第133話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令41
王宮上に浮かぶ、飛空戦艦の屋根の上で――
ドゴオオォォォッ! バキィィィィンッ! ドガガガガガァァァッ!
耳を劈くような衝撃音が、ラフィニアの前後左右の全方位から響いてくる。
イングリスと黒仮面が、格闘戦を繰り広げているのだ。
余りにその動きが速過ぎて、ラフィニアには青白い光に包まれた二人の姿が、時々チカチカと視認できる程度だ。
認識できないという事は、流れ弾のように攻撃が飛んで来たとしても、全く身の守りようが無いという事になる。
普通ならば、恐れをなしてその場を離れたくなるようなもの。
だが、ラフィニアは全く怯まずその場に居残り、魔印武具から放つ光の矢の雨で、二隻の戦艦の砲撃を妨害し続けていた。
これは必要な事だ。手を止めれば市街地への被害が拡大する。引くわけには行かない。
それに、イングリスの事を信じている。必ずラフィニアの事は守ってくれるはずだ。
時々ちらちらと視界に映るイングリスの姿は、どれも場違いに嬉しそうだ。
戦いを心から楽しんでいるのだ。
ニヤニヤと締まりが無く、危ない笑みを浮かべ続けている。
だがそれは、イングリスにとっては普段通りの姿である。
そしてイングリスが普段通りなら、ラフィニアの事は守り切ってくれる。
これまでの人生経験上、ラフィニアはそう信じている。
フッとイングリスの姿が、ラフィニアの視界に現れる。
裏拳を放ち、その余りの威力で、防御しようとした黒仮面の腕が弾かれていた。
バキィィィッ!
映像に一拍遅れて、音が聞こえた。
次の瞬間、またイングリスの姿は視界から消滅。
「そこです――ッ!」
ドゴオオォォォッ!
「ぬううううぅぅぅっっ!?」
音だけが聞こえ、その一瞬後――
腰を落として、肩と背中で当て身を放った直後の姿勢のイングリスの姿が現れる。
黒仮面は二隻の船の間を、弾丸のように吹き飛んでいた。
「まだまだ――!」
追撃しようと、ぐっと地を蹴ろうとするイングリス。
しかし急に身を包んでいた青白い光を消し、ラフィニアの方を振り向いた。
ぴっと立てた人差し指には、青白い光が収束している。
「! クリス……っ!?」
「動かないで!」
ビシュビシュッ!
連続して放たれた二筋の光は、ラフィニアの両脇を通り過ぎていく。
「いたぞ……! あいつがあの邪魔な――ぐおおぉっ!?」
「排除しろッ! このままでは応戦がぎゃああっ!?!」
天上領側の戦艦から現れた兵達だった。
煙幕代わりの光をばら撒き続けるラフィニアが邪魔だと、排除しに来たのだ。
「――気をつけて下さい。ラニを傷つけようとするなら容赦はしませんので」
「いや聞いてないって言うか聞こえないわよ――」
寸分違わず、眉間を打ち貫かれてしまっているのだから。
彼等は物言わぬ骸となって、乗って来た機甲鳥から滑り落ち、戦艦の船体も滑り落ちて地面へ落下して行く。
後には主を失って滞空をする機甲鳥だけが残る事になった。
「ラニ。せっかくだからその機甲鳥に乗ってるといいよ? その方が安全だから」
「そ、そうね――そうするわ」
確かにイングリスの言う通りではある。
今持ち主が亡くなったばかりのものを使うのは、少々気持ちが悪いが――
「じゃあクリスも……!」
「ううん。こっちはまだだから――」
イングリスは再びラフィニアに背を向ける。
当て身で吹き飛ばした黒仮面が、空中で姿勢を制御すると自らの船の外壁を蹴り、反動でイングリスに向けて突進してきていたのだ。
「済まぬな。まだ終わりではない!」
黒仮面は肩肘を張って、そのまま体当たりをしてくる構えだ。
「こちらは大歓迎です!」
これ程の手応えのある相手は、滅多にいない。
出来ればずっと、戦いに付き合って貰いたいものだ。
イングリスは、再び霊素殻に身を包む。
そして突っ込んでくる黒仮面を蹴り飛ばそうと、足を振り上げる構え。
が、途中で察知をする。
肩を前に出しているため、体の影に隠れた手。
そこに彼の体を包む霊素とはまた別の、ぎゅっと収束するような霊素の流れがあるのだ。
動きの影に、もう一つの霊素の戦技を仕込んでいる――!?
「はあっ!」
イングリスは咄嗟に、蹴りの軸足に力を込めて後方に宙返りをしながら跳び上がる。
ブウゥゥンッ!
ラフィニアの目には止まらない程の一瞬の後に、イングリスがいた位置を、輝度の高い青白い光の剣が薙ぎ払った。
「霊素の剣――!?」
黒仮面は肩からの突進に見せかけて、視覚に隠した霊素の剣で斬り伏せるつもりだったのだ。
直前で察知して回避したものの、面白い技を使う――!
霊素を凝縮させて、物体に近い形で固定化するとは。
イングリスも氷の剣を生み出す魔術は使えるが、これは難易度が段違いだ。
霊素の制御の難しさは、魔素の比ではないのだから。
しかも黒仮面は、霊素殻に近い戦技を使いながら、この霊素の剣を生み出した。
同時に二つの霊素の大技――
黒仮面は以前、イングリスは霊素の力に優れ自分は技に優れていると言ったが、まさにその通り。この併用はまだ、イングリスには出来そうにない。
「そういう事だ――悪いが、いただく!」
黒仮面は飛び上がったイングリスが着地する前に、更なる追撃の斬撃を浴びせる。
体勢的にはかなり不利。しかもあの剣の斬撃は、霊素殻の状態であっても、まともに浴びればただでは済まないだろう。腕や脚で受ける事も出来ない。
だが――
「させませんっ!」
ピキィンッ!
イングリスの手の中に、氷の剣が現れる。
霊素殻を発動した状態では、この氷の剣は一太刀で粉々になる。
剣に伝わる霊素の負荷に、刀身が耐えられないためだ。
――だが、この状況では一太刀できれば十分!
ビュイイィィィンッ!
空中で身を捻りながら繰り出した氷の剣の斬撃と、黒仮面の霊素の剣がぶつかる。
「くっ……!」
力で押したのはイングリスの氷の剣だった。
黒仮面の剣を受け流したが、しかし刀身自体は粉々に砕け散る。
だがイングリスは、無事に着地をして姿勢を立て直すことができた。
それが出来れば、十分だ。
「そのか弱き剣では、こちらの剣は捌き切れぬ――!」
黒仮面はイングリスを追い詰めようと、猛然と斬撃を繰り出してくる。
「ええ。それでいいんですよ――」
虚を突かれかけたあの一瞬をやり過ごせたのならば――
十分な姿勢を維持しつつ、剣を避けて殴ればいい!
「ぬう――これは……ッ!?」
繰り出した剣が悉くかわされ、そのたびにイングリスが一歩一歩近づいて来るのだ。
当たらない。黒仮面の動きを呼んでいるかの如く、最適かつ最小の動きで剣の雨をかい潜って来る。
結果的に、攻撃を加えているのは黒仮面の方なのに、間合いを測り直すためにじりじりと後退を余儀なくされるのだ。
反応速度でイングリスが上回るのは分かる。
霊素の力はイングリスが上だ。
だがそれを補うために、二つの霊素の戦技を併用しているのだ。
それなのにこれは、どういう事なのか……!?
単純な霊素の問題ではない。
圧倒的な読みの鋭さ、重厚で熟練した、戦闘経験値のようなものを感じる。
こんな少女が、どういう事なのか――?
「はああああっ!」
とうとう完全に黒仮面の懐に滑り込んだイングリスは、その腹部に掌打を打ち込んでいた。
「ぐうううぅぅぅっ!?」
その衝撃で、黒仮面の体は大きく後ろに弾き飛ばされる。
膝は突いたものの、何とか倒れずに持ち堪えていた。
「ふ――ふふふ……我の手にも負えなくなりつつある、か――以前はまだ、ここまでではなかったはずだが――」
「あなたは色々と忙しそうですが、わたしは修業に専念していますので――」
「大義のために奔走しているつもりなのだがな。正義は勝つなどと、子供染みた事を言うつもりはないが……」
「正義だろうと悪だろうと、力とは無関係です。力とは才能と訓練と経験で決まるものですから。そこに思想を結び付ける事こそ、力に対して不誠実な態度では?」
大義のためと言うのは、正義やあるいは悪のために、力を利用しているに過ぎない。
それでは己の理想さえ実現できれば、それ以上の力が必要無くなってしまう。
それは純粋に力を突き詰めようと言う態度ではないだろう。
極めようとするならば、もっと真摯にならねばならない。
思想や思考など放棄して、ただどこまでも強い力を求めるべきだろう。
「はははは! そんな可憐な外見をして、とことん武人だな……!」
「ええ。わたしにはそういう生き方しかできませんので。さあ、まだ隠しているものがあるでしょう? 見せて下さい」
黒仮面はイングリスが戦艦に撃ち込んだ霊素弾を弾いた。
それは間違いないが、今まで見た能力ではそれは不可能だ。
それをするには、霊素の力が足りていないように見えるのだ。
まだ何かある――せっかくなので、とことん見せて貰いたい。
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