第125話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令33
「知ったような口を! さぁ、腕を落とされて泣き叫ぶがいいッ!」
イーベルの指先が、イングリスの二の腕の部分をすっと撫ぜる。
暗殺者の体を両断し、カーリアス国王の腕を切り落とした恐ろしい攻撃だ。
それが――イングリスのメイド衣装の腕の部分を、ほんの少しだけ、ぴっと破った。
「な、何いぃっ……!?」
驚愕に目を見開くイーベル。
「お、おい……!? 今、さっきのをやったよな!?」
「ああ、確かに……! だがあのメイドの子……!」
「な、何ともないのか――?」
騎士達もざわざわとしている。
「おお――す、凄いです。さすがですね……!」
だがイングリスは目を見開いて驚いていた。
イーベルの攻撃の威力が、予想以上だったためだ。
腕を落とすと予告をし、ゆっくり技を出してくるのだから、防御など簡単にできる。
先程の瞬間、イングリスはイーベルの動きに合わせて意識的に全身の霊素を活性化させ、防御を行った。
力を押さえて霊素殻を発動したに近い。
半分以下の力で抑えて行う事で、派手に光り輝いたりせずに防御力を高められる。
地味だが、このように段階的な力を配分する事が出来るようになってきたのも修練の成果である。以前は常に十割の力を出す事しかできなかった。
ともあれこの状態で、自分の体は勿論、服すら微塵も傷つけられるつもりは無かった。
このメイド衣装は気に入っているので、綺麗な形で持ち帰りたかったのだ。
それを、イングリスの想定を超えて服を傷つけたのである。
さすがは上位階級の天上人。確かな実力である。賞賛に値する。
だが、イーベルには気に食わなかったようだ。
「ふ……ふざけるなああぁぁっ!」
今度は指先でなく、手刀全体が光に覆われている。
それを腕を振って強く、叩きつけて来る。
先程よりも威力は強いはず。ならば――
「はあっ!」
短く息を吐き霊素殻を本格的に発動。
イングリスの体が青白い霊素の光に覆われる。
イングリスの腕を叩いたイーベルの手刀は、今度こそ狙い通り服にすら微塵も傷をつけなかった。
「うおおおぉぉぉぉぉっ!」
更に、両手の手刀に光が灯る。
成程二か所同時にも発動できるようだ。能力の制御にも優れている。
イーベルの光る両手の手刀が、イングリスの身体を縦横無尽に何度も叩く。
しかし霊素殻に包まれたイングリスは微動だにせず全くの無傷。
その様子に、表面上の成り行きだけを見ている騎士達は、拍子抜けした様子だった。
「な、何だ――実はあの力は大した事が無いのか……?」
「いやだが……人を真っ二つにして陛下の腕も落としたんだぞ?」
「極端に持久力が無くて、弱体化したとは考えられないか……!?」
ガアアアァァァァァッ!
広間に、新手の魔石獣が現れた。四本足の獣の姿だ。
数は十体ほど。結構な集団だ。
「うるさいっ! 黙れ!」
苛ついた様子のイーベルがそちらに向かって手刀を一閃。
光が空間を割くように走り抜け、一撃で魔石獣の集団が纏めて両断された。
それで、騎士達にも目の前の現象が完全に飲み込めた。
「……!」
「ちがう、あれは――!」
「あのメイドの子が凄過ぎるのか……!」
何度もイーベルの攻撃を間近で見、受け、イングリスにも分かって来た事がある。
「……分かりました。あなたはただの魔素ではなく、魔素に似たもっと上位の力を使っていますね――なるほど、面白い発想です」
神の気である霊素を操る神騎士から見れば、魔素というのは無駄の多い力だ。
イーベルの場合、操っているのは魔素に似た、より無駄が省かれて力の効率が良い力だ。精製された上位の魔素とでも言えばいいだろうか。
力の質として、霊素と魔素の間にあるような力である。
魔術を高めるのには、より大量の魔素をより強く込めるというのが基本。
しかしイーベルの場合は、魔術の素である魔素そのものの質を高めようという発想である。
イングリスの前世では見た事の無い技術だ。
これがどんどん進化をすれば、やがて霊素にも追いつくかも知れない。
あれから、どれ程の時間が経ったのかは分からないが――
人の力も進化するもの。素晴らしいではないか、興味深い。
「魔素精練だ! 自らの纏う魔素同士を衝突させて無駄を削り取る事で、より力の純度と効率を高める!」
「なるほど、そう言う技術をお持ちなのですね――素晴らしい!」
「……僕には君の力が全く理解できない――! 力があるのは分かるが、その力が何なのか分からない……! 一体何者だ、貴様あぁぁぁっ!」
イーベルは息を切らせながら猛然と攻撃を加えて来るが、まるで効果はない。
「ただのメイドですが?」
「ふざけるな……! 馬鹿にしてえええぇぇっ!」
渾身の力を込めたイーベルの攻撃。
それがイングリスの胸元を撃つが、やはり霊素殻に阻まれる。
「ぐううぅぅぅ……やはり、まるで通じない――!?」
「失礼します。お子様とは言え、女性の胸にずっと触れているのはよろしくないかと」
イーベルの手は意図せず、イングリスの胸の膨らみの上で止まっていたのだ。
イングリスは笑顔でイーベルの手首を掴み、捻じり上げた。
「ぐぁっ……!?」
苦悶にイーベルの顔が歪む。
イーベルからしても、イングリスの力は半端ではなく、抵抗が出来なかった。
「ああ、済みません」
イングリスはすぐに手を放す。
あくまで、これはイーベルと戦っているのではない。
腕を切り落とすという罰を受けているのだ。
「さあ続きを。どうぞわたしの腕を切り落として下さい」
「……!」
その淑やかな笑顔が、逆にイーベルには恐ろしい。
一体何者なのか、見た目こそ可憐な花のような美女だが、尋常ならざる怪物である。
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