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第166話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優19

「おじさん。私、王子様の役はこの子がいい」

「ほうーうほう! では、イアン君にマリク王子役をお任せするとしましょうか!」


 ワイズマル伯爵は、ユアのお願いにあっさりと頷いた。


「ええぇっ!? そんな簡単に決めていいんですか……!? 僕なんて演技は素人ですし、先輩方もいるのに――」


 イアンは吃驚して声を上げる。


「主演女優の希望で御座いますからな。なあに大丈夫です。今回の舞台はイングリスちゃんとユアちゃん無くては成り立ちませんし、お二人も普段は騎士アカデミーの学生さんですから、舞台経験は少ない。元々通常とは異なる特殊な公演なのですよ。ですから、君が入っても今更問題にはなりません。イングリスちゃんも、それでよろしいですか?」

「ええ、構いません」


 元々相手役はユアが決めてくれればそれで良かった。問題はない。


「で、でも……!」

「イアン君。吾輩は君の役者としての素質にも注目しておりますぞ。君は経験を積めば、きっと花形になれます。ユアちゃんも、そう思われるからこそ君を指名した――そうですよね、ユアちゃん?」

「? よく分からないけど、顔がいいから」


 まあユアに役者の素質を云々しても、まともな返答は帰ってこないだろう。


「……つまり華があるという事ですぞぉ! 自信を持って挑戦しましょう、イアン君!」

「は、はぁ……」

「いいんじゃないか、やってみれば? 何でお前がこんな所で劇団に入ってるのかは知らねえけど――出来ることが増えるのはいい事だし、必要にされるのはもっといい事だ」


 と、見ていたラティがイアンの背中を押した。


「お……あ、いやラティ君――わ、分かりました。僕、やって見ます!」

「では、決まりで御座いますな! では早速稽古を行いましょう! まずは台本の読み合わせから!」


 ワイズマル伯爵が宣言をし、本格的な稽古が始まる事になった。


 そして、その日の稽古が終わった後――


「で、さ。そもそも何でお前がこんな所にいたんだ、イアン?」


 ラティはそうイアンに尋ねる。


「あ、イアンは俺とプラムの地元の友達でさ」


 と、ラティはイングリス達に説明する。


「じゃあ、北のアルカードの――?」


 ラティとプラムは、北の隣国アルカードからやって来た留学生だ。

 その地元の友達という事は、イアンもそちらの出身という事である。


「ああ。俺達と違って行儀のいい貴族なのに、何で劇団に――?」

「私を一緒にしないでください。私は行儀いいですからね?」


 と、プラムが横から口を挟む。


「うるせえなあ、今はそういう事言ってる場合じゃねえだろ。話の腰を折るなよな」

「だってちゃんと行儀見習いにも通いましたもん、誰のためだと思ってるんですか?」

「し、知るかよ……! 今俺はイアンと話してるんだよ!」

「ふふふっ。相変わらずラティ君とプラムちゃんは、仲がいいですね?」

「い、いいんだよその話は! で、どうなんだよ?」

「実は――僕の帰る所はもうないんです……」


 イアンは俯いて、少し震える声でそう言った。


「え……!? ど、どういう事だよ!?」

「何があったんですか、イアンくん……!?」


 ラティとプラムが顔色を変える。


「魔石獣です……! 巨大な魔石獣が、僕の家の屋敷も、領地も、家族や街の人も、全て滅ぼして――それだけでなく、王都にも大きな被害が出ました。幸い王家の方々は皆さんご無事でしたが……」

「な……!? た、確かに最近、魔石獣の数は増えてたけど……!」

「そ、そんなに強い魔石獣が現れるなんて――!」

「……クリス、ひょっとして――」

「うん。虹の王(プリズマー)かな……?」


 ラティ達の国、北の隣国アルカードは雪国で、住むのに厳しい土地柄の代わりに、虹の雨(プリズムフロウ)が比較的少ないという利点もある国だ。

 無論魔石獣の脅威が全く無いというわけではないが、比較的被害は少ないため、天恵武姫(ハイラル・メナス)もいないはず。

 それだけに天上領(ハイランド)への依存度は低く、天上領(ハイランド)側も痩せた寒冷地をさして魅力的と思わないのか、積極的な介入はしていないようだ。


 周辺一帯で一番豊かなのは、明らかにイングリス達のこの国、カーラリアだ。

 だから天上領(ハイランド)側の二大派閥共にこの国を重視し、影響力を及ぼそうとして来た背景がある。


「あれが伝説の虹の王(プリズマー)かどうか、僕には分かりません。ですが、虹色に輝いているようには見えました――」

「くっ……アルカードには天恵武姫(ハイラル・メナス)なんていねえ。あんなのが現れたら、ひとたまりもねえはずだ……!」

「でも……でも、イアンくんが無事でいてくれて良かったです――それだけは、本当に……」


 プラムは涙ぐみながら、イアンの手を強く握っていた。


「ああ。よく無事でいたな、イアン」

「ありがとう、ラティ君、プラムちゃん――その後、途方に暮れていた僕を拾ってくれたのが、ワイズマル伯爵でした。元々芸術は好きでしたし、劇団の皆さんの活動に触れていると、気も紛れます」

「ご、ごめんな俺……そんな事があったなんて何も知らずに、無責任に色々言って――」

「いえ、気にしないで下さい。ラティ君に会えて、背中を押して貰えて、前向きになれましたから」


 そんな彼等の様子を見て、ラフィニアは唇を強く噛んでいた。

 ラティ達には聞こえないくらいの小声で、呟く。


「……悔しいわ。何もしてあげられない――」

「……優しいね、ラニ。でもそれは仕方ないよ」


 もう起きてしまった事。

 それも自分の見ていない、遠い異国での出来事なのだ。

 今この瞬間にも、どこかで誰かが魔石獣に襲われて命を落としているだろう。

 それが、虹の雨(プリズムフロウ)が降るこの地上で生きるという事である。


 それを割り切らず、遠い異国の事にまで悔しさを滲ませるラフィニアの心は立派だ。

 気高く、慈悲深く、そして強い。

 本来必要のない痛みまで、自分の痛みとして受け入れようとするのだから。


 それを幼さゆえの純情と切り捨てるのは簡単だが、結局はそういった純粋さを手放さずに持ち続けた者こそが、多くの人の心を動かして、そして世の中を動かして行くもの。

 イングリスはその事を体験的に知っている。


 だから保護者目線では、このまま見守ればいいのだが――

 いずれ『世界中の人々が平和に暮らせるように、虹の雨(プリズムフロウ)を止める!』などと言い出しそうで怖い。


 イングリスとしては、大自然の力が勝手に強敵を生み出してくれる虹の雨(プリズムフロウ)は好都合なのだが――無くなるとそれはそれで困る。

 ラフィニアが望むならば無論手伝うが、自分に必要な分だけ残しておいてもらう事は可能だろうか? そういう融通が利くのかどうかは、全く分からないが。


「よしよし」


 と、ユアがトコトコとイアンに近づき、頭を撫で撫でした。


「え、ええと……? ユアさん? 何を――」

「なぐさめてる。効果ない?」

「ユア先輩、子供じゃねーんですから――」


 呆れ顔のラティである。


「じゃあ、予定より早いけどキスしてあげたら元気出る?」

「えええっ!? な、何を言っているんですかユアさん……!? そんなはしたない……!」


 と、イアンは顔を真っ赤にしている。随分初心な性格をしているようだ。

 慰めにはならないかも知れないが、少なくとも気は逸れただろう。


「でも、どうせする事になるよ? 最後にキスシーンあるから、劇に」

「えええっ!? あ……! ほ、本当だ――! ぼ、僕がこれを……!?」


 台本の最後のほうを捲って、イアンは声を上げる。

 練習の読み合わせは最後まではやらなかったので、まだ把握していなかったらしい。


「ね? だから今でも一緒」

「いけませんっ!」


 と、イングリスが鋭くユアを制止した。


「む……?」

「それはあくまで舞台の上での事――今はいけませんっ!」


 何故なら今ここでユアを満足させてしまったら、本番で戦いたくないと言い出したり、本気を出さない危険性があるからだ。

 それではせっかくここまでお膳立てを整えた意味がない。

 ここは絶対に止めておかなければ。


「とりあえず、あんまりふざけないでやってくれよ、こいつ、傷ついてるんだからさ」

「そうだぞ」


 と、ユアはぽんとイングリスの肩を叩く。


「ええっ!? わたしだけですか……?」

「うん。私は真面目に言ってたし」

「いや、わたしも真剣でしたが――」

「どっちでもいい! とにかくさ、頼むよ。大事な友達なんだ」

「ラティ君、そんなに怒らなくても大丈夫ですよ」


 イアンは少し可笑しそうに、微笑んでいた。


「イアン――?」

「僕ももう新しい生き方を見つけて、生きて行かなければいけません……でなければ、家族や僕達に近しい人たちも、報われませんから――皆さんは明るくて、楽しそうです。僕も一緒に過ごさせて頂ければ、見えてくるものがあると思います。どうか気にせず、これからよろしくお願いします」

「よろしく! 明るくするのは得意よ!」


 ラフィニアが前に進み出て、イアンに笑いかける。

 前向きになろうとするイアンを応援したい、とその表情が言っている。

 イアンの迷惑にならなければ、それを止める理由も無いだろう。


「あたしはクリスの後ろで踊ったりするだけの脇役だけど、クリスが何か無茶やって迷惑かけたらちゃんと叱るから、何でも言ってね?」

「は、はあ……わ、わかりました。ありがとうございます」


 それを見たユアが、ラフィニアを指差しながらイングリスに顔を向ける。


「――保護者?」

「ち、違います! わたしの方が、ラニを見守る立場です」

「そうなんだ? 見えないけど――?」

「それは気のせいです。わたしは将来のラニの従騎士として、ラニの生活態度から戦場での立ち振る舞いまで、全てを見守っています」


 と言っているうちに、イアンがラフィニアに返事をしている。


「ですがあのお綺麗でお淑やかそうなイングリスさんが、何か無茶をするなんて――そんな風には見えませんけれど?」

「「「「いや、それはない」」」」


 その場にいる全員が、一斉に口を揃えた。


「え、えぇ……!? そんなに――?」

「…………」


 確かに、やりたいように楽しんでいる面はあるけれども。

 だが、別にそれが無茶な事だったとは思っていないのだが――?


「お前さっきの直前まで別の所にいて、見てなかったんだな……まあすぐ分かるぜ。とにかくお前がいいなら、俺は応援してるぜ」

「はい。ありがとう、ラティ君」


 イアンはラティに、柔らかい微笑みを向けていた。

間が空いてしまってすみません!

4巻の書籍作業にてんやわんやでこちらに手が出せず。。でした。

諸々の世相の影響で、本業の方の環境も大分変わらざるを得ないとか、色々ありまして。。


そうしている間にコミカライズ1巻も発売され、重版もして頂ける事になりました。

お買い上げ頂いた頂いた皆様と、作者のくろむら基人様のおかげです! ありがとうございます!

コミカライズに関しては僕、殆ど何もしてませんからね。。!

まだコミカライズ版をご覧になっていない方は、素晴らしい出来なのでぜひどうぞ!


というわけで――


『面白かったor面白そう』

『応援してやろう』

『イングリスちゃん!』


などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。


皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!


ぜひよろしくお願いします!

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