第156話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優9
翌日の朝――イングリスとラフィニアは、ワイズマル伯爵をミリエラ校長の元に案内していた。
校舎は破壊されたため校長室も当然無く、校舎再建の工事現場で指揮を執っている所に直接案内をした。
「えっ!? ワイズマル劇団の公演に、騎士アカデミーの機甲鳥を借りたい?」
「はぁい! つい先日、王都では大規模な戦があったと聞きます。それによって落ち込んでおられる王都の住民の皆様の気分を盛り上げて差し上げるためにも、是非!」
と、ワイズマル伯爵はいつもの甲高い声と奇妙な身振りでお願いするのだが、ミリエラ校長はどう答えるのだろう?
話の分かる人だとは思うが、決して不真面目ではない人である。
もしかしたら、そういう事には協力できないと断ったりするのだろうか?
「わあぁぁぁ~! いいですねえ! 私演劇とか大好きなんですよぉ! ワイズマル劇団の公演も何度も見た事ありますよぉ! ファンなんです!」
――むしろ大歓迎のようだった。
「ほっほぅ! それはどうもありがとうございます! そう言って頂けますと、吾輩どもの活動も報われるというもの!」
「で、で、協力したらチケットとか融通して頂けるとか、あったりしますかねえ?」
「無論でございますとも! 騎士アカデミーの皆様でご使用頂ける特等席を手配いたします! お気の済むまで何度でもご観覧頂ければと!」
「きゃ~! やった特等席っ♪ じゃあ全面協力しちゃいますよお!」
「校長先生! ちょっと待って下さい――!」
と、声を上げたのは生徒で唯一の特級印を持つ、三回生のシルヴァだった。
ミリエラ校長とワイズマル伯爵の話は、近くで作業指示をしていたシルヴァにも聞こえていたようだ。
「えっ? どうしましたかシルヴァさん?」
「どうしましたか、ではありませんっ! 物に釣られないで下さい! そもそも現在のアカデミーは破壊された校舎の再建中で、そんな場合ではないでしょう!」
流石生真面目なシルヴァは、ミリエラ校長に異を唱えていた。
「いえ、そんな場合だからですよお! どうせ校舎が無くて授業に支障をきたしているんですから、今のうちに楽しめることは楽しんだ方がいいです! こんな状況になって、気落ちしている人もいるかも知れませんから――きっと元気出ますよっ! ね?」
「はい! あたし達、ワイズマル伯爵のおかげで元気出ましたっ!」
ラフィニアが元気よく手を挙げた。
「ね、クリス?」
「そうだね――」
「二人の場合は、ご飯を食べさせて貰えるからでしょ……」
「昨日とは別人のように元気になりましたものね――」
と、レオーネとリーゼロッテに苦笑をされた。
「し、しかし騎士アカデミーは公の機関です。つまり、国王陛下の許可を頂くか、国と人々のためになる事が自明である場合でないと――」
「ほーうほうほう!」
ワイズマル伯爵が変な身振りで、シルヴァににじり寄った。
「心配ご無用! 吾輩らワイズマル劇団は、世のため人のために活動しておりますので! 虹の雨の降るこの地上は、常に魔石獣の脅威に晒されるが運命――恐怖を前に荒みがちな心を、吾輩らの公演を見て頂き気晴らしをして差し上げる……それが吾輩らの役目で御座います!」
「そ、それはご立派な志ですが――」
「吾輩らの活動を良く知って頂ければ、ご理解頂けましょう! どうです? あなた、舞台に立って見ませんか? 見れば特級印をお持ちで、見た目も爽やかだ。今作は舞台上での激しい立ち回りが見所ですから、適任で御座いますぞ!」
「い、いえ僕は……!」
「わぁすごい! シルヴァさんを役者さんにしてくれるんですか!? いいですねえ!」
「こ、校長先生! 僕はそういう浮ついた事は……!」
「浮ついた事なんかじゃありませんよお。芸術に触れることは、人間性を豊かにしてくれるんですっ! きっとシルヴァさんにもいい影響ありますよっ!」
「……ちょっとは怒りっぽくなくなる――いいこと」
と、ボソッと呟いたのは、いくつもの丸太をまとめて運んでいたユアだった。
ちょうど通りかかって、聞いていたらしい。
校舎再建のための資材運びなのだが、華奢な体にまるで見合わない、異様に大量な資材を肩に抱えている。
相変わらずの力強さで、先日の事件で虹の王に取り込まれてしまった事の後遺症は特に見当たらない。
やはり手合わせするのに申し分のない相手だ。ぜひ戦ってもらえるように、胸を大きくする方法を早く考えないと。
それを教えて効果があったら、ユアは手合わせしてくれると約束をしてくれているのだ。
「それは僕がどうこうではなく、君の態度に問題があるんだっ!」
「……はて?」
と、ユアが無表情に小首を傾げた瞬間、抱えていた長大な丸太が振れてシルヴァの脛を打った。
「あ。さーせん」
「痛っ……! そういう所だ、そういう!」
「まあまあまあ、シルヴァさん。お客様の前ですし穏便に……! それはそうと、せっかくこう言って下さってるんですから、挑戦してみたらいいと思うんですけど――」
「さよう! なあに大丈夫です! そこにいるイングリスちゃんも舞台に立って下さいますので!」
「ええっ!?」
「わ! イングリスさんもですかあ――確かにイングリスさんは舞台映えしそうですもんねえ……お目が高いですねえ、ワイズマルさん」
「ほっほう! 実は以前にも吾輩達の公演の舞台に立って頂いたことがありまして! もう一度、舞台に立って頂きたいと思っていたのですよ!」
「へぇぇぇ~! イングリスさんも、頑張ってくださいね!」
「い、いえわたしはまだ……」
まだ本当に出るかどうかは、決めていない。
非常に大きな問題がある。あり過ぎる。
「最後にキスシーンもあるのよ! ね、クリス?」
「ちょ……! ちょっとラニ、それはまだ――」
「「「「えええええっ!?」」」」
ラフィニアの暴露に、皆から驚きの声が上がる。
「い、イングリスがキスシーンを……? よく受けたわね――」
「そうですわね……よく人前でそんな――」
「いくら演劇の役とはいえ、大胆よね……ちょっと想像しちゃうわね」
「ええ、こちらがなんだか緊張してきますわ……わたくしにはちょっと出来ません――」
「が、頑張ってね……イングリス――」
「後学のためにも、しっかり見させて頂きますわね」
と、レオーネとリーゼロッテは少し頬を赤くしている。
妙な興奮と期待感が、その表情に現れていた。
やはり二人とも健全な少女なので、そういう事には無関心ではいられないようだ。
「いや、まだ決まったわけじゃ……」
「そのお相手候補があなた、というわけです!」
ワイズマル伯爵が、シルヴァの肩を叩く。
「「「おおおお~~!」」」
そう皆から歓声が上がる。
「な……!? そ、そんな事、余計に出来ませんよ……! 馬鹿な話だ……! お断りさせて頂きます!」
「え~……シルヴァ先輩だったら、クリスも顔知ってるしやり易いと思ったんだけどなあ」
「「そういう問題じゃないっ!」」
イングリスとシルヴァの声が重なった。
「じゃあ、やっぱり初めてはラファ兄様がいい? でもほら兄様遠征中だし、これは本気のやつじゃなくてあくまで演技だし? でもラファ兄様が後で聞いたら、これはうかうかしていられんって、クリスに積極的になってくれたりするかもだし? そしたら本当の姉妹になれる日が近づくわよね~♪ ってどうしたのよクリス、うずくまっちゃって?」
「うぅぅぅ……」
先ほどからラフィニアやレオーネ達が述べる一言一句が、想像したら寒気がする。
やはりよく考えたら、大勢の見ている前で男性とキスするなど、恐ろしい。恐ろし過ぎる。
相手が誰だからどうではなく、その行為自体が生理的に無理というやつだ。
「そこを何とか!」
と、ワイズマル伯爵はシルヴァを説得していた。
「残念ですが、ご協力できません! きっぱりとお断りします!」
「う~ん、シルヴァさんがそこまで言うなら――じゃあ他に誰か、イングリスさんとキスシーンをしたい人っ!」
と、ミリエラ校長が調子に乗って、周囲の生徒を煽った。
「「「はいはいはいはいはいっ!」」」
大量に挙がる、手。
同時に男子生徒達の視線がイングリスに集中する。
「わぁ! クリス、モテモテね~♪」
「ひいぃぃぃぃっ!?」
そういう血走った目でこちらを見るのは、本当に止めて欲しい。
背筋に走る悪寒を抑え切れない。
「わぁ――さすがイングリスちゃん……あっ! ラティは挙げちゃダメですよ! 挙げてないですよね?」
騎士科の同級生プラムと、イングリスと同じ従騎士科の同級生ラティもその場にいた。
二人は北の国の出身の留学生で、幼馴染であり普段から仲がいい。
プラムはラティを窘めるように見ていた。
「挙げてねえよ。俺はそーいうの興味ねえから」
「はい。他に言う事はありませんか?」
と、プラムはラティのほうに耳を向ける。
「はぁ?」
「俺はお前一筋だから、挙げねえ――! とかそういう台詞ですっ」
「言うかっ!」
と――
「シルヴァが辞退するというなら――私も挙手させてもらおうっ!」
そう大声と共に現れたのはシルヴァの兄――近衛騎士団長のレダスだった。
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