第124話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令32
イングリスは平然と、床からカーリアス国王の腕を拾い上げる。
「失礼いたします。陛下、少しじっとしておいて下さい」
言いながら傷の断面をくっつけると、カーリアス国王は顔をしかめる。
「うぐっ……!? な、何をしようというのだ……!?」
「傷の治癒を試みます。痛むかもしれませんが、我慢してください」
「何……?」
「で、出来るのか!? イングリス君!」
カーリアス国王に続き、レダスがイングリスに問いかける。
「ええ。ラニが――」
その時ラフィニアは既に奇蹟を発動させ、その手は治癒の光に包まれていた。
「はい! やります……!」
ラフィニアは傷の接合部分に手を翳す。その顔は少々強張り、緊張気味だ。
余りにも傷が凄惨なためだろう。
イングリスは前世でのさまざまな経験から、斬り落とされた腕を傷口に押し当てるくらい平気だが、ラフィニアにはまだそこまでの経験は無い。
先日シルヴァの治癒をした時も、重傷ではあったが腕が切断されるようなものではなかった。
だがそれでも偉いのは、奇蹟の力に乱れが無いという事だ。
ラフィニアの持つ新型の魔印武具は、二つの奇蹟を持つ分、それぞれに適正な魔素の波長を供給する必要がある。
ラフィニアの場合、何も意識せず魔印武具使うと発動するのは、慣れ親しんだ光の矢の雨を放つ奇蹟だ。
最近手にした治癒の奇蹟は、意図的に相当集中しないと発動すら難しい。
それが、優しくも力強く、ぶれる事無く輝いているのだ。
ラフィニアの芯の強さを表しているようでもあり、イングリスとしては喜ばしい。
カーリアス国王の傷口が、皮膚から少しずつ再生をはじめる。
「おお……!」
「へ、陛下の傷が……!」
「治って行くぞ――!」
レダスや騎士達が安堵の声を上げる。
「し、しかし――」
と、カーリアス国王はイーベルに視線を向けていた。
その言いたい事は分かる。負傷者にあまり話させるのも酷だ。
イングリスはカーリアス国王の代弁をする事にした。
「イーベル殿。このまま治療を続けても構いませんか?」
「さあ……? どうしようかな? ま、構わないけどね?」
「ありがとうございます」
と、ぺこりと一礼しようとするイングリスを、イーベルは制止した。
「待て。だが、代わりは貰うよ? 別の者の腕一本――王が誰を犠牲にして僕に尻尾を振ってくれるのか……それを見るのも面白そうだ。さあ国王よ、僕のご機嫌取りのために腕を失うのは誰だい? 教えておくれよ?」
「く……! な、なれば私の治療は必要ありませぬ――! このまま……!」
「そりゃあ勿体ないよ。メイド達がせっかく頑張ってくれているんじゃないか。それを無駄にしちゃあいけないよ?」
「我等を甘く見ないで頂こう……! この国と陛下の為なら腕一本――!」
レダスがぐっと前に出ようとするが――イングリスはさっとそれを制した。
「待って下さい。イーベル殿とお話をしているのはわたしです」
王の腕を支えるのをレダスに任せ、イーベルの前に出る。
「では代わりにわたしの腕をどうぞ。斬り落として見せて下さい」
「君が? 動きだけはなかなかのものだが、所詮は無印者だろう? 価値がないね」
「さあ、どうでしょうか?」
イングリスは小首を傾げながら、にっこりと笑みを浮かべる。
同時に霊素を魔素に変換して、身に纏いながら。
天恵武姫のエリスやシスティア。それに天上人のセイリーンは、こうする事でイングリスの力をある程度感じ取ってくれた。
本来の力である霊素を、わざわざ力の劣る魔素に変換しないと分かって貰えないのは、煩わしい事ではある。
だが、イーベルの力には興味があった。是非とも体験してみたい。
ここはきちんとイングリスに興味を持ってもらう必要がある。
天上人のイーベルならば、これで分ってくれるはず――
だがその反応は、イングリスが思っていたものではなかった。
「フン。何を自慢げに笑っている? 滑稽なんだよ。確かに君は魔印無しに多少強力な魔素を操れるようだが――そんなものは筋の悪い力だよ?」
エリス達は皆驚いていたが、イーベルは全く動じないどころか嘲笑って見せるのだ。
自信のある証拠だろう。
これは俄然、イングリスとしても期待値を上げざるを得ない。
「おお――そうなんですか……! ではますます、やるならわたしをお願いします!」
キラキラとしたイングリスの表情が、イーベルの癇に障ったらしい。
「何を嬉しそうにしている……! いいだろう、君の腕を切り落としてやろう。女だから手心を加えて貰えるなんて思うなよ? 僕は君みたいに無暗にあちこち出っ張った女は嫌いでね……!」
「はい、それは良かったです!」
手加減無しで攻撃してくれそうなのだから。
「く、クリス……!」
ラフィニアが心配そうな声を上げる。
「大丈夫だよラニ。ラニは陛下の治療を続けて」
「う、うん……!」
イングリスがラフィニアの方を向いて微笑んでいる間に、イーベルの指先に光が生み出されていた。
「……ふふっ! 君の腕が落ちた時、どんな叫び声を上げてくれるのか楽しみだよ!」
イングリスはイーベルの指先に渦巻く力の流れに注目する。
「――やはり、ただの魔素の動きとは違いますね……? しかも、いくつもの波長が混ざり合って、新しい流れを生み出している――?」
かなり複雑な力の制御の結果、あの光が出来上がっているように感じられる。
そしてそれが、魔素を筋の悪い力と言い切ったイーベルの自信の根拠なのだろうか。
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