第126話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令34
「イングリス、と言ったか……お前のようなメイドがいるか!」
大戦将の力をものともしないような化け物が、こんな地上の城ごときで下女をしているはずがない。
当然何かしらの背景、目的があるはずだ。
イーベルとして思い至るのは、天上領の三大公派が用意した新手の戦力かも知れないという事だった。
技術というのものは、日進月歩だ。
イーベルすら知らない、天恵武姫を上回る存在が作られていた可能性はある。
特に大公派の連中というのは、教義や伝統を重んじる教主連合と違い、技術革新に積極的だ。
言い換えれば、安全安定よりも知的好奇心が勝ってしまう厄介者である。
機甲鳥等の兵装の下賜を簡単に解禁してしまうのは、それを上回る性能を持つ兵装を自分達が生み出してしまえば優位は揺るがないと過信しているせいだ。
イーベルとしても、地上の人間に天上領が脅かされる事など、それこそ天地がひっくり返っても無いと思っている。
だが主である教主は懸念している。教主の命はイーベルにとって絶対だった。
そして地上の塵芥に自分達が脅かされる事などないが、同じ天上人である大公派に脅かされる事はあり得る。
特に今この国に降りて来ている特使セオドアは、大公派の中でも特に名高い若手技術者でもある。
イングリスの存在が、セオドアの用意した罠である可能性は否定できない。
こちらの企みを逆手に取り、秘匿していた新戦力の性能を試そうというのか。
だとしたら、ここにやって来たのが自分で良かった。
今のうちに、このイングリスの能力を可能な限り暴いておくべきだ。
さもないと、教主連合にとって後々大きな禍根になりかねない。
この見た目だけは異様に美しい女は、それ程の危険性を秘めている。
「言え! 一体何を企んでここにいる――!?」
「実は、食べ歩きの資金が欲しかったものでアルバイトを……普段は騎士アカデミーの従騎士科の生徒をしています」
イングリスは、先程ラフィニアも言っていた説明を繰り返す。
その裏では、カーリアス国王と使者であるイーベルを守る事で、騎士アカデミーの食堂での食べ放題延長を目論んでいる。
さらにその裏では、ここを襲撃してくるはずの血鉄鎖旅団の幹部達との戦いをとても楽しみにしている。
が、それは言わない約束である。
「ふん、まともに答える気は無いという事だな――」
「そんな事はありません。今ご説明した通りです」
「まあ、構わないさ。口では何とでも言える――そんな事より、その力だ! さあ僕に見せてみろ!」
と、イーベルは攻撃を促すように手招きをする。
「と言われましても――わたしは罰を受けようとしているだけですが?」
攻撃してもいいならば完全な手合わせとなり望む所だが、そういうわけにも行かない。
カーリアス国王はイーベルに攻撃を加えることを決して認めないだろう。
先程は手を出したら処刑とまで言っていたのだ。
それを破れば、流石に大問題になる。
食堂の食べ放題延長も無かった事になるだろう。
「そんな事はもうどうでもいい! むしろ僕を倒せたら不問にしてやろう! だから打って来い!」
「と使者様は仰っていますが――?」
イングリスはカーリアス国王を振り向き、一応尋ねてみる。
戦えるものなら戦いたいが――
「止せ……! 天上人のご使者に手を出して、後々禍根を残さぬはずがない……! ここは穏便に済ませるのだ――!」
カーリアス国王は予想通りの答えを返してくる。
彼の天上領への絶対恭順の姿勢には、信念めいたものを感じた。
イーベルが口先で促したくらいでは、その姿勢は揺るがないだろう。
「――という事ですので、残念ですが」
ぺこり、と一礼。
顔は平静を装っているが、本当に残念でならない。
人生とはうまく行かないものだ。悲しくて涙が出そうだ。
「ハン! 君は愚かな犬だな、国王よ! その態度には何の意味も無いんだよ! いいか、僕がわざわざここにやって来たのは、君達と交渉するためじゃない! それだけなら、外交役の小間使いを差し向ければいいんだよ! 天恵武姫の交換はしない! 教主連合との関係改善も認めない! 教主様はお怒りなんだよ、この国はいずれ地上の地図から消されるだろう……!」
「な……!? では何故、あなたはここにいらしたのだ――!?」
カーリアス国王が目を見開く。かなりの衝撃を受けている様子だ。
無理もない。あれだけ耐えに耐えて、教主連側との交渉をまとめたはずが、そんなつもりは初めからないと暴露されたからだ。
「血鉄鎖旅団とかいう反天上人組織の動きが目に余るという話があってね――領土を売り渡す交渉の噂を聞けば、奴等が妨害しに来ると踏んで罠にかけたのさ! ノコノコ現れた所を、僕の力で根絶やしにしてやるためにね! だからわざわざ大戦将たる僕がここにいる! 君たちの国の事など、初めから眼中に無いんだよ! ハハハハハッ!」
その嘲笑は、騎士達の癇所を逆撫でするに十分である。
「な、何だと……!?」
「我々を騙し、利用したというのか――!?」
「では陛下は何のためにあの屈辱を……!」
怒る騎士達を、イーベルはさらに挑発する。
「意味などない! 価値などない! 君たち地べたを這いずり回る能無し共にはね!」
「「「貴様ああぁぁぁっ!」」」
その怒号の中で、イングリスは嬉しそうに笑っていた。
全く場違いで、全く持って可愛らしい、花のほころぶような笑顔である。
「素晴らしいです――という事はあなたは、我が国の国王陛下を騙した挙句に腕まで切り落とした極悪犯という事になりますね? 間違いないですよね? それでいいんですよね?」
それならば許される。戦える。楽しめる――!
何故狙いを暴露したのか意図は分からないが、この際どうでもいい。
これは好都合だと言わざるを得ない。
「ああ、それでいいさ! 全く持って正しい認識だよ!」
イーベルはそう断言する。
「では国王陛下。罪人を叩き伏せろとお命じ下さればその通りに致しますが、如何なさいますか?」
イングリスは微笑を浮かべて、カーリアス国王に問いかける。
その近くではラフィニアも、レダスも、他の騎士達も、強く首を縦に、頷いていた。
「……殺してはならん。ひっ捕らえよ!」
「はい。かしこまりました」
深々とお辞儀をして拝命する。
これでようやく許可を得た――
ゴゥンゴゥン――ゴゥンゴゥンゴゥン――
次の瞬間、頭上から響く飛空戦艦の駆動音が耳に入って来た。
元々王城の上空に停泊していたものとは違う、新手の音だった。
ドドドドドドドドドゥゥゥゥンッ!
連続して空から響き渡る炸裂音――いや、砲撃音。
直後に王城のあちこちが地鳴りのように響き、揺れる。
空に出現した新手の飛空戦艦が、周囲に砲撃を行ったのだ。
割れた大窓の外の空に、その姿が見える。
「あれは血鉄鎖旅団の戦艦……!」
とうとう本命の黒仮面達が現れたのか。
これは忙しくなってきそうだ。
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