第129話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令37
「せっかくだから、楽しもうよ?」
ちょうど天上領の戦艦からも反撃の砲撃が始まり、戦場はますます騒がしくなりつつある。
この喧噪、この臨場感――これが戦場。血が滾るというものだ。
「楽しみはしないわよ。けど……!」
ラフィニアは王城の周辺に広がる市街を指差す。
そこに、血鉄鎖旅団側と天上領側の両者の戦艦から放たれる、流れ弾が着弾していた。
戦艦の砲撃を受ければ、民家などひとたまりもなく破壊されてしまうだろう。
「何とかしなきゃ! 早く止めないと、関係ない人がどんどん巻き込まれる! やるわよクリス!」
ラフィニアは、きゅっと眼差しを引き締める。
正義感の強いラフィニアらしい。
力の弱い一般市民が巻き込まれるのを、見過ごせないようだ。
それはそれで立派な心掛けだろう。
イングリス・ユークスに世のため人のためという志は無いが、ラフィニアがそれを持っている事は否定しない。むしろ微笑ましい事だ。
「お。やる気出たね、ラニ」
「あんなの見たらね! あたしが砲撃を妨害してみるわ!」
「どうするの?」
「こうよ!」
ラフィニアは白い弓の魔印武具を強く引き絞る。
その手元に光の矢が顕現し、どんどんと大きく太く収束して行く。
「行けえぇぇっ!」
最大まで光を大きくした所で、ラフィニアは矢を空に向けて放つ。
「弾けろっ! そして船の周りを回って!」
大きな光の矢が、無数の小さな光の矢に分裂して行く。
それぞれの矢は尾を引くような軌跡を残し、二隻の戦艦に着弾するのではなく、砲台のすぐ近くを周回し始めた。
「なるほど――目眩ましだね」
煙幕を大量の光の矢で代用するという事だ。
着弾させなければ、長い間光を維持して妨害を継続できる。
「そう。これならちゃんと砲撃できなくなるでしょ?」
「でも、着弾させずに回るだけなんてできたんだ。凄いね?」
実際に周囲を飛び交う光に戸惑い、戦艦の砲撃の勢いが低下しつつある。
ラフィニアの成長は、孫の成長を見ているようなもの。素直に喜ばざるを得ない。
「ふふっ。あたしだって成長してるのよ! さあ、あたしはどんどんこれを撃って砲撃を止めるから、クリスは血鉄鎖旅団の船を止めて!」
「うん。分かった!」
イングリスはそこから更に前に出て、船体の一番先の船首部分に立つ。
そして、掌を血鉄鎖旅団の船に向けて突き出した。
そこに、青白い霊素の光が渦を巻いて凝縮して行く。
どんどんと膨らむ光は、あっという間に巨大な光弾と化す。
「霊素弾!」
スゴゴゴオオオォォォォォーーーーッ!
それは血鉄鎖旅団の戦艦の船首に着弾、そのまま船体を貫いて船尾に突き抜ける。
――はずだった。
実際は船首を破壊しながら船体に突入後すぐ、別の大きな青白い光と衝突した。
バシュウウウウゥゥゥゥッ!
「――っ!?」
せめぎ合った結果、血鉄鎖旅団の船を貫通する軌道を上に逸れ、外装を削り取りながら空の奥へ消えていく。
「……あれを逸らすなんて――」
それが出来そうな心当たりは、一人。
イングリスは破壊されて露になった船内部分に注目した。
艦橋であったであろうそこに、黒い鉄仮面に、全身黒ずくめの衣装、外套の男がいた。
「やはり……!」
首領の黒仮面の男! 近くにシスティアやレオンの姿はないようだが――
部下と思しき男達は何人もおり、それがこちらを指差している。
「あの娘がこれをやったのか――!?」
「し、城のメイドかあれは……!?」
「何でメイドにあんな力が……!? い、一体何がどうなっている――!?」
せっかくなので、気分を出して応じる事にしてみよう。
「いらっしゃいませ。わたしがおもてなしをさせて頂きますね? 今のはほんの挨拶代わりです」
イングリスは微笑を浮かべ、ぺこりと彼等に一礼をする。
「お、おもてなし……!?」
「あれが挨拶代わりだと……!? どんなメイドだ……!?」
「とんでもない――! 下手すれば船が落ちていたぞ、今のは……!」
狼狽える部下達を、黒仮面が抑える。
「皆、気を付けろ。薔薇は美しければ美しい程、その棘は鋭く毒をも持つものだ。見ろ、彼女は美しいだろう?」
「え、ええ……」
「そうですね――」
「正直言って、可愛いです……」
「つまり、そういう事だ。下手をすれば全員喰い殺されるぞ」
「「「…………」」」
「彼女を止めるには、私でなくてはならぬ。お前達は作戦を続けろ、彼女は私が抑える」
「「「ははっ!」」」
部下達の返事を聞くと、黒仮面は床を蹴って大きく飛ぶ。
そして、天上領の戦艦の上にいるイングリスの近くへと着地した。
「やれやれ。君に邪魔されぬように、あえて情報を流したつもりだったのだがな? 君達の天恵武姫を救う作戦はいいのか?」
「……あちらは校長先生達が、頑張っておられますので」
「残念だったわね! ゲリラ組織の思う通りになんてさせないのよ!」
と、やや後方の、黒仮面を挟む位置にいるラフィニアが声を上げる。
「何もせずに襲撃を見過ごすのも、内通しているように思われますから。わたしとラニが国王陛下と天上領の使者を守るために来ました」
「ふむ。騎士アカデミーは王子派ゆえに、見過ごして貰えると思ったのだが、な」
実際ミリエラ校長の頭には、それもあり得ないという様子では無かったが――
だがそれは派閥がどうこうではなく、二面作戦によってどちらの局面も失敗するという事を一番心配していたように思う。
「戦力を分散したがゆえに、どちらの作戦も失敗する危険があるのではないか?」
「わたしは、そうは思いません」
イングリスは静かに首を振る。
「あちらが終わる前に、こちらを片付けて向かえば――どちらの戦いにも参加できて二度嬉しいです」
「……やれやれ、豪気な事だな。豪気ついでに、天上領の使者の居所を教えてくれると助かるのだが? 君が必ず勝つのなら、教えても構うまい?」
「……すみません、分かりません」
嘘はない。見えないくらい遠くに蹴り飛ばしてしまったのだから。
「そうか、それは残念だ」
「そんなの聞いても無駄よ! あいつには、こっちの国と取引するつもりなんて――!」
「!? だめ、ラニ!」
イングリスは霊素殻を発動して全速力でラフィニアの背後に回り込み、その口を手で塞いだ。
「むぐぐっ……!?」
ラフィニアの言いたい事は分かる。
イーベルにこちらと取引するつもりはなかったのだから、そもそも襲撃して天上領との領土を献上する取引を止めようとしても無駄だと言いたいのだ。
黒仮面の見込み違い。作戦の空振りだと指摘する事は出来る。出来るが――
「ダメだよ、それは言っちゃダメ――!」
そんな事をしたら、あちらが作戦継続の意思を失って帰ってしまう危険性があるではないか。それは、いけない事だ。まだ戦ってもいないのに。
「速いな。以前よりさらに腕を上げたようだ」
「そうかも知れませんが、確かめる術がありませんでした。あなたならば丁度いいです」
「――人を実験台にするつもりか」
黒仮面は、少々不服そうだ。
「すみませんが、よろしくお願いしますね」
イングリスは黒仮面ににっこりと笑みを向ける。
「――仕方あるまいな」
黒仮面の体も、霊素の青白い輝きに包まれた。
「では時間もありませんので、早速行かせて貰います」
イングリスはラフィニアの口を覆う手を放すと、黒仮面の元に踏み込んで行った。
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