第119話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令27
騎士アカデミー、夜の食堂――
「「お待たせしました、お嬢様」」
王宮付で働くメイドの服装に身を包んだイングリスとラフィニアが、レオーネとリーゼロッテの前に、持って来たお皿を並べて行く。
「超特大全部乗せ激辛パスタです」
「超特大骨付き肉の炙りチーズ焼きです」
「超特大全部乗せホワイトソースパスタです」
「超特大全部乗せ激辛パスタもう一つです」
どんっ! どんっ! どんっ! どんっ!
テーブルに巨大な威圧感と存在感を持って舞い降りる大皿達。
「た、頼んでないわよこんなの!」
「た、食べられるわけがないでしょう……!?」
悲鳴を上げるレオーネとリーゼロッテ。
「「うん、知ってた」」
無論先程のあれは冗談で、自分達で食べるためのものだ。
「「いただきまーす!」」
猛然と食べ始めるイングリスとラフィニア。
「うーん、やっぱり味と量のバランスは食堂が一番よね! あたし達用のメニューもあるし!」
「そうだね。タダだし」
「でも、もうすぐで校長先生と約束した食堂で食べ放題の期間が終わっちゃうわ」
「うん。でも明日の作戦が上手く行ったら、期間延長してくれるって校長先生と約束したから」
「ほんと!? ナイスよクリス! 絶対に失敗できないわ!」
「うん。そのためにも、今から気合を入れて腹ごしらえをしておかなきゃ」
「そうね! よーし、張り切っていっぱい食べるわよ!」
「うん、そうだねラニ」
ばくばくばくばくばくっ!
会話の間にも物凄い勢いで山盛りの料理が消えて行く。
「「…………」」
レオーネとリーゼロッテとしては、もはや見慣れて来たので二人の食べる量とスピードには一々触れないが――
そのメイドの格好はちょっと気になる。
「で、その格好は何ですの?」
「明日の予行演習?」
今は国王派と天上領の教主連側との正式調印の前夜。
明日のイングリスとラフィニアの行動予定には、この服装が必要だった。
「うん。そうだよ」
「一応メイドさんらしく振舞えるように練習しとこうかなって。それにちょっと可愛いからクリスに着せてみたかったの。明日になったらそんな余裕ないし」
「可愛いのはいいけど、ちょっと裾とか短いよね」
「そうね、誰か偉い人の趣味なんじゃない?」
「まあ、この間のドレスより動き易いからいいけど」
戦わない事はまずあり得ないと思われるので、好都合ではある。
「でも似合ってるわ、イングリス。凄くきれいよ」
「何を着てもさまになりますわねえ、イングリスさんは――」
「ふふっ。ありがとう」
自分でも鏡を見てそう思ったので、褒めて貰えるのは素直に受け取ろう。
「ほらほらクリス、一周回って見せてあげて? くるんと回ってメイドさんらしく一言、笑顔でね?」
「うん、いいよ」
イングリスは、すっと静かに立ち上がる。
くるんと回ると、衣装の裾や、長い銀髪がふわりと揺れる。そして――
「お帰りなさいませ、お嬢様」
会釈をしながら、にこっと笑顔。
「ぷっ――」
「……ふふっ」
「あはは……っ」
しかしラフィニア達は、何だか笑いを堪えているようだ。
「?」
首を捻るイングリスの頬に、そっとラフィニアが触れた。
「ごはんつぶ、ついてたわよ? 可愛いけどドジっ子のメイドさんね?」
「ふふふ、もう……こっちは明日に向けて緊張していたのに――」
「あははっ。あなた達がいつも通り過ぎて、何だか逆にほっとしますわね」
可笑しそうに笑われてしまうが、まあそれで緊張がほぐれるならばそれでいいだろう。
「何を遊んでいるんだ、君達は……」
と、そこに通りかかったシルヴァが呆れた目でこちらを見つめていた。
「あ、シルヴァ先輩」
「こんばんは。どうです、クリスのメイドさん姿? 可愛いですよね?」
「……遊ぶためにそれを用意したんじゃないぞ。全く君達は、最初から終始一貫して緊張感が無いな――」
明日、王宮に潜り込めるように臨時のメイドの仕事を用意してくれたのは、シルヴァのコネだった。
近衛騎士団は、王宮とは切っても切れない関係である。
騎士団長レダスの弟で特級印を持つシルヴァは、王宮に多少なりとも顔が効く。
「シルヴァ先輩は、少し緊張気味ですね?」
夕食を乗せた皿を運ぶ手も、多少強張っているように見える。
「当たり前だろう。色々なものが明日で決まるんだ。僕達の手によってな――この国の行く先もそうだし、リップル様の命運もそうだ。だが全てが上手く行かないと、リップル様は自分のせいだと、自分をお攻めになるだろう。そうはさせたくない。そのためには、特に君達二人の働きが重要だ。そちらの状況には僕は手が出せないからな」
明日はイングリスとラフィニアは、アカデミーの本体とは別行動予定なのだ。
「本当に頼むぞ、リップル様のためにな」
シルヴァは、余程リップルの事を心配しているらしい。
そう言えばリップルはシルヴァに何も問題を感じていなかったようだし、相性がいいと思うとも言っていた。
余程敬った、紳士的な態度で接していたのだろうか。
自分が大怪我を負った時も、リップルを気遣っていた。
それにリップルの天恵武姫としての武器は銃で、シルヴァが普段使う武器も銃である。
――何か関係があるのだろうか?
「シルヴァ先輩って、リップルさんのこと好きなんですか?」
こういう時、ラフィニアがいると助かる。
立ち入った事を――と、気になるけれども遠慮するような所に直球を投げてくれる。
「ば……! 馬鹿な事を言うな……! そんな下種な感情じゃあないっ!」
と、狼狽え少々耳も赤いので、多分そうなのだろう。
ラフィニアはニヤニヤしている。
レオーネとリーゼロッテは、微笑ましそうに眺めていた。
「ふーん――別にいいのに、ねえクリス?」
「うん。そうだね」
「良くはないっ! 天恵武姫様を捕まえて、そんな無礼な事を考えはしない……! 確かに、大いに尊敬させて頂いてはいるが――」
「何かあったんですか?」
「昔……まだ僕が子供の頃、魔石獣に襲われたところを救って頂いたんだ。だが、リップル様が来られる前に、一緒にいた友人は亡くなってしまってな……あの子は無印者だったが、僕を庇って――僕の弱さが、友達を殺してしまった事になる」
シルヴァは伏し目がちになり、静かにそう述べる。
振り返って思うと、シルヴァは魔印のない従騎士であるイングリスやユアがリップルの護衛に入る事に反対していた。
無印者を嫌っていると思いきや、同じ従騎士のラティに対しては身を挺して庇った。
そして文句の一つも言わず、優しかった。
つまるところ、力のない無印者は危険から遠ざけようとするし、そしていざという時は何としてでも守る、という考えなのだろう。
イングリスとユアはそのような気遣いが無用な例外であるため、一度は余計な軋轢を生んでしまったわけだが――数多くの普通の無印者にとっては、頼りになる存在だろう。
「あ、ごめんなさい――辛い話を……」
ラフィニアが申し訳なさそうな顔をする。
「いや、いいんだ。それで君達がやる気になってくれるならな。リップル様は、泣いている僕を抱きしめて慰めて下さった。亡くなった友達のためにも強くなって、その何十倍、何百倍もの人を護れるようになれと――その言葉があったから、今こうしていられる。いつかリップル様と共に戦う事を目指して修練を重ねて来たんだ」
「ひょっとして、シルヴァ先輩の銃の魔印武具もリップルさんに合わせて選んだものですか?」
「ああ、そうだ。その方が、リップル様と共い戦い易いだろうからな」
イングリスの問いに、少々嬉しそうにシルヴァは頷く。
「やっぱり天恵武姫の方は、国と人を護って下さる女神よね」
「そうですわね。ご立派ですわ、リップル様は」
レオーネもリーゼロッテも、感じ入ったように頷いている。
「だが、この話はリップル様にはしないでくれ。この間改めて昔のお礼を述べさせて貰ったんだが――僕の事は覚えて下さっていたが、何故だか辛そうな顔をされていた。ご心配やご心労をおかけしたくは無いからな」
「はい、分かりました。でも、何でだろうね?」
「うーん。分からないね」
ラフィニアもイングリスも首を捻るしかなかった。
「無理に知ろうとは思わないさ。天上領に戻られず、この国に居続けて下されば――いずれお気持ちを話して下さる事もある」
「はい。そのためにも明日は頑張らなきゃですね! ね、クリス?」
「うん、ラニ。こちらは任せて下さい、シルヴァ先輩。そちらは……出来るだけゆっくりしていてくださいね? 自分達が終わったらそちらに行って戦いたいので」
「……どれだけ戦いたいんだ? 君は」
「そうですね――お腹が空いていなければ、ずっと戦っていたいですが?」
「…………」
にっこりと応答するイングリスに、シルヴァは絶句していた。
そして翌日、天上領との正式調印の日がやって来た。
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