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第135話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令43

「イーベル殿! ご無事で何よりです――!」


 イングリスは顔を輝かせ、イーベルの無事を喜んだ。


「何を白々しい嘘を! 自分で蹴り飛ばしておいて――!」

「嘘ではありません。本当にあなたの無事を喜んでいます」


 本当に嘘はない。

 強い相手とは何回戦ってもいい。

 イーベルが無事なら、また戦えるではないか。


 しかも性格的に自身の戦闘能力への自尊心が強く、かなり好戦的。

 腕を磨いて再戦を挑んでくれる可能性は、非常に高いと言える。


 彼の魔素精練(マナ・リファイン)なる技術には見所も多いし、発展性も感じる。

 きっとまだまだ、強くなれる。


 是非とも強くなって、その力をイングリスにぶつけて欲しい。

 ゆえにその無事は、喜ぶべき事である。


大戦将(アークロード)――天上領(ハイランド)の上級将軍か。それがこんな所にいるという事は……つまり、貴殿が今回の交渉の責任者だな?」

「フン。だから何だ、君は血鉄鎖旅団の首領だな? 全身黒ずくめの男だと聞いてはいたが、悪趣味な仮装だよ。きっと余程自分に自信のない、不細工な顔なんだろうね?」

「フ――確かに、この格好をしていないと不安ではあるがな。さて、天上領(ハイランド)の使者を討ち取るのが我等の目的――子供相手は気が引けるが、目的を果たさせて貰うとしよう」


 緊張感の高まる黒仮面とイーベルの間に、イングリスはすっと割り込む。


「イーベル殿下がって下さい。彼はあなたの命を狙っています」


 その後、黒仮面にも話しかける。


「イーベル殿には、元々この国と取引するつもりは無かったようです。ですからあなたが何もせずとも、アールメンやシアロトの街が召し上げられる事はありませんよ?」


 黒仮面とイーベルが潰し合う事態は、イングリスにとっては望ましくない。

 戦う相手が減ってしまうからだ。そんなに勿体ない事はない。


 もしそうなりそうならば、イングリスとしてはイーベルを守る方向に動く他は無い。

 現状イーベルと黒仮面では、圧倒的に黒仮面の方が実力が上だ。


 戦う相手が減らないように、イーベルを保護しておきたい。

 それに、元々ミリエラ校長と約束した食べ放題延長のためでもある。


「フン! 状況は僕の狙い通りなんだよ! ノコノコ現れた血鉄鎖旅団なる虫ケラ共を制裁する! ここで親玉を潰してやるさ!」

「ならば、身に降りかかる火の粉は払っておくとしよう。大戦将(アークロード)の首には価値がある」

「待って下さい、そんな事のために戦ってはいけません! さあ武器を収めて! 平和が一番です!」

「「どの口が言う!」」


 二人揃って同じ事を言われた。


「わたしは、わたし以外の人が傷つけ合うのを望まないだけです」


 戦う相手の候補が減るのだから。


「――ですが、揃ってわたしと戦うというのであれば、歓迎しますが?」

「馬鹿を言うな! 今そんな事に何の意味も無い!」

「我々は君のように、楽しみでは戦わんのでな」

「……仕方ありませんね」


 黒仮面の方を向き、再び霊素殻(エーテルシェル)を発動。

 ここは、イーベルを守る方向で動く。


 イーベルも決して褒められた人物ではなく、果たしてここで守るのが後々のこの国や人々にとっていい事なのか悪い事なのか、議論はあるだろう。


 が――そういう事は後で誰かが考えればいい。

 自分は、自分の動きたいように動く。それだけだ。


 と――


 天上領(ハイランド)側の船のから、一隻の機甲鳥(フライギア)が飛び出して接近してくる。

 そこには、見知った顔があった。

 艶やかな長い赤い髪の天恵武姫(ハイラル・メナス)――システィアだった。


「お待たせいたしました! 艦橋は押さえました!」

「よくやった。拿捕した船は、すぐに離脱をさせるのだ!」

「はい! 既にそう指示しております!」


 システィアの言う通り、天上領(ハイランド)の船は動き出し、遠ざかろうとしていた。


「貴様ら! 僕の船を持ち去ろうというのか? とんだ火事場泥棒だな……!」

「戦いには無い袖は振れぬ。機会があれば、戦力を増やしておくべきなのでな」


 ひょっとしたらそれが目的――だったのだろうか?

 でなければ、システィアが敵船の艦橋を押さえに行く事があるだろうか?


 きっとイーベルを狙って、王城まで乗り込んでくるはずだろう。

 それが一番の目的だったはずだ。


 それなのにこの動きは――きっと何らかの手段で、王城側の動きを知っていたのだ。

 あの場にまだ血鉄鎖旅団側の内通者がいて、それを報告したのだろうか。


 それで第一目標を、天上領(ハイランド)の船の奪取に切り替えたのか。

 なかなか抜け目のない、臨機応変な動きだ。


「まあいいさ。ここで君を殺って、取り戻せば済む話だ!」

「無礼者が! 何者だ貴様!」

「あれが天上領(ハイランド)の使者だ、システィア」

「え――!? では引き上げの前に、倒してしまいましょう! せっかくの好機です!」

「ああ、そのつもりなのだが――」

「そうはさせません。皆さんが傷つけ合うのは無益です」


 主に、イングリスにとっては――


「フフフ――ややこしい事態だと思わぬか? システィア」

「ええ。仰る通りです。レオンの方の事もありますし――」

「そうだな。こういう時は、結局は力が物を言う。そして我一人では、身を守る事は出来ても、彼女を出し抜く事は不可能だった。ならばお前の力、貸して貰わざるを得ん」

「……! はい、それでは――!」


 システィアは軽い身のこなしで機甲鳥(フライギア)から飛び降りると、黒仮面の隣に並んだ。その体は内側から、眩く輝き始めている。


「私の存在、私の力……ご自由にお使い下さい。全てをあなたにお委ね致します」


 これは、もしかすると――


天恵武姫(ハイラル・メナス)の武器化――!?」


 それは是非、見てみたい……!

ここまで読んで下さりありがとうございます!


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