第137話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令45
「うわあぁぁ……すごい――ね、ね、ラニあれ見たよね? 虹の王だよね?」
「そ、そうね――」
前にアールメンの街で見た氷漬けの巨鳥の個体とは違うが、ずっと憧れていた相手だ。
一国をも滅ぼすと言われる、究極の魔石獣。
その力に対抗できるのは、武器化した天恵武姫を操る聖騎士だけだと言う。
幼い頃にその存在を知って以来、自分の力で倒せるようになってやろうと思っていた。
とうとう、動いている個体に巡り合えた。
――あの頃からの目標を今、果たす事が出来る!
これが武者震いせずにいられるだろうか。
「正確には、まだ完全体とは言えない状態だがな。虹色の体表となっているのは半分ほどだ。が、放っておけば早晩、完全な虹の王となろう」
確かに黒仮面の言う通りで、獣人種の虹の王の体の半分は、虹色ではなく斑模様のようになっている。
虹の王の幼生体とでも言った所か。
だがその体が内包する、莫大な力の量というのはひしひしと感じる。
「あああぁぁ――迷うなあ、どっちと戦おうかなあ……」
イングリスはキラキラした瞳で、黒仮面と虹の王の幼生体を交互に見つめる。
黒仮面は黒仮面で武器化した天恵武姫を操っているし、こちらも素晴らしい敵だ。目移りしてしまう。
こんなにも強敵が選り取り見取りだなんて、ここはいい戦場である。
「こらっ! クリス!」
ぶにっ!
ほっぺたを引っ張られた。
「何考えてるのよ!? どう考えても騎士アカデミーに戻らなきゃでしょ! レオーネやリーゼロッテやリップルさんもみんないるんだから!」
「いひゃっ! りゃ、りゃに。れ、れもね――」
「何よ?」
と、聞いてくれるらしく手を離してくれる。
「みんながいるから、暫くは大丈夫とも考えられるよ? ほら見て――」
ちょうど虹の王の幼生体と周囲を隔離するように、大型の結界が出現するのが見えた。
あれは恐らく、ミリエラ校長の力だろうか。
この遠目から見ても分かる程に、強力な結界だ。
聖騎士ではないが特級印を持つミリエラ校長がいて、同じく特級印を持つシルヴァがいて、レオーネやリーゼロッテもいる。
そして何より、真面目にやっているかは分からないがユアもいるはず。
彼女の力は底が知れない未知数。そう簡単にはやられないはずだ。
「結界……!? あっ! でも、危ない……っ!」
虹の王の幼生体の体のあちこちに光点が発生し、それが四方八方に光線を撒き散らした!
「大丈夫……!」
だが結界は光線をその中に封じ切り、外には漏らさなかった。
騎士アカデミーの周囲の市街地に被害が出る事は免れた。
そして結界もまだ健在だ。
「ふう……良かった街は無事ね――」
「ね。大丈夫だったでしょ? 仲間を信じるって大事だよ?」
「……とか言って、黒仮面と戦う時間が欲しいだけだったりしない? クリスの性格なら両方ともと戦おうとするだろうし――」
「まさか。わたしだって時と場合は考えるから。あの人を放っておけば、わたし達が行った後に何をするか分からないでしょ? 下手すれば国王陛下が狙われるかもしれないし」
内心ぎくりとしたが、何事もなかったかのように表情には出さない。
「でも、このまま去らせて頂きたいって言ってたわよ?」
「何言ってるの相手は悪人だよ? ゲリラ組織なんだから。そんな人の言う事信じられないでしょ? わたし達正義の味方なんだし」
「うーん――クリスもあいつも、同じくらい信用できないわね……」
「えぇっ!? なんで――」
「クリスが正義なんて言うはずないし! うさん臭いのよ、絶対何か良からぬ事を企んでるわ!」
「で、でも、ラニは正義好きじゃない?」
「あたしはいいのよ! 普段から清く正しく生きてるから!」
と言い合うイングリスとラフィニアに、蔑むような声が浴びせられる。
「やれやれ騒がしい小娘共だ。遊んでいないでさっさと帰れ、こちらもお前達などの相手をしている暇はない」
システィアの声だった。
見ると、元の天恵武姫の姿に戻っている。
「……! ま、待ってあなたは元に戻らないでください! まだ戦いたいので……!」
「黙れ! 私は見世物でもなければ、貴様の遊び相手でもないっ!」
「済まぬが、彼女の言う通りだ。あれはシスティアへの負担も気になるのでな。論より証拠。こちらから去らせて頂こう。行くぞシスティア」
「ははっ!」
「そうは……!」
「待ちなさいクリス! 別にいいでしょ、帰るならほっとけば――!」
と、ラフィニアが言った瞬間、騎士アカデミーの結界内に動きがある。
まるで太陽のような眩い光が、充満したのだ。
「……っ!? あれは――さっきの、天恵武姫が武器になる時の光よね、クリス!?」
ラフィニアの言う通りだ。
「そうだね――」
「って事は、リップルさんが元に戻って、武器になってるのかな……!? やったあ! だったら虹の王も倒せるかも知れないわ! うん。なら黒仮面達を捕まえても――」
「いや……! ダメ! すぐ騎士アカデミーに戻ろう! あれは危ない――!」
システィアの時と同じに見えて、あれは違う。全く違うのだ。
「はいはい。どうせ、危ないのは虹の王が倒されるかも知れないって事でしょ? その前に戦いたいのよね?」
「うんそれでいいから、早く騎士アカデミーに!」
「それがいい。急がねば、手遅れになりかねん」
と、黒仮面はイングリスの内心を見透かしたような言葉をかけて来る。
「……残念です。あなたとはなかなか思う存分戦えませんね――ではいずれまた。失礼します」
「結構だ。君と戦ってもこちらに大した益は無く、脅威だけは最大級だからな」
それ以上、会話をしている時間も無さそうだ。
「さあラニ、行こう! 急いで!」
「わ、分かったわ!」
二人を乗せた機甲鳥は、全速力で騎士アカデミーへと飛んで行く。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『イングリスちゃん!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!