第159話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優12
イングリスとユアは、少し距離を取って向かい合う。
「二人とも、あまりやり過ぎないで下さいよ……! せっかく校舎を建て直しているんですから、また壊さないで下さいね!」
「はい、校長先生。うふふふ――」
イングリスはにっこりとたおやかな笑みを浮かべて、ミリエラ校長に応じる。
待ちに待った、ユアとの手合わせができる時が来た。
胸の高まりと笑みが抑え切れないのだ。
懸案だったキスシーンを避ける目途も付いた事だし、後はもう、よく食べてよく戦って
思い切り楽しませて貰うのだ――!
「さあユア先輩! ワイズマル伯爵にわたし達の腕前をご覧頂きましょう――安心して大役を任せて頂くために……!」
「うん。おっぱいちゃん」
「…………」
その呼び方だけは何とかして欲しいものだ。
せっかく盛り上がっていたのに、気が抜けそうになる。
そういえばユアは常に誰に対してもこんな様子だが、それで舞台の台詞や段取りを覚えられるのだろうか? 少々不安になって来た。
まあ、多少物覚えに問題があっても、それを遥かに上回る戦闘の迫力をユアなら出せるはずだが。
その実力は、折り紙付きだ。イングリスから見ても、まだ底が知れない部分がある。
先日の事件では虹の王の幼生体に取り込まれてしまっていたが、それはユアが力負けしたわけでは無く、相手にそういう特性があり、それに嵌ってしまっただけの事。相性が悪かった、という事だ。
イングリスにとって、彼女が虹の王の幼生体より楽な相手だとは限らない。
「いや、えーと……イン――イング……?」
「はい。イングリスですユア先輩。覚えてくれたのですか?」
「うん。やばい所を助けてもらった恩人の名前くらい、ちゃんと覚えないと……と思ってた」
「おぉ――ありがとうございます」
意外とそういう所を気にするようだ。イングリスはちょっと嬉しくなった。
「じゃあ、イン……イン――っぱいちゃん」
「……! いやちょっと待って下さい……! 混ざっています、ユア先輩!」
「ん……? んー。それなら、お、お……おっぱリスちゃん? うん、これかも」
「や、やめて下さい恥ずかしいです……! 元のままで構いません……!」
おっぱいちゃん呼ばわりも恥ずかしいのだが、そこから変に名前を混ぜられると余計に恥ずかしさが増す。思わず赤面してしまった。
「あははっ! いいわね、頑張れおっぱリスちゃん!」
「ラニ! それはやめて……!」
「わーいクリスが怒った♪」
「や、やめてあげなさいよ、ラフィニア――イングリスも好きでそうじゃないんだから」
「レオーネもそっち側の人間だもんね――あ、いや違ったおぱーネか」
「や、やめてってば……! 私は関係ないじゃない――!」
レオーネも顔を赤くして抗議している。
「と、とにかくユア先輩――名前の事はいいですから、始めましょう」
「うい。わかった」
ユアはそう返事をしただけで、それまでと変わらず突っ立っている。
戦いだからと言って、わざわざ構えたりしないのがユアらしい。
トコトコ歩くような軽そうな挙動で、目にも止まらぬ高速移動。
撫でるような打撃で、驚異的な剛力を発揮し対象を粉砕する。
見た目と起きる現象が、まるで釣り合わないのが彼女である。
こうして対峙していても、何の迫力も感じない。
エリスやリップル、システィアら天恵武姫には、独特の威圧感を感じたものだったが――明かにユアは異質だ。
イングリスの感覚では、一般人がただ立っているようにしか感じないのである。
興味深い――
未知なるもの。分からないもの。
そういう存在と拳を交える事で、自分にも新たな発想や技術が生まれるかもしれない。
「……こっちから、行っていい?」
と、ユアは小首を傾げるように聞いてくる。
「はい! お願いします……!」
イングリスは身構えて、ユアの踏み込みを待つことにする。
いつも行っている、自分への超重力は維持。
これは常に維持していればいる程、いい修行になる。理由が無ければ解く必要はない。
人の一生など、終わってみればあっという間だ。
一度天寿を全うしたイングリスは、それを知っている。
一分一秒も無駄にせず。己を高め続ける。
そうする事で、より遠くへより高みへ行く事が出来るのだ。
「んじゃ――」
その声が掠れるように小さく消えて――
「ほい」
その声は、大きくはっきり聞こえた。耳の真横だ。
一瞬で、ユアはイングリスの真横に滑り込んでいたのだ。
「……っ!?」
目にも止まらず、耳に聞こえるはずの足音も、肌に感じるはずの風の動きも、何も無かった。認識できなかった。
ただ何もなく、ユアはイングリスに密着して来ていた。
そっと撫でるような掌打が、イングリスの脇腹に――
「はあぁっ!」
触れる前に、腕を差し込んで防御の姿勢を取る。
ユアの掌が、その上から触れると――
ズゥゥンッ!
物凄い衝撃が、そこから伝わって来た!
「くぅっ……!」
衝撃に圧されたイングリスの体は、大きく吹き飛ばされる。
飛ばされながらも――イングリスは目を輝かせていた。
「おぉ――すごい……!」
まるで相手を反応させない踏み込みに、この力。
特にあの踏み込みが凄い。
あらゆる点で完全に気配を殺している。
ユアは何も考えていないように見えて、実は恐ろしい程高度な戦闘技術を身につけているのかも知れない。
これは期待通り。素晴らしい手応えである。
という事を考えている間に、吹き飛ばされたイングリスの体は、再建中の校舎の骨組みに突っ込んでいた。
ドオオォォォンッ! メリメリメリィィィッ!
「きゃああぁぁぁーーーーー校舎があぁぁぁぁぁぁっ!?」
ミリエラ校長の悲鳴が響き渡った。
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