第131話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令39
「リップル様――?」
リップルの態度がいつもと違う、とシルヴァは思う。
何もない時こそ明るい顔を見せてはくれるが、リップル自身の護衛や魔石獣対策の話題になると、彼女は口出しせず静かに俯いて聞いている事が多い。
天恵武姫である自分が、護るべき国や人々を危険に晒し、逆に護って貰わなければならない事実が辛く、歯痒いのだろう。
リップルの気持ちはよく分かる。自分も同じ立場ならそう思うかもしれない。
だからこそ、余計な事は言えない。黙って全てを受け入れるしかない。
例え、廃棄同然に天上領に戻されることになったとしても――
しかしそれは、シルヴァにしてみれば馬鹿にした話だ。
リップルが今までどれだけこの国のために働いてくれたのか。
どれだけの人々に尊敬され、慕われているのか。
そういった功績が、積み重ねが、全く考慮されていない。
単純に入れ替えればいいという話ではない。断じて頷ける話ではなかった。
「リップルさん……どうかしましたかあ?」
ミリエラ校長がそう尋ねる。
彼女も、リップルの態度がいつもと少し違う事に気付いたようだった。
「うん……つい最近まで、ボクに関する事は、全部受け入れるしかないって思ってた。みんなを守れない天恵武姫なんて天恵武姫じゃないから。でも――みんなが一生懸命、必死になってボクの事を助けようとしてくれるでしょ? まあ、一部楽しんじゃってる例外の子もいるけど……」
「ははは、いますねえ――誰といは言いませんが」
ミリエラ校長は苦笑いをする。
「あの子、きっと今くしゃみしてるわね」
「ええ。間違いありませんわ」
レオーネとリーゼロッテは頷き合う。
あえて名前を言う必要はない。言うまでも無いから。
「でもそういうのも混みで、みんなの事を見てるとね――ボクの生まれ故郷はもうとっくに滅んで無くなっちゃったけど、今はこの国がそうなんだって――すごく実感できたんだよ。自分の気持ちが分かったの」
リップルは爽やかな微笑みを浮かべる。
「だから――こんな事を天恵武姫が思っていいのか分からないけど、迷惑をかけちゃうけど……それでもまだ、この国のみんなと一緒にいたい。だから助けて欲しいって、お願いするのは当たり前だよね?」
「リップル様――」
何故かシルヴァはこんな時に満足感のようなものを感じていた。
はじめてリップルに、全面的に頼りにしてもらったような気がしたからだ。
自分一人に言ったわけではない。皆に対してなのだが――それでも嬉しかった。
「だからね、ユアちゃん――」
「ユアさん、リップルさんのためにも――」
「ユア君。リップル様がここまで仰ってるんだ――」
皆がユアに視線を戻すと――
「すぴー」
ユアは気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「こらああぁぁぁっ!」
見かねたシルヴァは赤い長銃の魔印武具で、ユアの頭をゴツンとやろうとするが――
ばしっ!
見事に反応して、受け止められる。
「――暴力反対」
「それは本人の態度によるだろう! 君の態度がそれに値すると言うだけだ!」
「……こわい。助けてケモ耳様」
ユアはリップルの後ろに回り込んで隠れた。
「ま、まあまあ……ユアちゃん、これから魔石獣を倒すのを手伝ってくれる?」
「それは、いつもやってます」
「今度は数も多いし敵も強いと思うんだ。お願いしてもいい? 上手く行ったら何かご馳走するから、ね?」
「食べ物より、誰か紹介してくれたりする方がいいです」
「え? うーん……どんな人がいいの?」
「メガネさんみたいにかっこよくて――」
「……な、何を言っている――!? 今更ご機嫌取りなど……」
シルヴァは思わず、少々狼狽えてしまう。
「メガネさんみたいに短気じゃなくて」
「…………」
気のせいだ。ユアにご機嫌取りなどといった概念は存在しないのだ。
「メガネさんみたいに弱くない人」
「貴様あぁぁぁぁっ! 馬鹿にしているのか!」
やはりユアとは合わない。波長が全く違い過ぎる。
「あーあーあーあー! もう滅茶苦茶になっちゃう前に作戦開始しちゃいますっ! レオーネさん、空間の隔離をお願いします! やっちゃって下さい!」
ミリエラ校長が声を上げ、レオーネに指示をする。
「は、はい! 分かりました。じゃあ、やります!」
急な流れに戸惑いはするが、レオーネは即座に集中をする。
黒い大剣の魔印武具の新たな奇蹟で、何も無い真っ黒な異空間に全員を隔離した。
「うん。前より大分スムーズです! あっという間に上達しましたね、レオーネさん。素晴らしいです!」
「ありがとうございます」
ミリエラ校長に褒められて、レオーネとしては少し鼻が高い。
確かに大分この奇蹟にも慣れて、展開の速さ、空間の強度や広さ共に安定をして来た。
「――始めましょう、皆さん! リップルさんを助けるために――どうか力を貸して下さい! それがきっと、この国と人々のためになります!」
「「「はいっ!」」」
生徒達が声を揃える。
「僕と校長先生はリップル様に力を吸って頂き魔石獣を呼び出す! 皆、魔石獣の討伐を頼むぞ……! さぁリップル様、どうぞ……!」
シルヴァは力を込めた銃の魔印武具の銃身を、リップルへと差し出す。同時にミリエラ校長も、魔印武具の杖を差し出す。
「リップルさん。後は任せて下さい! ウチの生徒達は優秀ですから、大丈夫ですよ!」
「うん……みんな、ありがとう。よろしくね――!」
リップルは強く頷いて、差し出された魔印武具に手を触れる。
すると、双方の魔印武具を包む輝きが音を立てて消失する。
それは、リップルが二人の魔素を吸い取った証だ。
ヴヴヴゥゥンッ!
そしてリップルの体を黒い球体が覆う。
魔石獣が現れる前触れである。
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