第167話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優20
それから数日――イアンは早速自分のイングリスへの認識を改める事になっていた。
ドドドドドドッ! スガガガガガッ! バキイイィィィッ! ドガアアァァンッ!
客席の上に浮かぶ多数の機甲鳥の船体を飛び移りながら、イングリスとユアが格闘戦を繰り広げていた。
物語終盤の、戦場のシーンだ。
劇中の筋書きとしては、イングリス演じるマリアヴェールは今でこそ巷で人気の踊り子ではあるが、出自は騎士の名家の令嬢。
元々はマリク王子と幼馴染みで婚約者の間柄であったが、十四歳の頃に家が没落し婚約は解消。その後七年間各地を放浪し、異国の地でその土地の領主を任されることになったマリク王子と再会する事になる。
現在のシーンは、元々騎士としての訓練を積み、素質も十分だったマリアヴェールが、戦で不利に陥って命が危ないマリク王子を助けに向かう場面だった。
恋敵でもう一人の主役であるユア演じるユーティリスは、マリアヴェールとの婚約が解消されてしまった後にマリクに仕えるようになった女騎士だ。
救援に向かおうとするマリアヴェールと、それを止めようとするユーティリスが対立。
マリアヴェールが自分の腕を認めさせるために、ユーティリスと腕試しをするという流れだ。その後は、お互いの腕を認め合った二人が協力してマリク王子を救出。
最後に負けた方が身を引くという約束で、本当に筋書きの決まっていない真剣勝負が展開される最大の見せ場がやって来るというわけだ。
高速で動き回る二人の動きは目まぐるしく、華麗で、そして異様なまでに力強い。
それはもう、響き渡る重そうな打撃音からも明らかである。
「す、すごい――これがラティ君の言っていた意味……!」
呆気に取られてイアンは呟く。
二人の動きを追おうと、上下左右に首を動かすのが忙しい。
「だろ? あれのどこがお淑やかだ?」
イアンの隣にいたラティが、そう問いかける。
ラティはプラムと共に、劇中に登場する機甲鳥の操舵手として参加する事になった。
今は練習のため、機甲鳥の操縦はプラムに任せていた。
「はは……そ、そうですね――どちらかと言うと、綺麗な薔薇には棘がある……ですね」
「それなら頷けるわな」
「それにしても、あのお二人は、魔印も魔印武具も持っていない生身のように見えますけど……凄いですね――」
「だろ? あの二人、あのまま魔石獣も倒せるんだぜ」
「えぇっ!? 魔印武具無しでですか……!?」
「ああ。実際見たやつがいるからな」
「ど、どういう力なんですか、それは――?」
「分からん! でも、世の中は広いよなぁ。あんな奴らがいるなんて――」
「アルカードでは、魔印武具すら少なかったですしね……」
「ああ、そうだな――」
その状況を放置してきたことは、アルカード国王の怠慢とも言えるかもしれない。
しかし、寒冷地で作物の豊かでないアルカードにとって、潤沢な魔印武具や守り神たる天恵武姫が手に入るだけの物資や作物の献上は、非常に難しいという現実がある。
天上領は、地上の事情など考慮してくれない。
アルカードは土地柄が厳しいから、安く魔印武具や天恵武姫を下賜してやろう――などと言う話にはならない。
無理をして魔印武具や天恵武姫を手に入れても、肝心の国民が殆ど飢え死にをして、国が滅びては本末転倒だ。
「彼女達のような人が、アルカードにもいてくれれば――いえ、過ぎた事ですね。今は他の事は考えず、精一杯この舞台を勤め上げないと……ですね」
「ああ、そうだな……」
と、ワイズマル伯爵が甲高い声でイングリスとユアを称賛する。
「ほぅほぅ! ほほほぅ! 以前にも増してスンバラシィ~! 吾輩、お二人の動きを追おうとあちこち首を動かし過ぎて、首の後ろが攣ってしまいました! あいたたた……心地良い痛みですぞぉ! では次はマリク王子のシーンに移りましょう、イアン君、舞台上にお願いします」
「はいっ!」
進み出るイアンと入れ替わりに、イングリスとユアは舞台袖へ。
「ユア先輩、お疲れ様です。お水をどうぞ」
休憩用に置いてある水差しから、コップに水を汲んでユアに手渡す。
「ありがと。別に疲れてないけど――ね」
「おお……! やる気満々ですね?」
ユアにしては珍しい発言だった。
いつもすぐ、つかれた、めんどくさい、ねむいなどと言い出すのだが。
「なんか最近、体の調子いいから――ね」
「それはいい事ですね。前の事件の事がありましたから、後遺症が無いか心配していました」
前の事件で、ユアは虹の王の体内に吸い込まれてしまっている。
それが何か悪影響を及ば差なければいいと思っていたが――何も無いならば結構だ。
「うん平気」
「ところでユア先輩、前から聞きたかったのですが――」
「何?」
「本気で戦っている時のユア先輩は、恐ろしく巧みに流れを隠して、悟られないようにしていますよね? あれはどういった技術なのですか……? もしよろしければ、少しだけでも教えて頂ければと――」
あそこまで魔素の痕跡を隠し、悟られないように動くのは、凄まじい技術力だ。現状、とても真似は出来ない。
学べるものは何でも学んでおきたい。それが新たな自分の力となってくれるはずだ。
「別に――隠してない」
「え? ですが明かに……」
答えたくないのかも知れないが、ここは食い下がってみる。
「溶け込んでるだけ」
どうやら、答えたくないのではなく、イングリスの感覚とユアの感覚が違ったらしい。
「? 何にですか?」
「世界に」
「世界に……?」
「うん。世界に還れって、お父ちゃんが言ってた」
「……なるほど、つまり世界の――自然の力の流れに乗るという事ですか」
世界には、自然には、実は様々な力の流れが満ち満ちている。
行く道を照らす光。頬を撫でる風。大地を育む雨。文明を生む炎――
そういった自然のものの中にも、魔素の流れは存在している。
それを深く突き詰めると、すなわち霊素の流れとなるわけだが。
魔素や霊素認識する感性を持つ者にとっても、自然の中に流れるそれをはっきりと意識し、流れを掴む事は難しい。
何故なら、この世界に生きる者にとっては、世界の力の流れはまさに自然。
当たり前のものとして感じてしまうからだ。
自然の流れでは無い、個人が身に纏う力や、以前ノーヴァの街で見た浮遊魔法陣のような強制的に歪められた流れは分かり易いのだが――
ユアの場合、その場に流れる自然の魔素の流れに紛れつつ力を行使する術を身につけているのだ。
自然の当たり前の力の流れを、当たり前と感じて問題視出来ない感性が、ユアの動きへの対応を鈍らせるのだ。
イングリスも、あえて視界を断って魔素の流れだけに感覚を集中をしないと反応が難しかったほどだ。
「うん。たぶん――」
「素晴らしい技術ですね……! お父上はどのような方なのですか? 出来るならわたしも、ユア先輩と同じ修業をしてみたいのですが――!」
ユアと同じ領域の技術を身につける事が出来れば、霊素を操作する技量にも確実に好影響が出るはず。
血鉄鎖旅団の首領、黒仮面は、自らの霊素の波長を操作し、イングリスの霊素と反発する性質に変え、こちらの攻撃を全て弾いて防御するという奥の手を使って来た。
今まで通りでは、黒仮面のあの守りを突破する事は出来ない。
ユアのこの柔軟性を極めたような技術は、あれを破る鍵になってくれるかもしれない。
是非とも学んでみたい――!
「どんな人かって?」
「ええ。ぜひ、お会いしてみたいのですが……!」
「うーん……顔、忘れた」
ユアは衝撃的な一言を放った。
「えぇぇぇっ……!?」
親の顔を忘れたと言うのか。流石に吃驚して声を上げてしまった。
もしかしたら、あまり関係が良くないか、あるいはもう亡くなっているとか、いろいろ事情があるのかも知れないが――
それを隠すためにしろ、そんな理由を付けるだろうか? 衝撃的過ぎる。
いやしかし、ユアなら言いかねないかも知れない。
「あれ? おかしい?」
「え、ええ。と、とても……」
「そう? ならお父ちゃんじゃないのかな――?」
「いやいやいや、それをわたしに聞かれましても……と、とにかくお会いするのは難しいという事でしょうか……?」
「かな?」
聞かれても、困るのだが――
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