第146話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令54
「あはははは……シルヴァ先輩、可哀そうだわ――」
「で、ですわねえ……」
レオーネとリーゼロッテも唖然としている。
「いや、それでいい! よくやっ――」
「……たとも言えませんよお……っ! 私の結界を壊さないで下さあぁぁぁいっ!」
「いけない、撃たれるよ……! ミリエラ、もう一度結界を!」
「ダメです! ま、間に合いませんっ!」
虹の王がこのまま周囲に光線を撒き散らせば、周囲の市街地にも大きな被害が出るだろう。もう、発射の寸前だ。
「では、わたしが責任を取ります!」
言いながら、霊素殻の青白い光に包まれたイングリスは、既に虹の王の懐に入り込んでいた。
「はあああぁぁぁっ!」
ドゴオオオォォォンッ!
手加減無しの全力の蹴りを叩き込むと、異常なまでに大きな打撃音がその場に轟いた。
虹の王の小山のような巨体が、ラフィニアの機甲鳥がいる高さも超えて、打ち上がって行く。
だが、見えない場所まで飛んで行ったイーベルに比べれば、飛距離は全く出ていない。
しかも、吹き飛ばされながらも空中で姿勢を整え、こちらを見ている。
さしたるダメージを受けていない証だ。
流石は未完成とは言え、最強の魔石獣たる虹の王である。
それでこそ、期待していた甲斐があるというものだ。
「おおおぉぉっ!? 虹の王を蹴り飛ばしただと――!?」
「な、何て力……! こ、これだけでも信じられませんよぉっ!?」
「でも――向こうも止まってない! 撃って来るよ!」
リップルの指摘の通りだ。
虹の王の体表の無数の光点は消えず、攻撃は止まりそうになかった。
「おもしろい……! さあ撃って来なさい!」
イングリスは虹の王を手招きする。
それが通じたのかは分からないが、虹の王の全身から七色の光線が放たれた。
「う、撃った……!」
「ま、街が――!?」
「た、大変な事に――っ!?」
声を上げる皆は上を見上げていて――
イングリスの姿が掻き消えている事に気が付いていなかった。
異変に気が付いたのは、虹の王が撃った光線が、急にガクンと射角を変えた時だった。
地上に着弾して大きな被害をもたらすはずが、真上に撃ち上がって行ったのだ。
「おおっ!? 光の角度が変わっただと……!?」
それも一つではなく、二つ三つとどんどん増える。
「な、何かが動いて……!?」
「イングリスちゃんだ! イングリスちゃんがあいつの光線、殴ってる!」
リップルの言う通りだ。
イングリスは虹の王の光線に全速力で先回りし、殴り飛ばして強引に軌道を変えていたのである。叩き落すでなく、叩き上げているのだ。
最初に虹の王を蹴り上げたのも、そのためだ。
空中に浮いている以上、全身から全方位に攻撃を放てば、その半分は空に逸れて意味を成さなくなる。
残り半分、かつ角度的に郊外まで飛んで行くようなものを無視すれば、全部打ち上げて無効化するのは決して出来ない相談ではない。
――あくまでイングリスの感覚では、だが。
「全て空に、消えなさい!」
ドガガガッ! ドガガガガガッ!
虹の王の光線は悉く軌道を変えて、美しい七色の打ち上げ花火となって王都の上空に消えていく。
「いいわよクリスーーっ! その調子!」
「は、速い……動きが見えないわ――!」
「あははは――凄過ぎて笑えて来ますわね……あー空が綺麗ですわ」
しかしこれも、見ている程は楽勝と言うわけでもない。
光線の一発一発はかなり重く、確かな手応えをイングリスに伝えて来る。
一つ一つに全力の打撃を加えなければ、弾き返すのは難しいだろう。
いくつもの攻撃を弾き返した今、手や足に痺れが残っている。
だが、この痺れ、手応え。それがいい。
確かな相手の強さの証。それでこそ戦い甲斐があるというもの。
「……素晴らしいですね! これならば――」
研究中の新技を試す相手に、相応しい!
光線を放ち終えた虹の王は、重力に従って下に降りてくる。
その軌道は、見ていれば容易に判別できる。
いかに虹の王と言えど、重力は避けられない。
空中を狙う攻撃は、容易に避けられる事はないだろう。
――絶好の好機!
イングリスは霊素殻を解き、身に纏う霊素を集めて一点に凝縮して行く。
――霊素弾の前準備だ。
青白い霊素の光がどんどんと膨らみ、巨大な光弾と化して行く。
「行けっ!」
スゴゴゴオオオォォォォォーーーーッ!
霊素の光弾が空中を疾走し、虹の王を捉える。
虹の王は両腕を交差した防御の構えを取り、霊素弾を受け止め止めようとする。
下級の魔石獣のように一瞬で消滅する事も無く、黒仮面のような異次元の技巧で逸らしてしまう事も無い。イングリスの力を真っ向、受け止める形だ。
――それを待っていた!
「ふふふふ……!」
イングリスの瞳がギラリと輝く。
即座に飛び出せるよう、腰を落として構えるが、肝心の霊素がまだ収束しない。
霊素穿のような小技はともかく、霊素弾のような全力の大技は、連射する事は難しい。
次の霊素の戦技を繰り出せるようになるまで、若干の間が必要となるのだ。今全力でその間を縮めようと、力を集中している。
そんな中、見ている周囲から声が飛ぶ。
「お、おお……効いてるぜ、あれ――!」
「は、はい……! 虹色の表皮の部分も傷ついていますよお!」
「で、でも不思議――! すっごいはずなのに、ボクにも強さがよく分からない……!」
「いけええぇぇぇっ! そのまま吹き飛ばしちゃえ!」
「いけるわ! あれなら!」
「ええ、きっとそうですわ!」
しかしイングリス当人は、こう声を上げた。
「ダメーーっ! 頑張って! 粘って! 堪えて!」
「「「はあ!?」」」
皆意味が分からず、思わずイングリスを見る。
その体が、霊素殻の青白い光に覆われた。
今この瞬間、次の霊素の戦技が使えるようになったのだ。
「よし……! これなら――!」
すかさず地を蹴る。
虹の王とのせめぎ合いを続ける霊素弾の光弾の後を追い、イングリス自身も同じ軌道で虹の王へと突進する。
そして光弾と重なるように、自分も全身全霊の拳打を繰り出す!
「行けえええぇぇぇぇぇっ!」
その拳は虹の王の腕を破壊し体を貫通し、大穴を開けた。
――その直後。
スゴゴゴオオオオオォォォォォォォォォンッ!
巨大な霊素の爆発が、超新星のように王都の街を眩く照らした。
今のが研究していた新しい技。霊素壊とでも言った所か。
霊素弾の光弾に霊素殻を発動して追いつき、着弾点に同時打撃を加える事で、相乗効果により破壊力を爆発的に引き上げる戦技だ。
恐らく、通常の霊素弾の数倍の威力にはなっているはず。
前世のイングリス王の経験を通じても、過去最大威力の技である。
ただ技の構成上、初めの霊素弾を相手がある程度受け止めて堪えてくれないと、後発の霊素殻の打撃が間に合わないという難点がある。
霊素弾の発射後に、少し間をおかないと霊素殻が発動できないからだ。
もっと霊素のの扱いに熟達すれば、それも改善していくだろうが。
ともあれこの技の開発を以てして、もはや十分に、イングリス・ユークスはイングリス王の強さを越えただろう。
瞼を焼くような強烈な光が収まると、皆唖然として何もない空を見つめていた。
「え、ええと……な、何もありませんねえ――」
「う、うん……虹の王が跡形も無くなっちゃったね――ま、まだ完全じゃなかったとはいえ……」
「す、すごいわよクリス! 今のが言ってた新技ね……ホントに過去最大威力だわ!」
「凄過ぎますわ。リップル様すらあれほど苦戦していましたのに……」
「で、でも――でもあの……」
と、レオーネだけは深い憂いを隠さなかった。
「? どうしました? レオーネ?」
「ゆ、ユア先輩はどうなっちゃったのかな――って……」
「「「「ああああぁぁぁぁぁっ!?」」」」
「え? え!? ユア先輩がどうかしたの!? 確かにいないけど――」
皆が声を上げる中――
「ふう――今日はいい汗かいたなあ……」
爽やかな笑みを浮かべるイングリスが、戻って来る。
――両手に、気を失ったユアを抱えて。
「ユアさんっ! ああ良かった――無事だったんですねえ……!」
「ナイスイングリスちゃん! 最高だよっ!」
「本当に良かったわ……! ユア先輩ごと消滅したのかと――」
「よく助けられましたわね……!」
「うん。虹の王の体を貫いた時に、ユア先輩がいるのが見えたから、引っ張って来たんだ」
「やったわね、クリス! これで食堂の食べ放題も延長よ!」
「――という事でいいですか? 校長先生」
「え、ええ勿論ですよぉ……!」
とミリエラ校長は頷いた。
「やったぁ! 任務達成よクリス!」
イングリスとラフィニアは、ぱちんと手と手を重ね合わせる。
「うん。いっぱい戦ってお腹空いたし、早速何か食べようよ」
「そうね! そうしよ!」
そこで、イングリスもラフィニアも初めて気が付く。
「「あれ……? 食堂は?」」
「吹き飛んじゃいました。再建が終わったら、お腹いっぱい食べて下さいね――」
「「うああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」
それは、どんな強敵を目の当たりにした時よりも、恐怖と絶望に満ちた悲鳴だった。
そしてイングリス達が騒いでいるうちに、レオンの姿はどこかに消えてしまっていた。
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