第122話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令30
ガアアァァッ!
イングリスの接近に反応した有翼の蜥蜴の魔石獣が、大きく口を開いて齧りつこうとしてくる。
「はあぁっ!」
イングリスは軽く跳躍して、その牙を避ける。
跳ぶ高さは、あえて魔石獣の頭の高さすれすれに留める。そうしながら――
流れるように前方に宙返りをしつつ、踵を魔石獣の脳天に叩き下ろした。
ドゴオオォォンッ!
それが魔石獣の頭部を陥没させる程の威力を生み、べちゃんと地面に倒れ伏させる。
「「「な……!?」」」
可憐な姿からは想像できない、異様な打撃音とひしゃげた魔石獣の姿。
騎士達は目を真ん丸に見開いて――いるうちに、イングリスの姿が視界から消える。
イングリスは踵を落とした足をそのままぐっと踏み込んで、今度は高く跳躍。
軽々と、天井近くの羽虫型の魔石獣の頭上を取っていたのだ。
そして虫の魔石獣を回し蹴りで叩き落としつつ、反動を利用し方向転換。
流れるように、黒い鴉の魔石獣に肉薄して行く。
「おおお……!? 何て速い……!?」
「それに美しい動きだ――!」
「あの娘、本当にただのメイドか……!?」
騎士達の声を背に、鴉の魔石獣の大きな嘴を両手で抱え込み――
「ちょっと協力して下さいね!」
魔石獣の体ごと、ぐるんと振り回す。
魔石獣はイングリスの力に全く抗えず、なすがままだった。
イングリスは、魔石獣を振り回しつつ犬や鼠の魔石獣が現れた出入り口前に着地。
「それっ!」
鴉の魔石獣で、他の魔石獣を叩き飛ばす。
犬や鼠の魔石獣は、騎士達の頭上を猛然と吹っ飛んで行く。
「……っ!? ち、力もとんでもないだと……!?」
「魔印武具も無い、素手なのに……!?」
「いやよく見ろ、魔印すらないぞ……!?」
吹っ飛んだ魔石獣は、先に叩いた蜥蜴や羽虫の魔石獣に積み重なった。
更にそこに手持ちの鴉の魔石獣を投げつけると、魔石獣の山盛りが完成した。
「メイドですので、会場の清掃を担当させて頂きます」
イングリスは微笑を浮かべて、騎士達にぺこりと一礼をした。
「……力も、速さも、技も凄いが――」
「それよりも何よりも……」
「「「か、可憐だ……!」」」
すっかり目を奪われてしまう騎士達。
その時、既にイングリスはラフィニアに呼び掛けていた。
「ラニ! 止めをお願い!」
魔石獣には、純粋な物理的打撃は通用しない。
だからこそ、地上の人々は天上領から下賜される魔印武具を必要とするのだ。
イングリスが行ったのは、一時的に動きを止めただけに過ぎない。
放っておけばすぐに回復して動き出してしまう。
「分かってるわ! クリス!」
ラフィニアは光の弓の魔印武具を引き絞っている。
ビシュウウウウゥゥゥンッ!
拡散した細い光の矢が、雨霰と魔石獣の山盛りに降り注ぐ。
ラフィニアの放った一撃が、全ての魔石獣に止めを刺してくれた。
「ありがとう。ラニ」
「どういたいしまして」
と、笑みを交わし合うイングリスとラフィニアに、国王の脇に控えるレダスが気が付いたようだ。
「君は……騎士アカデミーのイングリス君か……!? それに、ラファエル殿の妹も――どうしてこんな所にいる?」
「今日は休暇ですので、日雇いのお仕事に来ました」
「あたし達食べ歩きが趣味なんで、その軍資金のお小遣いが欲しくって!」
イングリスもラフィニアも、無論本当のことは言わない。
うふふと愛嬌のある笑みを見せて、誤魔化すのみである。
幸い、特に疑われはしなかった。
「ふうむ、そうか――ともかく、協力に感謝するぞ。全く原理は分からんが、君は腕も立つな! はっはっは!」
「恐れ入ります。ですが気を付けて下さい、これで終わりとは思えません」
この魔石獣達は、恐らく血鉄鎖旅団の虹の粉薬によるものだろう。
虹の雨も降っていない事を考えると、間違いはないはず。
既にこの王城に入り込んだ構成員が、虹の粉薬を撒いたのだ。
黒仮面は、カーリアス国王と大戦将イーベルとの交渉内容の情報まで入手していた。
それが誰なのかは分からないが、この王城の、それも相当高い位の人間に、血鉄鎖旅団の協力者がいるのは確かだ。
こんな魔石獣は前座に過ぎない。どこから、どんな手でやって来るか――
「ああ、分っている! 近衛騎士団! ただちに体勢を整えるぞ! 国王陛下と使者殿の周囲を固めろ! 出入り口を封鎖! 窓からの侵入にも備えろよ!」
「「「ははっ!」」」
レダスの指示が飛ぶと、騎士達が一斉に動き出す。
「フン。鬱陶しいね――」
と冷笑するイーベルの側を固めに動いた騎士の一人が、キラリと水色に輝く魔印武具の短剣を抜いた。
「天誅……ッ!」
そしてイーベルの死角から、体ごとぶつかって行こうとする!
既にこの場に、血鉄鎖旅団の協力者がいたのだ。
「!? いかん、止め……ッ!」
カーリアス国王が声を上げ――
「承知しました」
イングリスはイーベルとの間に割り込み、魔印武具の短剣を片手で押さえ込んだ。
「くっ……ッ! 離せっ! 地上を食い物にする天上人は、排除せねばならんッ!」
「済みませんが、わたしにも守るべきものがありますので」
ミリエラ校長との約束があるのだ。
ここでカーリアス国王と天上領の使者を守り切れば、食堂の食べ放題の期間を伸ばしてくれると――
それを失うわけには行かないのである。
「おい君、余計なお世話だ。こんな雑魚で僕がどうにかなると思ったか?」
「それは失礼しました」
「ま、いい。そのまま押さえておけ」
言ってイーベルは、人差し指と中指を揃えて立てた。
その指先は、暗い不思議な色の光に包まれている。
そしてすうっと下から上に、暗殺者の体の中心を通るように指を動かすと――
「お……!? おあぁァァァァァ……!?」
その体が真っ二つに割け、血を吹き出しながら骸が床に転がった。
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