第158話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優11
「ほーうほぅ! 無論、ヒロイン役のイングリスちゃんのご意見は伺いますよ! より良い芸術作品を作り上げるためで御座いますから!」
「はい! わたしはヒロイン役を降ります!」
「ええぇっ!? ちょ、ちょっとどう言うつもりよクリス!? あたし達のごはんが……!」
ラフィニアが吃驚して問いかけてくる。
無論、それだけではラフィニアがそう心配するのも当然だろう。
「分かってるよ、ラニ。ワイズマル伯爵、代わりにシルヴァ先輩に任せようとしていた相手役を、わたしにやらせて下さい!」
「ほほっ!? そ、それではヒロイン役はどうなるので御座いますか――?」
「それは誰か他の男性の方にお願いします!」
「男性……!?」
「はい。つまり、ヒロイン役のマリアヴェールは男性となります。反対に、彼女を巡って争うはずだった主役が女性となります!」
「つまり、配役の性別を逆転させる……という事で御座いますか?」
「はい。それならば、筋書きは変わりません! ワイズマル伯爵は仰っていましたね、今回の見所は二人の争いの派手な立ち回りだと――で、あればそこに注力するべきです。失礼ですが、戦闘行為や機甲鳥の操縦ならば、劇団の役者がやられるよりも、わたしのほうが迫力が出ます! 必ずや観客の皆様を満足させるものを披露して見せましょう!」
「フームそれは道理だ。イングリス殿の戦うお姿は、本当に美しく、凛々しくていらっしゃる――観衆への見応えは抜群でしょう」
と、イングリスの言葉にレダスが頷く。
「確かに、あなたの戦う姿は素晴らしいものがある――思えば、吾輩があなたを見出したのも、戦うあなたを目撃したからでしたな」
「これからは女性も強くあらねばならない時代――いつまでも男性に求められ愛でられるだけの華であるのは時代遅れです! 望む物は自ら掴み取る強さと意志を示すべき! それを観客の皆様へ伝えられればと思います!」
「ほーうほぅ……! ほぅほぅ!」
「わたしとそのライバル役と、どちらが勝つかはあえて決めません! 勝った方が最終的なキスシーンに臨みます……! あえて筋書きを無くす事により、真剣勝負の迫力を演出できるかと思います!」
「おぉ――これまでにない発想です……! 新しい、新しいですぞッ! 吾輩、興奮して参りました!」
「いやそれ、舞台じゃなくて単なる見世物試合になっただけじゃ……?」
「イングリスが舞台上で真剣勝負なんてしたら、劇場が壊れそうだけど……」
「それどころか、流れ弾で死人が出かねませんわよ――」
「シッ! みんな静かに! これは新しい舞台演出だから! 芸術だから!」
「さよう! 面白い試みではないですか! 挑戦無き所に進歩無しで御座いますな! ではイングリスちゃんと争うライバル役は、ラフィニアちゃんがやって下さる事になるのですかな?」
「あ、あたし……? あたしはやるなら普通に可愛いヒロイン役がいいんだけど……」
「いけません! ラニはいけません!」
そんな事になったら、イングリスかラフィニアのどちらかが舞台の最期にキスシーンを披露する事になってしまう。どちらも絶対に避けねばならない事だ。
キスシーンを避けつつ、舞台に出て賄いを好きなだけ食べるのが目的なのに、それをしてしまっては本末転倒である。
もう一つの狙いも、今回の提案には含んでいるが――
「では、どなたが?」
「はい。そしてわたしと争うライバル役は、ユア先輩にお願いしたいと思います!」
イングリスはビシッとユアのほうを指差した。
「……ほえ?」
きょとんとしているユアに、イングリスはすかさず近づいて耳打ちする。
「ユア先輩、これは好みの男性とキスができるチャンスですよ……! 誰をその役にするかは、わたし達の意見を聞いてくれそうですから――」
「おお――よりどりみどり? とっかえひっかえ? 私がイケメンを選んでいい?」
「はい! ただし、舞台演出上、わたしと本気で戦って頂く必要がありますが――キスしたければ、わたしを倒してください」
「……乗った。やる。久しぶりに面白くなってきた。ふふふ――」
にやり、とユアは僅かな笑顔を見せる。
いつも無表情なユアの表情が動くあたり、相当乗り気になってくれているようだ。
「やった……! ありがとうございます!」
イングリスとしては、好きなだけユアと手合わせをする絶好の機会を得られる。
気が済むまで舞台上で戦って、頃合いを見て勝ちとキスシーンを譲ればいい。
これがキスシーンを避けつつ、舞台に出て賄いを好きなだけ食べ、更に前々からの願いだった本気のユアとの手合わせをも実現させる一石三鳥である。
我ながら素晴らしい妙案だろう。
「というわけでワイズマル伯爵――配役と人選の変更をお願いします!」
「ええ、ええ! そう致しましょう! これはますます楽しみになって参りました!」
そう盛り上がる様子を見て、ラフィニアがぼそりと感想を漏らしていた。
「ホントクリスはズルいわねー……結局自分のやりたいように持って行くんだから」
「あはは――まあ大人しくて可愛いヒロインよりも、舞台で暴れてるヒロインのほうがイングリスらしいけど……」
「物凄く頭もお回りになるのですよね――回転の方向性がおかしいですが」
「それは頭の良さとは関係ないからね。クリスがクリスなだけだから」
「ラフィニアが言うと、説得力が凄いわね――」
「ともあれこれは、わたくし達もよくお手伝いした方がいいですわね――」
「うん。機甲鳥の操縦の指導とかよね?」
「いいえ、レオーネの言う通り劇場が破壊される恐れもありますから、魔印武具の力で壁を作ったりして、安全を確保する役割ですわ」
「そ、それは確かに必要かも――」
と、ラフィニア達が囁き合う中――ワイズマル伯爵が鶴の一声を放つ。
「では、そちらのユアちゃんのお手前を拝見させて頂きたく! イングリスちゃんの推薦ですから間違いはないでしょうが、念のため!」
「それはいいですね! その目で確かめておきたいというのも当然ですし!」
「ん……分かりました」
ユアも嫌がらない。
さっそく、前々からの望みが果たされる時が来た――!
こうこなくては……! こちらも楽しくなってきた。
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