさい姉さん、ラフィニアちゃん。イングリスもラフィニアちゃんを誰かに取られるのが嫌なのよ。侯爵様と同じね」
「ち、違います母上……! わたしはラニに仕える従騎士としてあるべき姿を……!」
「ふふふっ。きっとうちの夫も同じような事を言うわね」
「うぅ……っ!?」
そうなのかも知れない。恐らくビルフォード侯爵がラフィニアを見る目と、自分がラフィニアを見る目は似ているだろうから。
「ありがとう、クリスちゃん。真剣にラフィニアの事を考えていてくれているのね。ラフィニアも、クリスちゃんの言う事をよく聞くのよ?」
「えぇ? さっきいいって言ったのに!」
「いいのよ! あなたが一番大事にしなきゃいけないのは、クリスちゃんでしょう?」
「まあ、それはそうだけど――」
「伯母上――」
どうやら、伯母は味方をしてくれるようだ。
と、ここで母セレーナが一緒に来たレオーネ達に目を向ける。
「お友達ですか? ご挨拶が遅れてごめんなさい、私はイングリスの母セレーナです。こちらは姉のイリーナです」
「いつも娘達がお世話になっています」
大人の女性の淑やかな所作で、丁寧に挨拶をする。
「ご丁寧にありがとうございます。わたくしはリーゼロッテ・アール……」
と名乗ろうとしたリーゼロッテの途中にラフィニアが割り込んだ。
「お母様、叔母様、紹介するわね! こちらはリーゼロッテ、それからレオーネよ」
ラフィニアはあえて、家名の方は言わずに名前だけを言った。
レオーネのオルファー家は、レオンが聖騎士の位を捨てた事により、世間から厳しい目で見られてしまう立場だ。
母達はユミルでのレオンの行動と顛末を、伝聞とは言え知っている。
だからレオンやオルファー家に悪い印象はそこまで持っていないだろうが――
それでも、レオーネが自分から名乗り辛いのは事実。
だから、リーゼロッテに割り込んで、家名を言わずに紹介したのだ。
いずれ分かる事かも知れないが、あえて今そうする必要も無いだろう。
その事を伝えるかのように、ラフィニアはこっそりリーゼロッテに目配せする。
それで、リーゼロッテも意味を察した様子だ。
「あ……はい! こちらこそ、いつもお世話になっておりますわ」
こういうラフィニアの人に寄り添う優しさと気遣いは、見ていてちょっと誇らしい。
「私も、いつも良くして貰っています」
レオーネも微笑みながら頷いていた。
「あ、そうだお母様。今ね、王都にワイズマル劇団が来ているのよ! あたし達、公演に出る事になってるの、お母様達にも見て貰えるわね! それでね――!」
「ラニ、待って。せっかくだから場所を移さない? 時間も無くなって来たし――」
「それがいいですよお。お稽古の時間も迫って来ていますし……王都をご案内がてら、どこかお洒落なカフェでお茶でもして、それからお稽古に行けば――」
「いえ、食堂に行きましょう! 急がないと!」
「そうね! 校長先生、お母様達のお茶の分も、あたし達の食べ放題でいいですか?」
「え、ええ……構いませんよ」
お茶程度なら構わないだろうと、ミリエラ校長は判断した。
保護者二人を前に、ここでダメだとも言うのも言い辛い。
稽古の時間までは余りないし、母親と積もる話をしながらならば、イングリス達の食べる速度も鈍るはず。結果、いつもよりは被害は少なくなる――というわけだ。
そして――
どんっ! どんっ!
食堂のテーブルに、山盛りパスタの大皿が二つ。
「久し振りね! 超特大全部乗せ激辛パスタ!」
「美味しそうだね……!」
ばくっ! ばくっ! ばくっ!
イングリスとラフィニアは、猛然と目の前の大皿にフォークを突き立てる。
「にゃ? おひゃひゃしょうしょれ? いふみょよふきょれしゃれふぇるにょよ!(ね? 美味しそうでしょ? いつも良くこれ食べてるのよ!)」
「こーひょうふしぇーしぇーのきょきょうひれちゃれふぉおらいれしゅのれ、しゅりょくりゃしゅらっふぇれましゅ(校長先生のご厚意で食べ放題ですので、すごく助かっています)」
それを見ていたレオーネとリーゼロッテは、秘かに嘆息する。
「い、いつも通りだわ――あんなもの食べながらじゃ、まともに話も出来ないのに……」
「せ、せっかくお母様が来て下さっているなら、お行儀よくすればいいのに……ですが、食欲の方が勝っているのですね――」
そんな事は知らず、イングリスとラフィニアはにこにこしている。
「ラフィニア……」
「イングリス……」
二人は低い声で、娘達の名を呼ぶ。
きっとそのはしたなさを窘めるのだと、レオーネ達は思ったが――
「「あと二人前、追加よ!」」
「「ふぁい!」」
どんっ! どんっ!
「りゃりゃ? おひひぃわにゃ! こりゃりゃたれふぉふぉりゃいりゃんね、ふぁりゃりゃりゃいわん(あら、美味しいわね! これが食べ放題なんて、有難いわね)」
「にゃにゃららひにゅおふぁんにゃしんふぁいしりゃきゃれれ、ふぉれにゃにゃらいひょうひにゃ!(あなた達のご飯を心配していたけど、これなら大丈夫ね!)」
「ろうりゃれ!(そうでしょ!)」
「ふぁふぁうえりゃりといっひょりゃろ、(母上達と一緒だと、より美味しいですね)」
ばくばくばくばくっ!
母二人の食べる速度は、イングリスとラフィニアと互角、いやむしろ上回っていた。
「あ、そ、そうかイングリスとラフィニアのあれって――」
「お、お母様譲りだったのですわね……!」
「お、お化けが……お化けが倍に増えて――」
あっという間に四人前の大皿が空になる。
「うーん美味しかった!」
「久し振りだったから、より美味しいね。いくらでも食べられそう」
「あ、あのー……皆さん、そろそろお稽古の時間も迫ってますよぉ?」
「このくらいの時間だったら、あと二人前は余裕ね。食べてこ! 今度は超特大全部乗せホワイトソースパスタと一つずつ!」
「わたしも。向こうの賄いも食べたいし、軽く済ませておかないとね」
「「じゃあ、お母さんたちはあと二人前ずつね」」
「さすが母上と伯母上は大人ですね。まだまだ敵いません」
「おっけー! じゃあおばさーん! 超特大全部乗せ激辛パスタと超特大全部乗せホワイトソースパスタを六人前ずつ追加で~!」
ラフィニアが元気よく、厨房に向かって注文をする。
「校長先生、私達まで頂いてしまって済みません」
「だけど、こういう環境ならこの子達も安心です。ありがとうございます」
「あはは……あははは――このくらい、お安い御用ですよお」
ミリエラ校長はとてもとても引き攣った笑みを浮かべていた。
「ねえお母様、食べ終わったら稽古の見学に来てね! 本番ももうすぐだから、ユミルに帰る前に見て行って欲しいわ!」
「ええ、そうするわよ。ワイズマル劇団の舞台なんて久しぶりだわ。偶然だけど、いい時期に来られたわね。ラファエルがいないのが、残念だけれど――」
「クリスちゃん、私も楽しみにしているわね。こちらはお父さんがお留守番なのが、残念だけれど――」
「はい、母上。必ずや満足頂ける戦いをお見せ致します」
「いや、普通に可愛い所を見せて貰えればいいんだけど……」
そんなこんなで食堂も再開し――食事の問題は解決した。
後はワイズマル劇団の公演を務めるだけだ。
ユアと思い切り戦える舞台が、そこにある。
公演の保護者参観も決まり、非常に楽しみである。
良く体調を整えて、本番に臨まねばならない。
「よし――やっぱりもう少し栄養を取っておこうかな。すみません、超特大全部乗せ激辛パスタと超特大全部乗せホワイトソースパスタを一人前ずつ更に追加で!」
「あ、じゃああたしも! すみませんやっぱり二人前ずつで~!」
「あああぁぁぁ……もう頭痛い――私、部屋に帰って休みます……」
ミリエラ校長はよろよろと、食堂を出て行った。
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