第154話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優7
謁見の間を出ると、ラフィニアは早速大きなため息を吐く。
「あ~あ、結局無駄足だったじゃない……クリスはまだ上手くやったからいいけど――めんどくさい事は拒否して、戦いだけさせてくれって事よね、あれ? クリスにとってすっごく都合がいいように丸め込んだわね~」
「でもお互い様だよ? 向こうも余計な問題を抱えずに、わたしの力だけ使ってくれていいんだし――わたしはラニの従騎士だから、騎士団長なんてやる暇無いし」
「あたしをダシにしないの……! 自分がめんどくさかっただけでしょ……!」
ほっぺたをぎゅーっと引っ張られる。
「いひゃいひゃい……! はっひゃらにゃいれ――!」
「……ねえ、本当に良かったの? 近衛騎士団長なんて、とんでもない出世よ? 聖騎士のラファ兄様に匹敵するわ。セレーナ叔母様もリューク団長も、きっと凄く喜んでくれると思う。うちのお父様もお母様も、ユミルの人達もね。本当にあんなにあっさり断って良かったの? あたしを気にしてるなら――」
ぶにっ!
今度は珍しく、イングリスがラフィニアの頬を抓んだ。
「いいんだよ。わたしは今のままがいいから。でも、話を聞いたら父上や母上は残念がるかも知れないね。だから内緒にしておいてね?」
言ってラフィニアの頬から手を放し、そっと抱き締める。
「……うん。分かった。あーあ、ホントにあたしは来た意味なかったわねー」
ぎゅ~!
ぐぎゅ~!
そして、同時に二人のお腹が鳴った。
「……帰ろっか」
「そうだね――」
二人で、星のお姫様号を置いてある中庭に向かって歩いていると――
「ほーほほほぅ! そ、そこにおわすはイングリスちゃんにラフィニアちゃんでは御座いませんかぁぁぁ~! お久しぶりで御座いますねえ!」
奇抜な格好をした中年の細身の男性が、素っ頓狂な声を上げていた。
「……!」
「あ、あなたは――!」
昔故郷のユミルで、お世話になった事のある人物だった。
「はぁいどうも! あなたのワイズマル伯爵ですぞおぉぉ~!」
と、機嫌良さげにステップをしながら、イングリス達ににじり寄って来る。
その様相は正直不気味なのだが、かつて一度慣れていたので、そこまで驚きはない。
「いやはや二年ぶりですか。あなた方の故郷ユミルでの公演は、未だに鮮烈な思い出として吾輩の胸の中に輝いておりますぞぉ~!」
そう言って嬉しそうな笑顔を浮かべる。
このワイズマル伯爵は、劇団を率いて各地を巡り、演劇や歌や踊りなどの舞台を披露している人物だった。
元々は貴族の家柄だが祖父の代で領地を失い、旅の劇団を率いるようになって三代目だと言っていた。
だから伯爵と言うのは通称、綽名のようなものだ。
ワイズマル劇団としては、もう何十年もこのような活動を行っているという事だ。
全国的にも名前は通っており、芸術伯ワイズマルと言えば有名人である。
この王城にいるという事は、今度は王都で公演を行うのだろうか。
以前ワイズマル劇団がイングリス達の故郷ユミルにやって来た時、イングリスとラフィニアはその公演の舞台に立って、歌と踊りを披露した事がある。
イングリスとラフィニアが、まだ十三歳だった頃の話だ。
ワイズマル劇団がユミルに向かう道中、魔石獣に襲われているのを助けたのがきっかけで、彼直々にスカウトを受けたのである。
イングリスはその舞台に立ったおかげか、着飾った自分が大勢からの視線を受ける事にある程度慣れるようになった。
それを見たラフィニアには、女として一皮剥けたと評された。全く嬉しくは無かった。
「このニ年でお二人ともますますお美しくなられましたねぇ、はい! おや、どうなさいました? 涙ぐみにおなりになられて――」
「う……うわあぁぁぁぁんっ! ワイズマル伯爵っ!」
「助けて下さい――!」
イングリス達の、ワイズマル伯爵への反応には理由がある。
以前ユミルで彼と会った時、ユミルは不作で食糧不足だったのだ。
イングリスもラフィニアも、民に規範を示すという事で食事量を制限され、今と同じような空腹状態が続いていた。
そこに現れたワイズマル劇団は潤沢な食料を抱えて行動しており、公演に出てくれるならと、イングリスとラフィニアに好きなだけ賄いを食べさせてくれたのである。
正直、それ目当てで公演に出たと言っても過言ではない。
だから二人の中では、こう思っている。
ワイズマル伯爵、イコールお腹いっぱい――と。
ぐぎゅぎゅ~!
ぎゅぎゅ~!
「おやおやまあまあ。吾輩の前に現れるお二人は、いつもお腹を空かせておられますねえ? 劇団の賄いの食事で良ければ、お食べにいらっしゃいますか?」
「「はい……! お願いします!」」
「ほーうほう……! それではどうぞどうぞ、ただし――ワイズマル劇団の王都カイラル公演をお手伝い頂く、という事になりますが――?」
「「何でもします! ご飯が食べたいです!」」
「ほっほぅ! いやあ有り難い! 今回の公演に、お二人はぴったりで御座いますからねぇ! ここで出会えたのも何かの縁! 天の助けで御座いましょう!」
「はい! 絶対そうですよ!」
「こちらも天の助けだと思います――!」
ともかく、ようやくお腹いっぱいご飯が食べられそうである。
王城のごちそうは逃したが、結果的に来て良かった。
ワイズマル伯爵との再会を、神に感謝をしたい。
イングリスの感覚では、今のこの世界に神の気配は感じないが――
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