第162話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優15
数日後。王立大劇場――
騎士アカデミーがワイズマル劇団に全面協力することになり、舞台で使う機甲鳥やその他の機材の手配や搬入が始まっていた。
劇場のあちこちで、慌ただしく人や物が動き回っている。
イングリス提案の配役変更に合わせた脚本の修正も、ワイズマル伯爵が物凄い速さで終わらせて――
今日は、衣装合わせをする事になっていた。
「おおおぉぉぉっ! さっすがクリスね! ホント何着させても似合うわね~♪」
舞台衣装に着替えたイングリスを見て、ラフィニアが目を輝かせた。
今回のイングリスの役は、巷で人気の踊り子マリアヴェール。
役名はヒロインだった時と変わらないが、立場は貴族令嬢から踊り子になった。
折角なので観客の前でイングリスが踊るシーンを入れたい、とのワイズマル伯爵の意図だ。
二年前、ワイズマル劇団がイングリス達の故郷ユミルにやって来た時の再現に近いが、もう一度見たい、との事である。
「ありがとう。ちょっとお腹がスースーするけど……ね」
今回の踊り子の衣装は、ちょっとおへそが出ている形だ。
こう言った服はあまり着慣れないので、少し違和感と気恥ずかしさがある。
ひらひらした布地と、煌めくような装飾は、可愛らしくて好みだが。
「いいのよ。減るもんじゃないし、おへそもキレイよ? ほら鏡、見て見て――」
「おぉ……これはこれで、すごくいいね――」
いつもよりも少し大人っぽく、艶めかしさも引き立つ。
元々絶世の美女であるイングリスがこんな格好をすれば――その魅力は我ながら素晴らしい。
お風呂上がりの自分の姿を鏡で眺める事もあるのだが、むしろ衣装を纏う事で際立つ色香というものもある。
「ほらほら回って。くるくる~って、はい笑顔~」
「うふふっ♪」
にこっ。
「うんうん。どんな服でも着こなす最高の着せ替え人形よね~」
「生きてるけどね?」
「うんうん。そこしか否定しない生意気なクリスにはお仕置きでーす♪」
つんつんっ。
露わになっているおへそを、指で突っつかれた。
「ひゃっ!? もう、ラニ……!」
お返しにこちらも突っついてやろうか、と思ってみるものの――
「ふふっ。いいわよやり返しても? あたしのはヘソ出しじゃないし」
ラフィニアもアカデミーの制服ではなく踊り子の舞台衣装なのだが、イングリスのものより少し装飾が大人しくて、布地も多めである。
「ずるい――」
「いいじゃない、今回は本当に完全な引き立て役やってあげるんだから」
何故ラフィニアまで踊り子の衣装かと言うと、マリアヴェールが踊る場面で、後ろに付いて踊るためである。
そのほうが見た目にも華やかで、マリアヴェールがより引き立つとのワイズマル伯爵の説明だった。
「そんな事ない、ラニもすごく可愛いよ? 本当なら観客席でゆっくり見たいんだけど」
可愛い孫娘が着飾って踊りを披露する晴れ舞台。
本当ならば、拍手をしながらゆっくり眺めていたい所ではあるが、自分も舞台に立たねばならないのでままならない。
「何言ってるのよ、クリスは主役でしょ。あたし達の前で踊ってるんだから」
「あんまり後ろに行き過ぎないでね。横に並ぶくらいでいいから」
そうすれば、踊りながらラフィニアの姿を横目に見られる。
「はいはい。それよりほら、髪型決めよ! 座って座って」
「うん。お願い」
「うーん。色々いっぱいあるわねー! 目移りしちゃうわよ」
ラフィニアはキラキラと目を輝かせる。
流石に本格的な劇団なので、装飾品の類はふんだんに用意されているのだ。
好きに使っていいとの許可も得ている。
イングリスを着飾らせるのが趣味のラフィニアにとっては、宝の山である。
「どうしようかなー。客席からよく見えるように、大きなリボンとかしてみる? ちょっと横くくり気味にして、動きが映えるようにとか――?」
「任せるね」
「うん任されたっ♪」
と、ラフィニアはせっせとイングリスの髪をいじり始める。
暫く経って――
「よーしよし、出来て来たわよ~! いい感じじゃない?」
「うん。いいね、可愛いね」
「イングリス、ラフィニア、準備はどう?」
「少し手間取りましたが、こちらは準備できましたわよ」
レオーネとリーゼロッテが姿を見せる。
二人とも、ラフィニアと同じイングリスの後ろで踊る役の踊り子の衣装だ。
「二人とも、似合ってるよ。可愛いね?」
「ありがとう。イングリス程じゃないけど……ね」
「本当に絵になりますわねえ、イングリスさんは。同じ女性なのに、見とれてしまいますわね」
「ふふっ。ありがとう」
「ねえ、手間取ったって何してたの?」
「レオーネですわ。ここがきつくて――」
と、リーゼロッテはちょんちょん、と胸元を指差す。
レオーネはイングリス以上に胸が大きいので、そういう事はままあるようだ。
「……だから緩めたり解いたりして、調整していたの」
それでも布地はぴっちりと張って、窮屈そうである。
「ふう――もう少しここも痩せられると、楽なんだけど」
「……贅沢な悩みよねー」
ラフィニアが恨めしそうにレオーネの胸元を見つめる。
「リンちゃん、羨ましいからもみくちゃにしてやりなさい!」
と、頭の上にいたリンちゃんをけしかける。
「……! こ、こらリンちゃん――!」
身構えるレオーネ。
しかしリンちゃんがレオーネの服に潜り込む前に――
すっと伸びた手が、すばしこいリンちゃんの体をむぎゅっと捕まえた。
「私が代わりにやってやる。うーん、でかい」
そしてレオーネの胸を無表情でむぎゅっとやっているのは、胸当てを身につけた騎士風衣装のユアだった。
台本の変更前はイングリス演じるマリアヴェールを巡って二人の主役が争う展開だったが、修正後はマリアヴェールとユアが演じる女騎士のユーティリスが、小国の王子マリクを巡って争う展開となる。
そして最終版、舞台上で結果の決まっていない真剣勝負を披露し、勝った方がキスシーンに臨むことになる予定だ。
「きゃあっ!? ユア先輩……!?」
吃驚して飛び退くレオーネ。
「いいもの持ってるね。分けて欲しい――」
「は、はあ……」
「ですよね。その気持ちは分かります――」
ラフィニアはユアに共感しているようだ。
「あたし達、同じ持たざる者ですから!」
「そうみたい――」
胸が控えめな者同士、ぎゅっと握手を交わしていた。
「おっぱリスちゃんと並ぶと、どうしても私が見劣りする感……」
「そ、その呼び方は止めて下さいっ!」
「……インっぱいちゃん?」
「それもやめて下さいっ! とにかく、見劣りするなんて事はありませんよ」
「うそつけ」
「そーだそーだ! クリスやレオーネには、持たざる者の気持ちは分からないのよ!」
「「……」」
まあ確かに気付けば立派に成長していたので、成長しなかった場合の気持ちは分からない。イングリスもレオーネも、黙るしかなかった。
「あ、ユア先輩。だったら見劣りしないように、ちょっと盛ってみます?」
「?」
ユアはきょとんとしている。よく意味が分かっていないようだ。
「つまり、胸に何か詰め物をしておっきく見せるんです。それで舞台に立つ分には、同じくらいに見えますよ、たぶん」
「ほほう……?」
ちょっと興味を惹かれた様子だ。
「やってみます?」
「うん。こんな感じ――?」
と、手に捕まえているリンちゃんを服の胸元に入れようと――
ピーッ! ピピィーーッ!
「リンちゃんが……!?」
「喋った……!?」
声を上げるのを初めて聞いたかもしれない。
それ程何か必死に、ユアの手から暴れて逃げ出した。
「む。逃げられた」
ユアは気にしていない様子だが、リンちゃんはラフィニアに抱き着いて、ぶるぶる震えていた。
余程ユアが怖いのだろうか?
基本的に男性には懐かず、女の子には寄って行くのに珍しい。
「リンちゃんどうしたの? クリス、リンちゃんを見ててくれる?」
「うん分かった、ラニ」
「さあ、それじゃあユア先輩はそこに座って下さい」
「ほい」
「ところでユア先輩は、元々何をされていたんですか?」
衣装合わせはイングリス達で、ユアはワイズマル伯爵と稽古するはずだったのだが。
「ん――おっぱリスちゃんを呼びに来た。今から選ぶから」
「何をです?」
「商品の、イケメン」
つまり、マリアヴェールとユーティリスが争う事になる、王子マリク役を選ぶという事だろうか。
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