第168話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優21
「さあでは次は、マリク王子とユーティリスのシーンに行きますぞぉ~。ユアちゃん、こちらへ――!」
「あ、はい」
と、トコトコとユアは舞台中央に進み出ていった。
「うーん……」
これはユアの師匠らしき父親に稽古をつけて貰うのは難しいかも知れない。
となれば、自分でユアの技術を盗んで、身につける他は無い。
早く本気のユアともう一度戦いたいところだ。本番が待ち遠しい。
「よう、イングリス。ユア先輩、何か凄い事言ってたなぁ……」
「聞いてた? お父さんの顔忘れたって――」
「ああ、すごいな――」
「うん……」
「あの調子で台本なんか覚えられるのかと思いきや――」
「……意外とちゃんと覚えてるよね――」
マリク王子とのシーンの練習をするユアは、台本を手にせず、ちゃんと台詞が頭に入っているらしい。
演技自体も意外としっかりしていて、見ていて特に不安を感じない。
マリク王子役のイアンもちゃんとしていて、むしろイングリスが二人の足を引っ張らなないように気を付けねばならない程だった。
「なあイングリス、あのさ――」
「うん、何?」
「イアンの事だけどさ、これプラムや他の奴には言わないでくれよ……? 何か変な所とかって感じねえか?」
「……しっかりした人だと思うけど――? 何か気になる所があるの?」
「ああ……俺はあいつの事はよく知ってるつもりだ、幼馴染みだからな。あいつの性格なら、領地が滅ぼされて、王都にまで大きな被害が出たって言うなら――そこに残って、復興を手伝うと思うんだ。自分一人だけ、劇団に入ってこんな所にいるなんて……いやそれが悪いって言うんじゃないけどさ、何か違和感があるんだ……」
「――言えない事情があるのかも知れないね。無理に詮索せずに、そっとしておいた方がいいよ? 余計に辛い思いをさせるかもしれないから。話せるようになるまで、何もしないで待ってあげるのも気遣いだと思う」
「……そうだな。分かった」
ラティはイングリスの言葉に頷いていた。
きっとその方がいい――素直に頷いてくれたのは助かる。
「それでは次、マリアヴェールの舞踏シーンの練習と参りましょう! イングリスちゃんこちらへ! ラフィニアちゃん達もお願いしますぞぉ~」
「はい」
イングリスが入れ替わりに舞台中央に出て、それまで見学していたレオーネとリーゼロッテもやって来る。
「あれ? ラニは?」
「さっきから、帰ってこないわね――大事な用だって言ってたわ」
「すぐ戻って来ると仰って、行ったきりですわ。何か聞いていませんの?」
「あ、ひょっとして……!」
とイングリスが声を上げると同時に――
「たりゃいま~」
両頬をリスのように膨らませたラフィニアが戻って来た。
何をしていたかは一目瞭然だ。
「あひゃよひゃっひゃ、みゃにゃにゃっらふぁふぁ(ああよかった、間に合ったわね)」
「ラニ……一人だけつまみ食いしに行ってたね――」
ちょうどお昼が近くなって来て、劇団の人達が昼食の準備を行っている時間なのだ。
我慢し切れずに、こっそり抜け出して食べに行っていたようだ。
ずるい。イングリスもそろそろお腹が空いて来たのを我慢していたのに。
「ふぉい。こりゃれきょきょふぁんりゃ(はい。これで共犯ね)」
ぱく。
ラフィニアは手に持っていたお肉をサンドしたパンをイングリスの口に突っ込んだ。
「みょー。しょふぉふぉにゃいにゃ(もう。しょうがないか)」
「ほっほほぅ。若い子はよく食べませんとですなぁ~。二人ともよく食べて、吾輩に良い演技を見せて下さいませ」
しかしそんなイングリスとラフィニアにも、ワイズマル伯爵は寛容だった。
「……ワイズマル伯爵って大らかよね」
「ですわね。まるでお怒りになりませんもの。ひょっとしたら校長先生よりも――」
レオーネとリーゼロッテはそう囁き合う。
ミリエラ校長も物腰柔らかく、穏やかで優しいのは確かだ。
だが物事には限界と言うものがあるし、イングリス達はたまにそれを踏み越える。
舞台の稽古中にこの態度は、怒られる時は怒られるような気もするのだが――
「ほぅほぅ。吾輩、人にはそれぞれその人に向いた伸ばし方があると思うのです」
と、聞こえたらしく、ワイズマル伯爵はレオーネ達に囁く。
「叱って伸びるタイプ。褒めて伸びるタイプ――様々ですが、あの二人は、さしずめ食わせて伸びるタイプで御座います。お腹さえ満たして差し上げれば、いいものを見せて下さいますから、食べさせ甲斐があるというものですなぁ」
「……動物みたいね」
「そ、そうですわね……猛獣使いが飼っている猛獣さんですわ」
「ほんとね」
「笑ってはいけないんでしょうけれど……」
ちょっと可笑しくなって、レオーネとリーゼロッテはくすくすと笑い合う。
「ん……よし!」
「お待たせしました、やりましょう」
イングリスとラフィニアが、もぐもぐするのを止めた。
「そうですか、そうですか。では皆さん、美しいダンスをお願いしますぞぉ~」
ワイズマル伯爵に促され、イングリス達は整列する。
イングリスが前に立ち、その後ろに三人が並ぶ隊列だ。
そしてワイズマル伯爵の手拍子に合わせて、様々に位置を変えながら、教えられた振り付けを演じて行く。まだ練習を開始してから日は浅いが、振り付けは完璧だった。
「いやぁ素晴らしいですぞぉ、皆さん! まるで天から舞い降りた女神達! その調子ですぞ~!」
興奮気味なワイズマル伯爵の声援が飛ぶ。
「ふふっ。あんなに褒められると悪い気はしないわね」
「そうだね」
「ちょっと恥ずかしいけど、いい息抜きになるかも知れないわね」
「ええ。せっかくですから、ここは楽しんでしまいましょう」
踊りながら、そう囁き合う余裕もある。
四人とも特に踊りに造詣が深いわけではないが、全員が騎士アカデミーで人並外れた訓練を日々積んでいる身だ。
身体能力に関しては、イングリスだけでなく全員が、常人のそれを遥かに上回っているわけで、あっという間に正規のワイズマル劇団の役者たちを追い抜く水準にまで達していた。
指先から爪先まで、四人の動きを揃えて、しなやかに。
激しい動きに皆の髪が揺れ、服が揺れ、細かな衣擦れの音まで聞こえる。
最後にイングリスが一人で前に出て、激しいステップを繰り返してからぴたりと見得を切ると、頬にすうっと汗が伝って、ぽたりと床に落ちた。なかなか激しい動きだ。
「はい! いやぁ、皆さんよかったですぞぉ~! もうこのシーンに関しては言う事がありませんな!」
「ホントにみんな綺麗でした……! 私ちょっと憧れちゃいます……!」
ワイズマル伯爵は満足そうに頷き、見学していたプラムは目を輝かせる。
「お前は混ざろうなんて考えるんじゃねえぞ? 足引っ張るのがオチだからな」
「むー。そりゃあ私はイングリスちゃん達ほど可愛くありませんけど……!」
「いや別にそうは言ってねえだろ? そういうのは人それぞれだ」
などとよく見るやり取りが交わされる中、別方向から拍手が聞こえる。
「いやはや素晴らしい! 流石お美しですぞイングリス殿おぉぉぉっ!」
「あ、レダスさん――」
いつの間にか客席にレダスが陣取っており、感涙しながら激しく拍手をしていた。
それだけでなく、今日は他に何人も、近衛騎士団の騎士達がいた。
「すげえ綺麗だったなあ……!」
「ああ、あの時とはまた違って――思わず見とれたよ」
「他の娘達も可愛かったし、いいものを見られたなぁ……!」
騎士達にも、イングリス達の踊りはすこぶる好評のようだった。
しかしそれは、さして重要な事ではなかった。
拍手をしている騎士達の中に――
「うむ。これは見事な芸術よ――本番が楽しみだな。王都の民達も紛れ、日常を取り戻す事ができよう」
「……! 国王陛下――」
カーリアス国王まで、笑顔で拍手をしているのだった。
「あ、ホントだこ、こんな所に……!」
「ええっ!? 国王陛下に見られていたの――!?」
「ま、まあ……!」
ラフィニア達も吃驚している。
「ほうほう! おやおやこれは国王陛下! ご見学ありがとうございます! 本番も是非ともご覧になりに来てくださいませ! 吾輩共の傑作をお見せできると思いますぞぉ!」
「うむ。そうしよう。そなたに王立劇場の使用許可を出して、正解だったようだな」
カーリアス国王は、そう言って頷いたのだった。
「こ、この国の国王陛下が見に来られるなんて……た、大変だ――」
イアンは顔を青くして、一気に緊張が高まった様子である。
そしてユアは――
「だれ、あのおっちゃん?」
「…………」
きょとんとして、イングリスに尋ねて来るのだった。
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