第152話 15歳のイングリス・ふたりの主演女優5
「ク、クリスを近衛騎士団の騎士団長に……そ、そんな馬鹿な事――」
あまりにも予想外の宣言に、ラフィニアは目を白黒とさせている。
その言葉が耳に入ったか、カーリアス国王はにやりとする。
「そう思われるのも無理はないかも知れぬな――確かに異例の抜擢ではあろう。しかし我は我の目を信じておる。イングリスは聖騎士や天恵武姫に匹敵する器だ。それを引き立てぬ理由がどこにある? 王たる者、人を正しく評価しそれに見合った処遇を与える必要があろう」
正直言って、騎士団長を務めようと思えばできるだろう。
前世ではこの国よりも遥かに大きな大国を率いていた身。一騎士団の統率は容易だ。
そういう意味で、カーリアス国王の認識は正しい。
正しくイングリスの能力を評価している。
だが、同時に間違ってもいる。
能力の評価は正しいが、人間性の評価が間違っている。
そこは、ラフィニアの認識が正しい。確かに馬鹿なことだ。
「で、でも一番の問題はクリスがクリスだからなんですけど……い、いや――それよりレダスさんは騎士団長じゃなくなるのに、それでいいんですか……!?」
と、ラフィニアはある種救いを求めるように、レダスの方を見る。
イングリスが近衛騎士団長にもしなったとしたら、現在の騎士団長であるレダスはその立場を失う。
きっと心中穏やかではないはず――
「一向に構わんッ! むしろ是非ともお願い致したく! 私は副団長に降格し、新たなる騎士団長に誠心誠意お仕えする所存でありますッ!」
しかしレダスは一点の曇りもなく、きっぱりと断言するのだった。
「えええぇぇっ!? ど、どうしてそこまで……!?」
「イングリス君――いや、イングリス団長が天上人のイーベルと対峙し、城の遥か彼方まで蹴り飛ばしたあの瞬間……恐ろしいほどの快感を感じたのだよ。皆もそうだろう!?」
と、部下の騎士たちに呼び掛ける。
「「はい! その通りです!」」
「「信じられないくらい、スカッとしました!」」
イーベルの態度はカーリアス国王にすら一かけらの経緯も無く、土足で尊厳を踏みにじるようなものだった。
それを間近で見させられていたレダスや騎士達の鬱屈した気持ちを、イングリスの一撃が文字通り一蹴したようだった。
「我々は従来、天上領に対し、頭を下げることしかできん。どんなに無法を働かれようとも、耐え忍ぶのが道だ。天上領から下賜される魔印武具が無ければ、魔石獣から身を守る事すら出来んのだから……聖騎士や天恵武姫も、結局は天上領由来のもの。やはり天上領に従属せねばならぬ事に変わりはない――だが、イングリス団長は魔印も無く魔印武具も使わず、最高級の天上人を退けた。それまでの常識や閉塞感ごと、破壊して見せたのだ! あの時の美しく、そして力強いお姿が、鮮烈に目に焼き付いて、私の頭の中から離れんのだ……! イングリス団長……! どうか私達をお導き下さいッ!」
「「お願いいたします!」」
「「イングリス団長っ!」」
レダス以下近衛騎士団の面々は、何かすっかり盛り上がってしまっているようだ。
キラキラと希望に満ち溢れた眼差しが、一斉にイングリスへと注がれる。
「そういうわけだ、イングリスよ。何も不安はない。近衛騎士団はそなたにすっかり魅せられたのだ。そなたこそ天恵武姫をも越える、真にこの国を護る女神であるとな……この者達をよろしく頼むぞ」
カーリアス国王は、ぽんとイングリスの肩に手を置く。
それにイングリスが返答を返す前に――
「し、しかし国王陛下……! わ、私は納得できませぬ――!」
盛り上がった雰囲気を切り裂くかのように、騎士の鎧ではなく文官姿の小太りの男性だった。
「か、彼女は無印者ではないですか……! それを近衛騎士団長などという最上級の要職に就けては、他への示しがつきませぬ! 前例がありませぬ……! これまでの我が国の騎士の伝統が、破壊されてしまいます!」
「愚か者……! このイングリスを前にして、そのような細事に囚われておる場合か――! 彼女が余りに秀で過ぎているため、魔印など必要とせぬだけだ! 彼女は世界の常識に囚われぬ新たなる存在……未知なる存在を認めず、変化する事を嫌い続けておれば、この地上で生き残る事などできぬぞ……!」
「国王陛下の仰られる通りだ……! 我等近衛騎士団の者共が認めておるのだ、何の問題も無い!」
「……その通りです!」
と、事態を黙って見守っていたイングリスは、ここではじめて声を上げた。
「わたしはこの方の見解に賛成いたします……!」
そう言って、文官の男性の側に立った。
「「「え……!?」」」
その場にいたラフィニア以外の全員が、素っ頓狂な声を上げる。
イングリスはその場に居並ぶ全員に、魔印の無い右手を見せつける。
「ご覧の通り、わたしは無印者――無印者には見習いの従騎士以上は許されないのがこの国のルール……! それを皆に規範を示すべき国王陛下や、近衛騎士団長のレダスさんが自ら破ってどうなさいます……!?」
「う……!?」
「し、しかしイングリスよ……!」
レダスやカーリアス国王は食い下がって来そうな気配だが――
ここは絶対に引けない。どうやら戦うべき時が来たようだ。
今回のこの人事案について一言言えば、絶対に嫌だ。面倒臭い。
騎士団長になど就任すれば、前世と同じ道を歩む事になるだろう。
つまり、国と人々に己の人生を捧げるという事。
イングリスには、それはもういい。前世でやり尽くした道だ。
そういう事は誰か他の、やる気のある者に任せればいいのだ。
自分は常に最前線に立ち、戦いの中で己の武を磨き続けるのみだ。
ここは絶対に断る――だが、カーリアス国王の気分を害するような断り方は良くない。
騎士アカデミーの学生という立場や環境は割と気に入っているし、下手に自分だけ国にいられないような状況になってしまえば、ラフィニアと離れ離れになってしまう。
ここは、断固として穏便に断って見せる――!
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