第141話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令49
物凄い轟音を立てたユアの拳の一撃は、虹の王にも通じたようだ。
びくりと身を震わせて動きが止まる。
それを見たレオンは、思わずヒュウと口笛を吹く。
「いいパンチだ……! 通じてるぞ! まるでイングリスちゃんみたいだな……!」
魔印も無いのに魔石獣に対抗できる謎の力。
敵を前にした時の様子はまるで違っていて、ユアはあまり好戦的ではないようだが。
レオンの知るイングリスならば、誰が言うまでも無く真っ先に虹の王に突撃していただろう。
ともあれ、頼もしい事には変わりはない。
ユアの拳は虹の王の表皮を貫いて腹に突き刺さっているのだ。
「いや、効いてないっぽい――」
ユアは全く無表情に、レオンの見立てを否定する。
「ん……!? 何言ってんだ、腹ぶち抜いてるじゃねえか」
「ちがう。埋まってる。ずぶずぶ――」
その言葉通り、ユアの手や体が深く虹の王の体に引き込まれ始める。
「……! いかん! 取り込んで力を増そうってか!? 待ってろすぐ助けてやる!」
「ユアさんに防御壁を!」
ミリエラ校長は身に着けた指輪をユアに向ける。
するとユアの華奢な体が、薄緑の光膜に包まれた。
「これなら、派手に攻撃しても大丈夫です!」
「よしユアちゃんよ、多少痛いかも知れんが我慢しろよ!」
レオンは雷の獣を、一斉に虹の王の腹部に突進させる。
爆発で肉を削り、ユアを切り離す!
ユアはミリエラが生んだ防御壁に包まれているので、爆発に巻き込んでも平気――とまでは行かないかもしれないが、今は一刻を争う。やるしかない。
雷の獣は虹の王の足元に迫るが――
ブウゥゥンッ!
虹の王が身を捻って長い尾を振り回し、雷の獣たちを薙ぎ払った。
その強烈な一撃で、雷の獣達は腹部に届かず全て爆発して消失してしまった。
虹の王の尾も多少焦げ付き傷ついているものの、すぐに再生が始まってしまう。
もっと強い一撃を繰り出さない事には、有意な攻撃とはならないようだ。
「ちいいぃぃっ! さっきは喰らいまくってたのに、獲物を手にした途端迎撃してきやがるか――! 最初のトロさはわざとかよ……!」
元は知恵のある獣人種だ。
巨大な虹の王と化した今、理性など無さそうに見えるが、それは見た目だけの事らしい。戦術的な動きをしてくる。
「僕も手を貸す!」
リップルの側にいるシルヴァが、赤い長銃の魔印武具を構える。
ゴウゥッ! ゴウゥンッ! ゴウゥゥンッ!
轟音と共に、銃口から連続して火球が撃ち出される。
それは虹の王に向けて突き進むうちに姿を変える。
紅い炎の鳥のと化し、複雑な軌道を描きながら、高速で虹の王に迫った。
しかし虹の王は貫手でシルヴァが撃った炎の鳥を正確に迎撃。
ユアが取り込まれつつある腹部には、やはり近づけなかった。
「くっ……! これが、虹の王か……!」
「溜めて打てるか!? かい潜れねえなら、力押しだ!」
レオンの面前に、それまでの雷の獣の何倍もの大きさのものが生まれつつあった。
分散して沢山の獣を生むのではなく、一点集中だ。
魔印武具の扱いに熟達すれば、こういう使い方も出来る。
「勿論だ! やってやる!」
シルヴァの銃口に、数倍の大きさの火球が生まれる。
二人の様子を見て、ユアはぎょっとする。
「殺す気か――」
「きっと君なら大丈夫だ! 我慢をしろ!」
「こうするしか、ないんでね!」
大型な雷の獣と炎の鳥が、入り乱れるようにして虹の王に突進する。
下手な攪乱など無しの、真っ向勝負だ。
それを見た虹の王は、カッと大きく口を開く。
七色に輝く太い光線が、口内から迸り――
雷の獣と炎の鳥を、あっさりと薙ぎ払った。
「「なにっ……!?」」
多少の威力は相殺したが、それでも残りの光がレオンに迫る。
「!?」
避ける事は、出来ない。
レオンの後方には、レオーネ達が怪我人を集めていたのだ。
「うらああぁぁぁぁっ!」
鉄手甲の魔印武具を交差し、受け止める。
威力の余波でかなり後方まで圧されたが、どうにか堪え切った。
しかし、その影響は大きい。
鉄手甲の魔印武具は激しく損傷し、崩れ落ちてしまった。
「この野郎、人が長年愛用してきた相棒をよ――!」
「ああっ!? ユアさんっ!?」
「ま、間に合わなかった……!?」
ミリエラ校長とシルヴァから、声が上がる。
ユアの姿が完全に虹の王に取り込まれてしまったのだ。
グオオオオォォォッ!
虹の王が雄叫びを上げる。
ユアを取り込んで、喜んでいるのかも知れない。
その体の輝きが一層増し、虹色の表皮の面積が増えたようにも見える。
「諦めんじゃねえ、何とか抉り出すぞ!」
ユアの体を覆っていた防御膜の光。
それはまだ消えずに、虹の王の中から漏れているのだ。
しかし次の手に出るのは、虹の王の方が早かった。
その体の表面に、無数の光点が出現する。
先程口から吐いた光線を、体中から放つような気配だ。
それも一つ一つから、先程の光線に匹敵する迫力を感じる。
ユアを取り込んで、力が増した――!?
「いけませんっ! あれはこの一帯を薙ぎ払うつもりです! レオーネさん、あなた達は異空間に退避を! レオンさんも、シルヴァさんもリップルさんを連れて集まって!」
「校長先生! 校長先生はどうするんですか……!?」
レオーネの問いに、ミリエラ校長は微笑を返す。
「私は私で何とかしますよお! 私まで異空間に行くと、この結界が消えちゃいますからねえ。さあ急いで! 大丈夫ですから!」
レオーネとしては心苦しい気持ちもあるが、このままでは他の多くの生徒があの光に巻き込まれて犠牲になるのは確実。
ミリエラ校長の指示に従う他は無かった。
「行きますっ!」
ミリエラ校長を残し、自分の近くに集まっていた者達だけを異空間に隔離する。
周囲の光景が一変し、真っ黒な何もない空間に。
そうすると――
「ううぅん――ボク……」
シルヴァが抱えていたリップルが、目を覚ました。
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