第121話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令29
「わ……何だか可愛いな子ね。瞳の色も髪の色も綺麗――」
「そうだね」
イングリスは頷いて応じる。
確かにラフィニアの言う通り、見た目美しい少年ではある。
「紹介しよう。天上領の使者、イーベル殿だ。まだお若いが、天上領の大将軍であらせられる。この私も、これほど高位の天上人にお会いするのは初めてだ」
と、カーリアス国王が少年の天上人を紹介する。
「おお……そのような方が」
「では、通常地上に来られる特使殿よりも――?」
「位が上であらせられるという事か……」
そのざわめきに、イーベルはフンと鼻を鳴らした。
「地上に遣わされる特使など、単なる外交役の小間使いだ。教主猊下の軍をお預かりする大戦将たる僕と、一緒にしないで頂きたいね」
ラフィニアが唇を尖らせる。
「……前言撤回。可愛くないわ」
「そうだね」
イングリスは再び頷いた。
「素晴らしい!」
「お目にかかれて光栄です……!」
「一生の記念となります――!」
しかし、出席者達はそれを歓迎しているようである。
「……何か嫌な感じね。あんな事言う子供を皆でちやほやして――」
「そうだね」
イングリスは更にもう一度頷いた。
「ちょっと真面目に聞きなさいよ、クリス……!」
「えぇっ……!? 聞いてるよ? 何怒ってるの……?」
「聞いたんじゃなくて聞き流したんでしょ――!?」
「そんな事言ったって……」
それ以外に言いようがなかったのだが――?
そんなこちらの様子を見たわけではないだろうが、大戦将イーベルは、可笑しそうに笑い始めた。
「ククククク……ははははは――! これは滑稽だ……! 情けない奴等だよ、君達は。不良品の天恵武姫を交換する代償に、二つの街が召し上げられる条件を知らないわけじゃないだろう? 自分達の同胞の生命と財産が売り飛ばされるんだぞ……? どうして笑顔でいられる? どうして略奪者たる僕に尻尾を振って、媚びが売れる? その心理は実に興味深いよ」
心底愉快そうな顔で、大げさに肩を竦める。
「……悔しいけど、その通りかも――」
「そうだね」
今度は、怒られなかった。
「まあ、自分達は助かったから関係ないという事なんだろうけどね? ふふふ……薄情なものさ、明日は我が身だというのに――愚かなものだね。一言で言って愚民だよ、君達は」
「「「…………」」」
さすがに会場は凍り付き、誰も何も言わない。
そんな中、イーベルはさらに続ける。
「だが、いいんだよ。天上領の民だって愚かだからね? 自分達の足元に、君達のような奪われし者がいる事も知らない、知ろうとしない――自分達の心地良い箱庭の外を想像もできない愚民どもだからね? 五十歩百歩さ。僕としては、愚民相手の方が仕事が楽で助かる。教主猊下のために任務を達成できればそれでいいのさ。ありがとう、愚かでいてくれて」
皮肉たっぷりに、丁寧にお辞儀をして見せる。
「はっははははは! 礼には及びませぬ、イーベル殿。我々は愚かであるのは誠にその通り……! 王たる私がそうなのですからな。今後ともご指導ご鞭撻の程を、宜しくお願い致します」
カーリアス国王はこれ見よがしに大きな笑い声を上げ、大仰にイーベルに礼をして見せた。
そして目線で、周囲を促す。
「「「お、お願い致します……!」」」
国王に従い、他の者も深々と礼をしていた。
「……こんなの見たくない。情けないわよ――」
「そう? でもちょっと面白いよ?」
確かにラフィニアの言う通りだ。情けない姿ではある。
だが普通の人間の感情ならば、ここは怒るところだ。
怒って言葉が出ないか、声を荒げて反論するか――
このカーリアス国王の反応は、普通ではないのは確かだ。
これが出来るのは、人の心を持っていないか、よほどの信念があるのか――
いずれにせよ、なかなか興味深い。
「くくく――王よ、なかなか面白い愚か者だね君は……」
イーベルが唇の端を吊り上げて、笑みを見せた瞬間――
バリイイイィィィィンッ!
会場の窓が勢いよく砕け散り、巨大な影が飛び込んで来た。
それは――翼の生えた巨大な蜥蜴である、体の表面には、宝石のような鮮やかな色の鉱石が。
「「「魔石獣だとっ!?」」」
会場が驚きに包まれる中、更に前進が黒い鴉が変化した魔石獣や、羽虫の魔石獣も姿を現す。
また別の出入り口からは、犬や鼠の魔石獣も姿を見せた。
この会場だけでなく、遠くの至る方向から、一斉に悲鳴や怒号が上がり始めていた。
「……来たわね! 血鉄鎖旅団の襲撃! やるわよクリス――って、あれ? クリス……?」
ラフィニアの真横にいたはずのイングリスの姿が、消えていたのだ。
同時にその場の騎士達から、深刻な叫び声が上がる。
「お、おい危ないぞ! 素手で何やってる!?」
「何やってるんだ、下がれ!」
「いかん! 止まるんだ……ッ!」
「「「そこのメイドの子っ!」」」
既にイングリスは、乱入して来た魔石獣達の真っただ中に突進していた。
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