第136話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令44
眩い光に包まれたシスティアは、そっと黒仮面に手を差し出す。
黒仮面がその手を取ると、システィアの姿はより一層激しく輝く。
「眩しい……!」
この近距離では、目を開いているのが困難なほどで、殆ど影しか見えない。
そしてその影の形が――長大な棒状武器、槍へと変化して行く。
目で見る事は困難だが、その力の流れを感知して追う事は可能。
イングリスは全身全霊で意識を集中する。
そうして、理解する。これは――
「…………すごい――」
武器形態化したシスティアが、黒仮面の霊素を取り込み、それを増幅しているのが分かる。
そう魔素ではなく霊素を、だ。
これは驚愕すべき事。
上級の魔印武具ですら、霊素を流し込めばその負荷には耐えられず破壊されてしまう。
以前イングリスがレオーネの上級魔印武具を壊してしまった時のように。
だが天恵武姫は霊素を受けても無事なだけではなく、流し込まれた霊素を圧倒的に増幅している。
1が5にも10にもなっているような――
こんなものの攻撃を受けたら、いくらイングリスが全力の霊素殻で身を護っていても、確実に無事では済まない。
究極の魔印武具と言われる武器形態の天恵武姫だが、確かにその看板に偽りなしだ。
魔素ならば分かるが、まさか霊素まで増幅するとは――
これはイングリスの前世に存在した神の武器――聖剣にも等しいものだ。
それを天上人とはいえ人間の手で生み出しているとは。
正直度肝を抜かれた。
イングリスが転生をしているうちに、世の中は進化しているのだ。
素晴らしい。とても素晴らしい。相手にとって不足無しだ。
「くっ……! これは、このメイドと同じ、僕にも分からない力か……!? だが天恵武姫が反応している……!」
「逃げて下さいイーベル殿。あれは危険です」
イーベルを下がらせ、あの力を存分に味わってみたい。
「うるさい! 君の指図など受けん! ならば、形態が変わり切らない今のうちに――!」
しかしイーベルは、自ら黒仮面に突っ込んで行こうとする。
「いけません! それは無粋です!」
相手が力を発揮しようという時に、それを待たずに攻撃しようなどとは、重大過ぎるマナー違反だ。
イングリスはイーベルを追って地を蹴り、瞬時に追いついてその手を掴む。
「くっ……! 簡単に追いついてくれる――! この化け物が! 離せっ!」
だがその瞬間――
システィアの武器形態化が完全に終了し、黒仮面の手の中に、黄金に輝く槍が現れていた。
以前システィアが自ら使っていた黄金の槍を、より長大かつ豪華にしたような外見である。
その槍を、黒仮面は片手で大きく突き出した。
繰り出された槍の穂先は、霊素殻を発動したイングリスにさえ、ほんの一瞬の光にしか見えない。
そしてその光がイーベルの肩口に突き刺さり――肩から上腕部にかけてを、音も無く消滅させてしまう。
「……!」
さらに続く閃光のような連続突き。
それが、イーベルの体も、腰も、脚も、頭も、次々消滅させて行った。
後に残されたのは、イングリスが握り締めたイーベルの左の手首から先だけだった。
「な……!?」
ヒイイィィン! ヒイィンヒイィンヒイィンッ!
黒仮面の霊素と共鳴しながら、槍が空気を劈く音。
そして――
バシュバシュバシュバシュウウゥゥゥッ!
それを受けたイーベルの体が、弾け飛ぶ音。
見た目の光景に、音が遅れて聞こえて来た。
さらに――
ビュウウウウゥゥゥゥッ!
槍の攻撃の余波が猛烈な衝撃波となって、イングリスの身に降りかかった。
「くっ――!? 何て威力……!」
衝撃に抗い切れず、体が吹き飛ばされた。
そして吹き飛ばされた先には――床が無かった。
船上から弾き出され、空中に投げ出されたのだ。
「……あ、落ちちゃった」
さて、どう戻ろうか――と思案するまでも無かった。
「クリス! 掴まって!」
ラフィニアが機甲鳥を操って、イングリスの下に回り込んでくれた。
「ラニ! ありがとう!」
イングリスは身を捻りながら落下角度を調整し、機甲鳥の上へと着地する。
「よし、船の上に戻って! あれと戦うから!」
と、ラフィニアの肩を叩くが――
「わあっ!? そ、そんなの近づけないでよ!」
「? ああ――」
肉体ごと弾き飛ばされたイーベルの手首から先。
それを、イングリスが持ったままになっていたのだ。
ぽい。
と、投げ捨てた。
それは王城からボルト湖に続く水路に落ちて行く。
「――惜しい人を亡くしました。御冥福をお祈りします」
「そ、それ冥福を祈る態度……?」
「いや、時間も無いし水葬でいいかなって――ラニに預けておいた方がよかった?」
「嫌よ! とんでもない悪党だったじゃない! それでいいわよあんな奴……!」
「じゃあ、戻してくれる? 続きをしてくるから――」
「だ、大丈夫なの――?」
流石に武器化した天恵武姫の威力を目の当たりにしては、ラフィニアも不安そうである。
「分からない。けどだからこそ、燃えて来る。かな?」
「だ、だったら今戦わなくてもいいんじゃない? リップルさんやレオーネ達のほうも気になるし……」
それが聞こえていたのか、黒仮面の方も口を開く。
「天上領の使者は討ち取り、戦艦も拿捕した。我々として戦果は十分。出来れば、このまま去らせて頂きたいのだがな?」
「そうはいきませ――」
――ズドオオオォォォォォォン……!
この戦場とは全く別の場所、王都の市街地の方から、巨大な音が響いて来た。
と同時に、天高く光の柱が立ち上るのが目に入る。
その場所は――
「! クリス、あれ……!」
「うん。騎士アカデミーの方だね――」
言い合ううちに光の柱が薄れて、その中から巨大な人影が姿を現す。
それは――今まで見たものよりも遥かに大きな、獣人種の魔石獣だった。
王城の屋根にも届きそうな程の巨体。
そしてその体表のあちこちが、七色に輝く光沢を放っている。
虹色に輝く魔石獣。それはつまり――
「「虹の王……!」」
イングリスとラフィニアの声が揃った。
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