第155話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優8
ワイズマル劇団は王都の大劇場の使用許可をカーリアス国王から得て、今はそこに間借りをして、公演の準備に入っているらしい。
先日の血鉄鎖旅団の王城襲撃の直後に王都入りしたとの事で、あの事件による被害はなかったそうだ。
イングリスとラフィニアは、劇団員達の夕食に同席させて貰える事になり――
「ふみゃ……おいひぃぃ――! ふぉんとにゅよりゃっらぁ……ふぁいふぁまりゅはしゃしゃくふぉまりゃあれて――(ああ、おいしい――! ホントに良かったぁ……ワイズマル伯爵にまた会えて――)」
「そりゃりゃにゃ、りゃに……ひきゃきゃえっりゃみらいりゃね(そうだね、ラニ……生き返ったみたいだね)」
二人は感動に打ち震えながら、大皿に山盛りされた鶏肉の揚げ物に手を伸ばして行く。
ぱくっ! ぱくっ! ぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくっ!
怒涛の勢いで、大皿が空になって行く。
「「おかわりくださいっ!」」
完全に空になった大皿を掲げて、笑顔で追加要求。
「あ、相変わらず……」
「とんでもねえ食いっぷりだなぁ――」
「いや、二年前よりスピード上がってる気がするぞ……?」
劇団員達の中には、二年前のユミル公演の際の、イングリスとラフィニアを覚えている者も多い。
だが驚きを隠せず、自分たちの食事の手を止め、唖然としてイングリス達の様子を眺めている。
「さぁさぁ、どんどん料理を持って来るのです!」
「わぁい! ありがとうございます、伯爵っ♪」
「本当に助かります!」
「いいえ構いませんぞぉ~! よく寝、よく食べ、よく笑う! それがお二人の美の秘訣でも御座いましょうからねぇ~! 二人ともこの二年で増々お美しくなられました! その美で、吾輩のステージを彩って頂ければ、この程度はお安いものです!」
なんていい人なのだろう。
前からそうだったが、ワイズマル伯爵は太っ腹で、イングリス達がどれだけ食べてもニコニコしているのだ。
奇抜な格好に挙動不審な動きと甲高い声という奇人だが、イングリスとラフィニアにとっては天使のような人物である。
「そう言えば今回、あたし達は何をすれば……? また歌と踊りですか?」
料理の追加を持つ間に、ラフィニアがワイズマル伯爵に尋ねる。
「いえ、今回の公演は演劇をメインで行いますぞぉ! それも新作で! せっかくこの広い大劇場をお借りできるのですから、この空間を広く使った、動きのある活劇に致したく!」
「へぇ……面白そう!」
「舞台上で立ち回りを見せる――という事ですか?」
「左様! それだけでなくこれだけの空間ですから、機甲鳥を飛ばしたりして、ど派手に演出したいものです! きっと老若男女が楽しめるステージとなるでありましょう!」
「いいわね……! 派手なのって好きだわ、あたし!」
「戦闘行為ならお任せください」
「ええ、ええ! お二人の腕前は吾輩もよーく存じておりますゆえ、まずは団員達への戦闘シーンの演技指導や、機甲鳥の操縦指導をお願いしたく!」
「なるほど――あたし達の得意分野ね」
「うん、それならやれそうだね」
「それからお二人は現在、騎士アカデミーに所属されているとの事。出来れば機甲鳥の貸し出しをお願いできないものか、お口添えを頂きたく! 吾輩達もいくつかは持っておりますが、数が足りませんので――」
「分かりました。校長先生にお話ししてみます」
「ダメだって言われても、あたし達の星のお姫様号は貸せますから! 私物だし!」
「えぇ……!? あれを使うの――? 街の子には不評だったような……」
「好評な子だっていたじゃない! なんで悪い意見だけ取り上げるのよ、いい意見だけ聞いてればいいじゃない」
「ほーうほぅ! あの実にファンシーな機甲鳥ですな、それは素晴らしい! 吾輩も一目見て気に入りましたぞぉ! ぜひお願い致します!」
ワイズマル伯爵には、好評なようだった。
「う、うーん……」
この人は素っ頓狂な感じで常に何でも受け入れているように見えるが、それでいいのだろうか?
いや、その何でも受け入れる懐の広さが、芸術というものには必要なのかもしれない。
イングリスには、よく分からない分野ではあるが――
「じゃあ、今回はあたし達は裏方のお仕事ね! ちょっと舞台にも立ってみたかったけど――」
「わたしは、裏方だけでいいよ」
「何を言われます! 当然、舞台にも立って頂きますぞぉ! こんなにもお美しくなられたイングリスちゃんとラフィニアちゃんを、使わない手は御座いません!」
「えへへ、お美しいだって。やる気出ちゃうわね~!」
「……ですが、私達が劇団の方々の出番を取ってしまうのでは?」
「ほっほう! なぁに問題は御座いません! 行く先々で、その土地に役柄に相応しい方がおられれば、舞台に上がって頂く――そのほうがより、当地の方々に親しみを持って公演を見て頂けるので御座います! それが我がワイズマル劇団の方針! お客様の満足が一番で御座います! まあ、吾輩の眼鏡に適う方はそう多くは御座いませんが! つまり、お気になさらず!」
「なるほど――」
「ささ、これが今回の演目の台本ですぞ! ヒロイン役のマリアヴェールをご担当頂きたく!」
「ヒロイン役……!? うわ、大役ねそれは――」
「そうだね……」
と、イングリスとラフィニアはワイズマル伯爵から手渡された台本に目を落とす。
ざっと見るに、マリアヴェールという娘を巡って、二人の男性が争う筋書きのようだ。
その争いが、激しい立ち回りを伴って演じられるらしい。
機甲鳥での戦いもそこに組み込まれていた。
かなり派手な舞台になりそうだ。
そして、最終的には片方の男性が勝利する事になり、マリアヴェールと結ばれるのだが――
「おぉぉっ!? こ、これ最後キスシーンがあるわね……!」
「えぇぇぇっ!? そ、それは――! うわホントだ……! あの、伯爵――これはどうにかなりませんか?」
「なりませぬ! 芸術的表現として必要でありますがゆえ! 妥協は許されません!」
「うぅ……!?」
「多分見栄え的にクリスがマリアヴェールやった方がいいと思うんだけど……嫌ならあたしがやってもいいわよ? 伯爵、別にいいですか?」
「無論、吾輩は構いませんぞぉ! ラフィニアちゃんにはラフィニアちゃんの魅力がございますゆえ!」
「えぇっ!? だ、ダメだよそんな――! ラニにはまだ早いし、侯爵様にもラニの事頼まれてるし……!」
「じゃあ、クリスがやるのね?」
「うっ……!?」
それも嫌だ。
これは不味い事になった。ラフィニアにさせるのは絶対嫌だし、自分がするのも怖気がする。
しかしキスシーンは無くならないとの事だし、ならば公演に出るのを止めるかというと――
「まあ、どうしても出来ないと仰られるのであれば、残念ですがお食事の面倒は見られませんが――?」
「うぅぅぅぅぅ……!?」
それも嫌だ――!
もうあんなひもじい思いはしたくない……!
「ちょ、ちょっと考えさせてください……!」
「ええ、ええ構いませんぞぉ! 二、三日後までに決めて頂ければ!」
「あ、ありがとうございます……!」
考える時間は貰えたが――これは本当に困った事になった。
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