第128話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令36
余りの出来事に、広間がシーンと静まり返る中で――
イーベルが弾き飛ばされて開いた壁の大穴から、血鉄鎖旅団の砲撃が飛び込んで来る。
ドガアァンッ!
カーリアス国王の近くに着弾し、床に穴が穿たれる。
その音で真っ先に我に返ったカーリアス国王が、声を上げた。
「む……! 皆の者、こうしている場合ではないぞ! かくなる上は、ここで血鉄鎖旅団なる者達を壊滅させるのだ! それを手柄に、天上領との関係改善を図る道もある! レダスよ。ここはもうよい、すぐさま反撃の指揮を執れ!」
「ははっ! では陛下は御避難を――! 警護の者を除き、残りは撃って出るぞ!」
「「「おおおおおぉぉっ!」」」
騎士達の士気は上がっていた。
イーベルの振る舞いに耐えるよりも、血鉄鎖旅団と戦っている方がいい。そんな顔だ。
「ラフィニア君は陛下の治療を続けてくれ、頼むぞ!」
「はい……!」
じっとカーリアス国王の傷の治療に専念しているラフィニアは、やはりかなり負担がかかっているらしく、かなり汗をかいていた。
だがその甲斐あって、カーリアス国王の腕は、元に戻りつつあった。
「いえ待って下さい。ラニはわたしと行きますので、それはできません」
「……は?」
と、レダスは少々間の抜けた声を出す。
まさか異論を挟まれるとは思っていなかったのだろう。
だがここは戦場。
ラフィニアを自分の目の届かない範囲に置いておくのは心配だ。
自分の目の届く範囲にいてくれるのが一番安全である。
カーリアス国王の傷の治療。ラフィニアの安全。
どちらが大事かと問われれば、迷うことなく後者だ。
イングリス・ユークスとしての人生は、それが出来るように生きている。
「いやしかし、陛下のお怪我がだな――」
「ええ。ですからそれは、即終わらせますので」
何も放っておこうというわけではない。
イングリスはラフィニアの肩を抱くように、そっと手を触れる。
ラフィニアの波長に合わせた魔素を、ラフィニアに送る。
シルヴァの怪我の治療をした時にも使った方法だ。
「お疲れ様、ラニ。手伝うね」
「うん、クリス……!」
ラフィニアの魔印武具が放つ治癒の光が、より一層強く眩しく輝き始める。
それに比例して、接合してはいるが血の通わない色をしていたカーリアス国王の腕が、みるみると健康的な血色を取り戻していく。
ピクリ。と、その指先が動いた。
「おお……! 動くぞ――」
手を握る。開く。腕を曲げる。伸ばす。何度か繰り返し、もう大丈夫そうだ。
「へ、陛下の腕が……!」
「良かった! 治られたぞ!」
「ありがとう、君達! 本当にありがとう!」
レダスや騎士達から歓声が上がる。
「済まぬな、二人とも――大儀であった。この通りだ」
カーリアス国王にも頭を下げられた。
「い、いえ……! そんな――」
「当然のことをしたまでです」
波風立てずにラフィニアを連れて行くには、必要な事だった。
「ではわたし達も血鉄鎖旅団の迎撃に回りますので、失礼いたします」
ぺこり、と丁寧に一礼をする。
「達……? クリス、あたし疲れたからちょっと休んでたいんだけど……?」
「ダメ。わたしの側から離れたら危ないから。さぁ行くよ、休むならわたしの近くで休んでて」
「クリスの近くって、絶対一番の激戦区でしょそれ……!?」
「いいの、大丈夫だから! さぁはやくはやくはやく……!」
あの空に浮かぶ戦艦には、血鉄鎖旅団の黒仮面がイングリスを待っているのだ。
イングリスはぐいぐいと、ラフィニアの腕を引っ張った。
久しぶりに黒仮面と戦える。自分の成長を測る絶好の好機である。
「分かった、分ったわよもう……! じゃあ失礼します、行ってきます!」
「よし、出発!」
「きゃああぁぁぁっ!? クリス、あんまり引っ張らないで!」
イングリスはラフィニアの手を引いて、一目散に壁の大穴から外に飛び出した。
空には多くの機甲鳥が羽虫のように入り乱れ、混戦模様だった。
「あそこ! 行こう!」
イングリスが指差した先では、血鉄鎖旅団の戦艦が天上領の戦艦に近づこうとしていた。
「機甲鳥がいるわね――! どこかに空いてるのを探して……!」
「ううん――そんな暇無い! 行くよラニ!」
イングリスはラフィニアの手を強く引きながら、高く飛び上がる。
目標は、一番近い低空にいた近衛騎士団の機甲鳥だ。
だんっ!
その船体の外枠の縁に、狙い通り着地をする。
「うぉっ!? な、何だ……!?」
「お邪魔いたします。すぐにどきますので」
「ごめんなさあぁぁいっ!」
即座に、さらに上の位置にいる機甲鳥に向けて跳躍。
だんっ!
「おおおおぉぉっ!? ど、どこから――!?」
「下から跳び上がりました。失礼します」
「こんにちはさようならっ!」
だんっ! だんっ! だんっ! だんっ! だんっ!
次から次へと機甲鳥を足場に跳び上がる。
「な、何だあれは……!?」
「め、メイドだ! メイドが空を飛んでる!」
「は、速い……!? 何だあの動きは!?」
その様相に、戦闘中の騎士達も驚きの声を上げる。
その声を背に、イングリスとラフィニアは天上領の戦艦の船体の上へと到達していた。
「うん。これもいい運動になるね」
「ぜーっ。ぜーっ……! やっぱり全然休めないし――」
「ほら、ラニ。血鉄鎖旅団の戦艦がすぐそこだよ」
「やっぱり最前線……!」
「うん。楽しいね?」
「クリスはね、クリスは!」
ラフィニアは思い切り抗議の声を上げた。
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