第147話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令55
数日後――
大急ぎで修復が進む騎士アカデミーだが、その作業の合間に、イングリス達は門前に出て見送るをする事になっていた。
誰を見送るかと言うと、リップルとセオドア特使である。
二人は再び、隣国ヴェネフィクとの国境付近の戦線に戻るのだ。
ミリエラ校長が使いに出したラティとプラムから状況を知らされたセオドア特使は、大急ぎで引き返して来てくれたのである。
だが、到着したのはあの戦いが終わった日の深夜だった。
しかし決して無駄足というわけではなく、特使の名において、リップルの身に異変は起きず、正常であると宣言。
今後もリップルが天恵武姫としてこの国に残る事が出来るよう、カーリアス国王と折衝して認めさせてくれたのである。
カーリアス国王としても、天上領の教主連合が王国からの献上と関係改善の願いを受け付けなかったため、そうする他は無かったと思われる。
騎士アカデミーの行動もセオドア特使のおかげで不問とされ、事後の処理を実スムーズに行ってくれたと感じる。
おかげで、イングリス達は訓練がてらのアカデミーの校舎再建に専念できているのだった。
寮は無事だったので寝る所はあるが、食堂が潰れてしまったのは第一級の非常事態である。早く再開してもらわないと、お腹いっぱい食べられない。
なのでイングリスとラフィニアは、実に積極的に工事の手伝いを行っていた。
「みんなありがとね。ホントにお世話になっちゃって。おかげでボク、また聖騎士団に戻れるよ。本当にありがとう」
リップルは見送りに来た面々に向けて、深々と頭を下げた。
「しかし、もう復帰されるとは早過ぎませんか? もう少し傷を癒されてからでも――」
と、シルヴァは少々複雑そうな顔をする。
天恵武姫のリップルの体は特別で、ラフィニアの治癒の奇蹟の力も通用しなかった。
つまり、自然回復に任せるしかない。
確かに、人並み外れた回復力ではあるのだろうが――
「大丈夫大丈夫! この通り――!」
と、胸をドンと叩いて見せるが――
「うっ――!? あいたたた……やっぱまだちょっと痛いや」
「ご、ご無理をなさらないで下さい! もう少しこちらに滞在して療養された方が――」
「いやいや。何日かかかるから、向こうに着いた頃には治ってるよ。それに、セオドア様が前線に戻るのに護衛がいるでしょ?」
「……結局何もお力になる事が出来ずに、申し訳ありませんでした。自分の未熟さを痛感しています」
伏し目がちのシルヴァに、ラフィニアは慰めの言葉をかける。
「いやー……あれはクリスが不意打ちして無理やり出番を奪ったから――シルヴァ先輩は悪くないような……」
「いやいや、本来なら武器化した天恵武姫を握った聖騎士は天下無敵のはず……それが昏倒させられるなど、僕が未熟だった事に他ならない。リップル様に問題などあろうはずがないのだから――」
「いやいやいや、味方に肘打ちするうちのクリスが悪いんです。本当にごめんなさい、代わりに謝ります。強敵を前にすると止まらないんです」
「いやいやいやいや――」
と、何だか不毛そうなやり取りを眺めていると、リップルにちょいちょい、と袖を引かれた。
「イングリスちゃんイングリスちゃん――」
「はい、何か?」
「……気づいた? 武器化した時の事――」
こっそりと、イングリスだけに聞こえるような耳打ちである。
「ええ……穏やかではないですね。ですが納得は行きます。何故、あれほど強力な力が地上に遣わされるのか――」
「……うん。そうだね。じゃあ気づいて止めてくれたんだね、ありがとうね」
「いえ、一石二鳥でした」
シルヴァから虹の王を横取りして、自分が戦いたかったのも偽らざる事実である。
「ははは……イングリスちゃんらしいなあ」
「ですが、分からない事もあります。血鉄鎖旅団の天恵武姫――システィアさんが武器化するところも見たのですが、彼女はリップルさんのような感じではありませんでした。何の副作用も無い感じでしたが……」
「ええぇぇぇっ!?」
リップルはとても驚いたらしく、大声を上げてしまっていた。
「どうしたのよ、クリス?」
「何かありましたか? リップル様」
ラフィニア達がこちらを向く。
「あ、いや何でもない何でもない――それよりシルヴァくんは、体の方は大丈夫なの?」
「ええ。大きな問題はありません」
「そっか。よかったよかった。健康第一、だからね? 健康な体があってこそ、もっと強くなれるし、なりたい自分になれるようになるんだよ」
「はい! もっと訓練を重ねて、必ず正式な聖騎士になって見せます!」
「うん。決して無理はしないようにね?」
シルヴァの肩をポンと叩くと、リップルは再びイングリスに耳打ちする。
「さっきの話――みんなには黙っておいてね? 聖騎士が正式にそうなる時に、知らされることになってるから――」
「……はい、分かりました」
と、ミリエラ校長と話をしていたセオドア特使の方も話が終わり、リップルを促した。
「では参りましょう、リップル殿。ウェイン達の前線も気になります」
「はーい! じゃあね、みんな! また王都に戻ったら、顔見に来るからっ!」
リップルとセオドア特使は、特使専用の大型機甲鳥へと搭乗する。
「皆さん、今回は本当にありがとうございました。皆さんのような騎士候補がいて下されば、この国の未来はきっと明るいと思います」
セオドア特使は騎士アカデミーの面々に対し、深々と頭を下げる。
「後は私達に任せて、修練に励んでいてください。いずれ、皆さんがこの国の未来を担う時が来るまで……それでは――」
その慈愛に満ちた笑顔が、どうしてもラフィニア個人に向けられているように見えたので――イングリスはすっとラフィニアの前に立って、その姿を隠した。
「ちょっとクリス。見えないんだけど――?」
「子供は見ちゃいけません」
「何を言ってるのよ、そんな卑猥なものみたいに……」
「そうじゃないとは言い切れない!」
小競り合いをしているイングリスとラフィニアを見て、リップルは可笑しそうに笑っていた。
「ふふふっ。じゃあね、みんな! またね~!」
明るく手を振るリップルの笑顔が、機甲鳥に乗って空に遠ざかって行った。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『天恵武姫護衛指令』編はこれにて終了です。お疲れさまでした!
思っていたより長くなり過ぎた感がありますので、次編はもうちょっと短くまとめたいです。
たぶん『ふたりの主演女優』編とかになるかと思います。
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『イングリスちゃん!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!