第153話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優6
イングリスは、周囲に向けてきっぱりと告げる。
「ルールとは、守るためにあるのです! 故にわたしは、騎士団長は拝命いたしません……! わたし一人のために、連綿と受け継がれてきた騎士の伝統が歪められる事を望みません――!」
「し、しかしイングリスよ! 古き因習は見直し、より良きものを見つけ出して行く事こそが、未来を紡ぐ事であろう……!?」
「国王陛下の仰る通りです! 硬直した伝統などよりも、真にこの国と人々のためになる選択をせねばなりませぬ! あなたにはその価値があるッ!」
予想通り、カーリアス国王もレダスも食い下がって来る。
その口ぶりから、本気で国のためを思ってイングリスを騎士団長に据えたいらしい。
常識にとらわれず、良いものを良いと評価する柔軟な姿勢である。
その点は素晴らしいが、だからこそ面倒でもある。
世のため人のために自分を巻き込まないで欲しい。
「ですがそれが必ずしもより良きものでしょうか? 真にこの国と人々のためになるでしょうか? 現にこちらの方は反対なされているではありませんか?」
「それは小さき事だぞ、イングリスよ。大事の前の小事だ」
「さよう。自らの地位を脅かされるのを懸念した、保身に過ぎませぬ!」
「自らの立場をご心配なさるのは、人として当然の事です。わたしはそれが悪いとは思いません――そしてわたしが騎士団長を拝命すれば、同じ事をお感じになる方は、他にも必ずおられます」
「それはそうだろうが……!」
「しかし……!」
「同時に、無印者のわたしが騎士団長になる事により、それまで従騎士であった方々もこれからは自分達も、正式な騎士になれると希望を持たれるかと思います。しかし、実際にそうなる事は無いでしょう?」
「彼等にそなたのような力が備わっていなければ、無論そうだろう」
「本来、魔印武具を扱えず力が劣るために、そのようになっておりますからな――」
「ええ、ですがわたしという無印者が近衛騎士団長にまでなっているのに何も変わらなければ、彼等も不満に思うでしょう。つまり、既存の立場のある方々を疑心暗鬼に陥れ、従騎士の方々をぬか喜びさせることに繋がります。それは魔印を持つ者と持たぬ者の間の分断に繋がります。一つの例外が、あらぬ対立を生む事をわたしは懸念します。そこで考えて見て下さい。国はわたし一人で守れるものではありません。多くの人々が志を同じくし、手を取り合ってこそ為されるものです。これまでこの国には、如何に天上人の手を借りたとはいえ、それを為し得て来た伝統と実績があります。それに楔を打ち込んでまで、わたしを騎士団長とする価値があるのでしょうか? 得るものもあるかもしれませんが、失うものもまた、大きいと思われます。わたしはわたしのせいでこの国が乱れるのを、見たくはありません……!」
「む、むぅ――人の心の些細な動きが、分断を生みかねんと……」
「総合的に見れば、国にとって良くないと仰るのですか――」
「はい。ですから――残念ながら騎士団長を拝命することはできません。本当に残念です……」
そう言うイングリスの頬に、すうっと一筋の涙が伝う。
半分は演技だが、半分は本気だった。残念というのも嘘はない。
無論、騎士団長の立場であるとか、出世が惜しいゆえのものではないが。
――つまり、本来ならこの後に待っていたはずのごちそうへの未練である。
カーリアス国王肝入りの人事を蹴っておいて、では話はそれぐらいにして祝宴へ――などという流れになるはずがない。
ごちそうを前にして本当に悲しいし、涙を禁じ得ないが、このまま退去するしかないだろう。
「クリス……」
近くでラフィニアも、涙ぐんでいた。
流れから、察したのだ。ごちそうは、諦めざるを得ないのだと。
「イングリスよ――」
「済みませぬ。お辛い思いをさせたようで……」
だがしかし、カーリアス国王やレダスには、別の意味として伝わっているようだった。
15歳にして既に絶世の美女であるイングリスが流す涙は、彼等の心に響いた様子である。
このまま諦めてくれそうな気配ではある。
しかしこれはいったい何なのだろう。
ごちそうにはありつけず、興味のない出世を丁重に断る労力だけがかかった。
こんな事ならあのまま騎士アカデミーの土木作業を手伝って、支給のお弁当を貰えば良かった。
もうお弁当さえ逃してしまったではないか。
いや、これからだ――転んでもタダでは起きない。
せめてこれだけは……!
そう思いつつ、イングリスはカーリアス国王の前に再び跪いた。
「国王陛下。騎士団長はお受けできませんが、わたしの力は捧げさせて頂きます」
「ふむぅ……つまり?」
「先日のような危機の際は必ず駆け付けますので、いつでもお声掛けを――わたしの力だけを、必要な時に存分にお使い下さい。それならばわたしが騎士団長になる時のような、余計な軋轢は生みません。ある意味最も有効に、わたしを使って頂けると思います」
「しかし、それではそなたが――」
「構いません。わたしに地位や名誉は要りません。わたしは自らの心が満たされれば、それ以上は望みません」
無論心が満たされるとは、強敵と思う存分戦い合って実戦経験を積み、成長を実感する事だ。
が、今のイングリスの言葉をどう捉えるかは、人それぞれである。
「何とも見上げた少女よ――そなたの心意気、感服させてもらったぞ」
カーリアス国王は、この国と人々のためという大義だと解釈したようだ。
繰り返すが、イングリスの言葉をどう捉えるかは人それぞれだ。
イングリス自身は、嘘は言っていない。
「そうですか……残念です、私はあなたにお仕えしたかったのですが……その夜空の月のように麗しいお姿と、至高の花のような香りのお側にいるだけで、もう毎日が天国のように……」
「…………」
「い、いえ……! と、ともかく! 騎士団長にはなって頂けぬようですが、また共に戦えるという事ですな!?」
「ええ。その時はよろしくお願いします。わたしの力が必要な時は、必ずお呼び下さい」
イングリスとしては、面倒な責任は負わされず、強敵が現れた時にだけ呼んで貰えれば、願ってもないことだ。
これは、そういう事である。
大義のため、実戦経験のため、という認識の違いはあるが――
お互いがお互いのためになるのだから、それでいいだろう。
これで、転んでもタダでは起きない事はできただろう。
「それでは、失礼致します――」
イングリスは深々とお辞儀をし、謁見の間を退去した。
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