第116話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令24
近衛騎士団長レダスが騎士アカデミーを訪れてから、五日が経過した。
リップルの身柄は、今の所まだ騎士アカデミーが預かっている状況だ。
シルヴァが上手く振舞って、近衛騎士団への引継ぎを遅らせていたのだ。
シルヴァが騎士団長レダスの弟なのは、近衛騎士団の一員なら誰もが知るところ。
そのシルヴァが多少緩い動きをしても、あえて時間をかけているように見えても、表立って問題視する者は誰もいない。
実際天上領との交渉が妥結しておらず、目途が立たないという事情もそれを後押ししていた。
アカデミー側としては、その一方で出陣した聖騎士団への伝令にラティとプラムを送った。
ラティの機甲鳥性能速度を限界以上に引き出す操縦技術は、全生徒でも一番らしい。
プラムは本人の希望と、ラティの護衛役だ。
それから機甲鳥に何か不具合が発生した場合に、魔印から魔素を直接供給する動力源として。
現在の状況は、その帰りを待ちつつ現状維持だった。
表向きは、今まで通り。だが事情を知る者にとっては、日に日に緊張感が高まって行った。
そんな状況であっても、天然自然というものは気まぐれなもの。
その日の夜、王都には虹の雨が降り注いでいた。
キラキラとした虹色の雨露が夜空を舞う――
そんな幻想的で恐ろしい光景の中、レオーネはリーゼロッテと共に空を舞っていた。
彼女の白い翼を生む魔印武具の力で、一緒に飛ばせて貰っていたのだ。
「リーゼロッテ、急いで! あそこの魔石獣、民家を襲おうとしてるわ!」
巨大な烏の形態の魔石獣が、ある民家の屋根を突き破ろうとしていた。
「ええ、急ぎますわよ!」
リーゼロッテがぐんと速度を上げる。
今日はイングリスとラフィニアは、シルヴァの代わりに三回生のリップル護衛を手伝いに出ており、今は二人だけだ。
周囲には正規の騎士達が展開し、それぞれに魔石獣の掃討に移っている。
騎士アカデミーは全寮制で、基本的に門限がある。
が、こういう事態に外に出て、魔石獣の掃討に手を貸すことは認められている。
ミリエラ校長が認めた、特別課外学習の許可を得た生徒は――の話だが。
レオーネは普段から、時折夜中に寮を抜け出しては、街中の夜回りをしていた。
イングリス達が夜の街でレオンを見かけた、と聞いてからずっとだ。
校則違反なのは重々承知だが、まだ王都にレオンが潜伏しているかも知れないと思うと、どうしてもじっとしていられないのだ。
そんなレオーネの行動を同室のリーゼロッテは黙認し、時々夜回りに付き合ってもくれる。
が、レオーネ以上に規律を重視する性格なので、校則違反の翌日はいつも、バレはしないかとビクビクしている。
今夜は虹の雨が降っているため、大手を振って出て来ても良く、そんな心配は無いが。
「接近しましたわよ!」
目標の魔石獣に近づくと、リーゼロッテはレオーネに呼び掛ける。
「降りるわ!」
手を離して貰い、レオーネは宙に身を躍らせる。
落下をしながら、黒い大剣の魔印武具を伸長。
「やあああぁぁぁぁっ!」
大きく振りかぶって、落下の勢いも乗せ、魔石獣を斬り伏せる。
――はずだったがその寸前、輝く四本足の何物かが、横から飛び出し魔石獣に突進した。
ゴウウゥゥゥンッ!
そしてその身ごと、激しい閃光をまき散らしながら弾け飛んだ!
「!?」
その威力の凄まじさにレオーネの剣も押されて弾かれ、手にかなりの痺れが残る。
無論巻き込まれた魔石獣は無事には済まず、原形を留めない程に四散していた。
「な……!?」
だが、レオーネにとって驚くべきは、その威力ではない。
「こ、これは……これはレオンお兄様の魔印武具の雷の獣だわ……!」
何度も見せて貰った事がある。忘れない。絶対に見間違いではない。
と、言う事は――ここに、この近くに――! とうとう尻尾を掴んだ……!
レオーネは目の色を変え、忙しなく周囲の様子を探る。
「レオンお兄様!? 何処!? 近くにいるんでしょう! 出てきなさいっ!」
「レオーネ! どうしたんですの急に――!?」
リーゼロッテが近くに降りて来る。
「今の見たでしょう!? 雷の獣! レオンお兄様が愛用している魔印武具の力よ! だからきっとこの近くにいるわ!」
「……!」
「あ! いたわ、あそこっ!」
リーゼロッテの背中側に見える細い路地の曲がり角。
そこに雷の獣の姿がちらりと見えた。
「逃がさないっ!」
レオーネは全速力で、そちらに駆けこんで行く。
「あっ! レオーネ! 一人では危険ですわ!」
リーゼロッテもその後ろを付いて行く。
雷の獣は、路地を曲がるとふっと掻き消え、また次の角で誘うように姿を見せつけ、そこまで行くとまたふっと掻き消えを繰り返す。
段々レオーネもリーゼロッテも、どこを走っているかが分からなくなってしまう。
「レオーネ! 気づいていますか!? あれは明らかに、こちらを誘っていますわよ……!?」
「ええ分かってる! だけど、私は行かざるを得ないわ! あなたは戻ってくれても構わないわよ?」
「いいえ、行きますわ! いざとなれば、わたくしの翼で退却もできますからね……!」
「ありがとう!」
と、雷の獣を追いかけているうちに曲がり角が途切れ、一本道の先に地下への通路が続いている場所に行き当たった。
雷の獣はその中へと降りて行き、姿が見えなくなった。
「この先ね……!」
「罠かも知れません。気を付けて」
「ええ。行くわよ――!」
レオーネとリーゼロッテは頷き合って、地下への道を降りて行く。
その先は何かの倉庫のような、大きな空間だった。
自分達の足音だけが響く静寂の中を、暫く進んで行くと――
突然ふっと前方に雷の獣が姿を見せ、その輝く体が照明代わりに周囲を照らした。
その中に浮かび上がる影は――
「よお。久しぶりだな、レオーネ」
口調こそ明るいが、どこか気まずそうにしているレオンだった。
「お兄様……ッ! それに――」
レオン一人ではなかった。
血鉄鎖旅団の首領の黒仮面。
それに、天恵武姫のシスティアも一緒だった。
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