第161話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優14
「も、もう反応して迎撃しただと……!? 僕にはできなかったのに――」
見事にユアを蹴り飛ばしたイングリスの姿に、シルヴァは目を見開いていた。
――それも、無理もないかも知れない。
今のユアの踏み込みは、どうやら魔術的な転移に近いものだった。
魔素を帯びた氷の粒が、風に揺られずに魔素だけが震えた。
物理的に突進したのならば、風で吹き散らされるはずだ。
現代の地上の人々は、魔素を感じ取る感性を失っている。
魔印武具により、その見失った力を間接的に利用する事は出来ているが、魔印武具が無ければ何もできない。
シルヴァが魔素の動きに気付かず、反応できないのも当然と言える。
しかし、それを差し引いてもユアの技術は見事だ。
イングリスにも、僅かな力の流れしか感じ取ることが出来なかったのだ。
素の状態では感じ取れなかったゆえに、氷の剣を砕いて感じ取りやすくしたのである。
普通、魔術によって転移などしたら膨大な魔素の動きがありそうなものだ。
が、ユアの場合はそれが極端に少ないのだ。自然現象の中に紛れてしまいそうな程に。
結果、恐ろしく回避し辛い踏み込みと化す――というわけだ。
「前日の件を見れば、イングリス君に僕が及ばないことは明らかだが――それにしても、こんなにも差があるんだな……自分が情けなくなって来る」
シルヴァは少々伏し目がちになる。
少し悪い事をしてしまっただろうか? イングリスとしては、そんな気はなかったが。
ばんっ!
ラフィニアが、シルヴァの背中をバシッと叩いた。
「痛っ!? な、何だい……!?」
「人は人! うちはうち! ですよ? 自分の守りたいものを守れる力があれば、それでいいじゃないですか?」
「…………!」
「もちろん、だからって自分を諦めていいわけじゃありませんよ? だから、下を向くんじゃなくて、しっかり見て少しでも学びましょ? まあ、時々何も見えない時もあるんですけど――」
「……ああ、そ、そうだな。君の言う通りだ――ありがとう」
シルヴァの眼差しが再び前を向く。
「君はしっかりしているな――芯があるというか」
「クリスといる事に慣れてるだけですよ。幼馴染だもの」
ラフィニアはそう言ってにっこりと笑う。
そのやり取りを横目に見て、イングリスは目を細めていた。
欲目ではなく、いい子だ。シルヴァの言う通りラフィニアにはしっかりした芯がある。
心優しく物怖じをせず、他者への気遣いも忘れない。
少々天真爛漫が過ぎて、お行儀が悪いところがあるのが玉に瑕だが――
総合的に見て、ラフィニアとずっと一緒にいた自分の教育方針は間違っていなかったという事だろう。秘かに、鼻が高かった。
それはそうと、校舎の骨組みに突っ込んだユアは――?
イングリスはそちらに注意を向ける。
「ユア先輩……! 大丈夫で――」
「うん平気」
その声は、真後ろから聞こえた。
「……!?」
ドオオォォンッ!
ユアの肩からの体当たりが、イングリスの背中を撃った。
もう氷の剣を砕いたかけらは全て舞い散ってしまっており、察知が遅れた。
再び吹っ飛ばされて、骨組みに突っ込みそうになるが――
「――二度もはっ!」
強く身を捻り姿勢を立て直し、骨組みを足場として蹴り、跳び上がる。
「そうだね。校長先生、怒るし」
そのイングリスのさらに真上に、蹴りを構えるユアの姿。
「……っ!?」
咄嗟に交差して構えた腕の上から、強烈な衝撃。
ドゴオォォッ!
イングリスの体は、垂直に地面に落ちる。
何とか踏ん張って着地はしたが、両足には凄まじい衝撃が走って痺れる。
それだけユアの蹴りが強烈だという事だ。
「連続で行く。そうすれば反撃できない――」
ユアの言う通り、こちらに氷の剣を砕く時間を与えなければ、舞い散った魔素による気配察知は出来ない。
それにもしもう一度あれを行ったとしても、効果時間は氷の粒が全て落ちるまでの僅かな間。ユアとしては、その間だけ距離を取っていればいい。
つまりあれは、一度きりの搦め手のようなものだ。
「……イングリス君に不利だぞ――!」
シルヴァがそう漏らしていたのも、頷ける話だ。
――が、間違いだ。
「……こうです!」
イングリスはその場でぎゅっと、強く目を閉じた。
そして直後に襲ってきたユアの拳――それに掌を合わせ、正面から受け止めた。
バチイィィィィンッ!
響き渡ったその音が、強烈な威力を物語る。
「目、閉じて受けた……!?」
ユアが驚く気配を感じる。
「な、何だと――!?」
シルヴァも同様のようだ。
「この方が、よく分かりますので――!」
ユアのこの動きが単なる物理的ではなく、魔素を伴うものである事は分かった。
であれば、魔素の動きの察知に注力をするべきだ。
それがこの、目を閉じるという事だ。
魔素は目で見るものではなく、感じるもの。
視覚による情報は、逆に余計な情報となる。
それを絶つ事で魔素への感度が増し、ユアの動きに対応可能となったのだ。
一度氷の剣を砕いて正体を見極めなければ、これには繋がらなかった。
あれはあれで、必要な手順ではあったわけだ。
「はああああっ!」
「ちょああぁぁ~~」
ドゴッ! ドゴゴゴゴォォッ! ゴオオオオォォォッ!
イングリスとユアの拳打や蹴撃が、唸りを上げて響き渡る。
互角の打ち合いから少し距離が開くと、ユアがふうとため息を吐く。
「これじゃ決着つかない、ね。ならもっと強く――」
その呟きと共に、ユアの気配が変わったような気がした。
目を開いて様子を窺うと、ユアの瞳の色が微かに、虹色の輝きを――
「おぉぉ……!」
まだきっと、ユアには上があるのだ。
素晴らしい――! もっともっと本当の本気を見せて欲しい。
バキバキバキバキイィィィィッ! メリメリメリィィィッ!
背後から盛大な崩壊音がした。
「「あ」」
とうとう耐え切れなくなった校舎の骨組みが、完全崩壊したのだ。
先程足場にして蹴り飛ばしたのが、致命傷になっていたのかも知れない。
「ああぁぁぁっ!? もおおぉぉぉっ! だから言ったじゃないですかあぁぁ! はいもう終わり! もう十分ですよね、ワイズマル伯爵!?」
とうとう、ミリエラ校長による制止が入ってしまった。
「え、ええ……! お二人とも素晴らしい腕前で御座いました! 正直吾輩、圧倒されてしまいましたぞ! いやあこれならば、観客の皆さまもきっと大満足でしょう! ではイングリスちゃんにユアちゃん、お二人に主役のほう、お願い致しますぞ!」
「うっし。これで好きなイケメンと――ぐふふ」
ユアがにやりとしている。
「もう少し戦いたかったですが――今日はこんな所ですね」
イングリスも頷いた。
少々残念だが、お膳立てを整える事が出来たので、悪くはない。
キスシーンを回避しつつ賄いの食事を頂き、ユアとも思い切り戦う。
本当の本気は舞台の上で――というのも悪くは無いだろう。
「その前に! 二人は壊れた骨組みを元通りにしなさいっ! それからじゃないと、お手伝いには出せませんっ! いいですね!?」
ミリエラ校長は眉を吊り上げ頬を膨らませ、ぷんぷん怒っていた。
――ちょっと怖いかも知れない。
「「はい――」」
流石に素直に頷かざるを得なかった。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『イングリスちゃん!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!