第120話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令28
「おーい、新入りちゃん達! 次はこっちを頼むぜ!」
「「はーい!」」
と、メイド衣装のイングリスとラフィニアは元気よく返事をすると、料理を運ぶワゴンに大皿を満載してお城の厨房を出る。
厨房から大広間のパーティの会場に料理を運んで並べるだけの、単純な作業だ。
イングリス達は忙しい今日だけの日雇い扱いなので、出来ることはこの位である。
しかし、これが非常に楽しかった。
「うわあぁぁ~~美味しそうね! 美味しそう!」
「お城の料理はやっぱり一味違うね……!」
鮮やかな彩り、洗練された香り、そして奥深い味わい――
一流の料理人が、一流の食材を腕によりをかけて料理した結果だ。
騎士アカデミーの食堂が決して悪いわけではないが、やはり違った。
「あ、ラニそれ食べ過ぎだよ。海老の山が無くなるよ」
「クリスこそ、お肉何切れ食べるのよ、ダメじゃない」
庭に面した長い廊下を運んで行く間、人目を盗んでのつまみ食いが非常に捗っていた。
本来はいけない事であり、それは重々承知している。
が、今日の天上領の使者を迎えたパーティは、血鉄鎖旅団の襲撃によってフイになってしまう予定である。
ならば今、自分達が少しでも食べておくほうが料理も浮かばれるというものだ。
ゴゥンゴゥン――ゴゥンゴゥン――
低く響く振動音のようなものが、遠くから響いてくる。
頭上、いやもっと上。空の彼方からだ。
夕暮れに染まる雲を突き破るように、天上領の飛空戦艦がその姿を現していた。
「うわぁ――大きい船ね。セオドア様の船と同じか、それ以上かも……!」
「そうだね。どんな人が責任者なのかな――」
「……できれば、セオドア様やセイリーン様みたいなまともな人がいいけど。そっちを守るのだって任務だし……」
イングリスとラフィニアが潜入しているのは、血鉄鎖旅団の襲撃から国王と天上領の使者を守るためだった。
王宮や近衛騎士団には、あえて襲撃の情報を伝えていない。
ミリエラ校長の判断であり、イングリスの希望でもあった。
「でもラーアルとかミュンテーみたいな感じかなあ……だとしたら守り甲斐が無いわよねー」
ラフィニアはうーんと唸る。
「国王陛下も見た事ないね、そう言えば」
「そうねえ、もしかしたらそっちも嫌な人かも知れないわよね? ウェイン王子と仲が悪いんでしょ? 王子はいい人だし……」
「ふふっ。そうだね」
ちょっと可愛らしい発想だ。ラフィニアの論法で言えば、いい人と嫌な人しか仲違いしない事になる。
実際はいい人同士だろうが、嫌な人同士だろうが、立場や考えが違えば仲違いもするだろう。
要は相性だ。善悪などそこには関係ない。
「まあ、わたしはどっちでもいいよ。戦う相手は他にたっぷりいるし」
レオーネとリーゼロッテが黒仮面や、システィア、レオンを目撃している事から、彼等が出て来るのだろう。
霊素の使い手、天恵武姫、元聖騎士――
それらを一斉に相手取る事の出来る戦場が、今日この場所なのだ。素晴らしいではないか。
そして彼等を捕縛した後は、即座に騎士アカデミーに戻るつもりでいる。
ミリエラ校長とシルヴァが主導する、リップルが呼び出す魔石獣を殲滅する作戦に合流するのだ。
そこでも沢山の魔石獣と戦えるだろう、見た事のない強力な個体が現れてくれるかもしれない。
「うふふ……楽しみだね、久しぶりに思いっきり戦えそう」
「ほんと、クリスはいつも通りねー。流石にあたしはちょっと緊張して来たわよ?」
「戦いそのものを純粋に楽しめるようになればいいんだよ。そこに強い敵がいる。戦う。楽しい。それだけ感じればいいんだよ?」
「いやいや……他に考えるべき事が色々あると思うんだけど――まあそれがクリスだから仕方ないけど」
そしてさらに準備は進み――
パーティの出席者や、会場を音楽で彩る楽士達、そして警護に当たる騎士達が大広間に居並んでいた。
イングリス達も、端の方で給仕のために待機をしている。
そこに、悠然とした足取りで、豪奢なガウンを身に纏った初老の男性が現れる。
背が高く逞しい体格の偉丈夫で、多分に白髪混じりの髪をしている。
手に携えた立派な王笏から、立場は明らかだ。その傍らには、近衛騎士団長のレダスも控えている。
「おお、国王陛下のお出ましだ――」
「カーリアス陛下……!」
「国王陛下、万歳!」
歓声がカーリアス国王を包んでいた。
こうして見る限り、堂々とした威厳を持った人物だし、人望もありそうだ。
それに何より――
「へえ……国王陛下って、特級印を持ってるんだね――」
国王の右の手の甲に輝くのは、紛れもなく特級印だった。
「そうね。だったらきっと強いから、守るのもきっと楽よね」
「そうとは限らないよ? 国王なんてやってたら、訓練する暇は無いから」
前世の経験からすると、真面目にやっていれば絶対にそうなる。ならざるを得ないものだ。
「? 珍しいわね、クリスが戦ってみたいって言わないなんて」
「いや、戦ってみたくないとは言ってないけど?」
「……ダメよ? もしお話しする機会があったとしても、変な事言わないでよ?」
と、カーリアス国王が集まった人々に呼び掛ける。
「今宵、天上領の使者をお招き出来ることを幸いに思う。使者殿には我等が天恵武姫の異変を受け、新たな天恵武姫を遣わせて頂く事をお約束頂いた。これを機に我等が国の未来はますます栄えるであろう」
王笏を掲げて述べたその言葉に、パチパチと拍手が起きる。
「アールメンとシアロトの話は……!? 何も言ってないけど――あ、領地を渡さなくて良くなったの?」
「そうじゃないと思う。こういう時成果だけ言って、悪い事は言わないのは普通だよ?」
「……何か狡いわ」
不服そうなラフィニアの純粋さは、可愛らしい。イングリスは目を細める。
「では天上領のご使者をお招きしよう。皆、失礼のないようにお迎え致すのだ」
国王がそう宣言し、会場の入り口の方に向けて首を垂れる。
皆も従い、その中で――額に聖痕を持つ天上人が会場に入って来た。
左右で色の違う赤と青の瞳。髪色は真っ白だが、前髪の人房ずつが瞳と同じ赤と青だ。
豪華な装飾の鎧に身を包んでいるが――その背丈は小さい。
「子供……?」
そう、やって来たのはまだ10歳程の、少年の天上人だった。
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