第160話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優13
「おおぉぉぉぉぉっ……! 何という力で御座いましょう……! 凄まじい――!」
ワイズマル伯爵は、ユアの力に目を丸くしていた。
「く、クリスがあんなに吹き飛ばされるなんて……!」
「す、凄いわね……! 前に見た時よりも凄いかも……!」
「ユア先輩はああいう人ですから、常に最低限の力しか出していなかったのかも――でも今は、きっとかなり本気なのですわ……!」
「えっへん」
皆の反応を見て、ユアは少々胸を張っていた。
「ああぁぁぁぁ――校舎が……! せっかく建て直してるのにぃぃぃ――っ!」
一方、ミリエラ校長は頭を抱えている。
「校長先生、それよりクリスの心配をして下さい……!」
「大丈夫だよ、ラニ!」
ドォンッ!
破壊された骨組みが、更に大きく揺れる。
イングリスが勢いよく飛び出してきたからだ。
「凄いです、ユア先輩――! まるで反応できませんでしたし、受けた腕がまだ痺れています……!」
わくわくと目を輝かせるイングリスに、ユアは小首を傾げる。
「――無傷……? メガネさんは一発で泡吹いたのに――」
「よ、余計な事を言うなっ!」
シルヴァが怒りの声を上げていた。
「こう見えても、頑丈さには自信がありますので」
「なるほど――じゃあもう一発行くよ」
と、再び動き出そうとするユアを見て、シルヴァが呟く。
「……イングリス君は、自分から仕掛けるべきだ。じゃないと危険だ……!」
「え? どういうことですか? シルヴァ先輩――」
近くにいたラフィニアが、説明を求める。
「実際に対峙してみると分かるんだが――ユア君の攻撃は、端から見ている以上にとても読み辛いんだ。まるで気配も痕跡も残さずに接近してきて、気づいた時には恐ろしく強烈な一撃を貰っている――防御が間に合えばまだ手の打ちようはあるだろうが、それすら難しいんだ。今の一撃、イングリス君はよく反応したよ。驚き……いや、流石だな――だがそう何度も受けられるかどうか……」
「だから、受けに回らされる前に攻撃した方がいいって事ですね?」
「ああ、そういう事だ」
シルヴァはラフィニアの言葉に頷く。
「イングリス君、受けに回るな! ユア君の攻撃は読み辛い! 攻撃は最大の防御だ!」
「はいシルヴァ先輩! ご忠告ありがとうございます!」
しかし返事だけはいいが、イングリスは自らは動かなかった。
一秒、二秒、三秒――空白の時が流れる。
「……?」
少し身構えていたユアが、きょとんと首を捻った。
「どうした……!? なぜ仕掛けないんだ――?」
「だってクリスだから――ああ聞いたら絶対受けようとしちゃうんです」
「そうよね……イングリスならそうだわ――」
「困った人ですわね」
ラフィニア達が苦笑している。
「――はい。そういう事です。おかげさまで戦い方が決まりました」
イングリスはそちらを見てにっこりと笑う。
戦いとは相手の強みを真っ向から受け止めて、その上で勝つものだ。
そうする事で、自分自身が最も成長できるのだ。
攻撃が最大の防御になるというならば、自分からは仕掛けない。絶対にだ。
あの攻撃を、受けに回って捌いて見せる――!
「おぉぉっ! 流石イングリス殿ですなぁ! その可憐なお姿からの、豪胆かつ豪快な立ち振る舞い! 見ているだけで痺れて参りますぞおぉぉぉっ!」
「…………」
思うのは勝手だが、口に出さないで頂きたい。調子が狂う。
「シルヴァ先輩、それよりレダスさんを――」
「分かった。済まないな邪魔をして……さあ兄さん、静かにしていようか」
「むぐっ……! ぐぐぐ……!」
シルヴァはため息をつきながら、レダスの口を塞いでくれた。
――これで集中できる。
「……いい? 行くよ?」
「はいっ! お願いします――!」
ユアが再び、攻撃姿勢を取る。
イングリスもすかさず迎え撃つ姿勢を取る。
今度は自身に付加している超重力の魔術を解き、代わりに氷の剣を実体化する。
いつもは片手剣の大きさだが、今回は身の丈程もある両手剣の大きさに。
これも、力の制御技術が向上しつつある証だ。
剣の大きさを変化させる事が出来るようになった。日々の訓練の賜物である。
本当なら超重力も維持したまま行いたかったが、まだそこまでには至らない。
「でかくても、当たらなきゃ意味ない――」
小さく呟いて、ユアが動き出す。
「ええ。これはそのためではありませんので――!」
イングリスは、生み出したばかりの氷の大剣を軽く上に放り上げる。
そして、しなやかな曲線を描く上段蹴りを振り抜いた。
パアアァァァンッ!
見た目の優美さとは裏腹に威力は尋常ではなく、氷の剣は粉々に砕け散る。
細かい氷の粒がキラキラと、粉雪のように盛大に舞い散った。
刀身を大きくしたのは、舞い散る氷の粒の量を増やすためだ。
そしてこの氷の粒自体は、ユアの攻撃を見切るための煙幕だ。
あの極端に反応し辛い動きが物理的なものなら、見るからに氷の粒が揺れるはず。
そして魔術の一種ならば、これは魔術的に生み出された魔素を帯びた氷だ。 やはり力の流れに影響が出るはずである。
つまり、物理的にも魔術的にも、ユアの動きを検知するための仕掛けだ。
恐らく、霊素殻などを使ってしまえば、全く影響を受けずにユアの攻撃を弾く事は可能。しかし、それをする事に意味を感じない。
目の前の戦いを少しでも多く自己の成長に繋げるためには、創意工夫が必要な状況に身を置く事が重要なのだ。
「――! そこですっ!」
左後方! 物理的には変化は無いが、魔素の微弱な揺れを感じる。
イングリスはまだ何も見えないその方向に、中段蹴りを振り抜く。
一瞬の後、その軌道の上に測ったかのようにユアの姿が。
――捉えた!
「げふ」
ドゴオオオォォォォォンッ!
今度はユアの体が大きく吹っ飛び、頭から校舎の骨組みに突っ込んだ。
「きゃああぁぁぁーーーーーまたっ!?」
再びミリエラ校長の悲鳴が響き渡った。
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